カークの拳

 二人だけとなった執務室の中で私はカークさんを見守っていた。

 彼は背もたれ付きの椅子にその身を預けつつも、右の手のひらで顔を覆うようにして苦悩していた。

 彼は気づいていた、自分が致命的な過ちを犯してしまっていたことに。

 絞り出すような声で彼は言う。


「こっちから手を出すなと言う指示はそう言う意味だったのか。すまねぇ、俺がうかつだった」


 だが私はそれ責めなかった。私は優しく問いかけた。

 

「いいえ、致し方ありません。人命を救うのはやむを得ない事です。むしろ退避を優先したばあい、さらなる被害者が出ていたでしょう」

 

 カークさんは無言で私の言葉に耳を傾けていた。

 

「これは黒幕の側が、私たちに手を出させるために巧妙に仕組まれていた事です。避けようがなかったんです」


 その言葉に頷きつつも、彼の言葉は本心では納得していないことを表していた。

 

「だが、俺は自分たちを不利な状況に追い込んでしまった。このワルアイユの人たちも」


 その言葉には彼の本性が現れていた。

 厳格で義理堅く決して裏切らない。ときには融通がきかなさすぎるくらいに。それだけに信頼の置ける人物だったがあまりにも自分自身を責めすぎる。

 

「カークさん、少しいいですか?」

「隊長?」


 不思議そうに私の方へと視線を向けてくる。私はさらに語った。

 

「新領主となったアルセラさんが胸に下げていたペンダント、気づきました?」

「あ? あぁ、あの3つの輪が重なったやつか?」

「えぇ、あれはワルアイユ家に代々継承される物で、銘は『三重円環の銀蛍』精術武具なんだそうです」

「精術武具? あんな小さな物が?」

「私も使用したところはまだ見ていないのですが、銘入りと言うからにはそれなりの威力を持っているはずです。それが代々の領主から領主へと、その精術武具を所有するに値する人物に対して伝えられてきたんです」


 私の語る言葉に彼は落ち着いて耳を傾けてくれていた。そして私は話題を切り替え、語るべきことの本質へと入った。

 

「カークさん。私はあなたの所有する精術武具、その両手に常にはめている籠手型の武装にまつわる噂は耳にしています」

「―――」

「ですが、風聞はしょせん風聞です。本質からは乖離している事が多い。あなたがその籠手型の精術武具を瀕死だった戦友から奪ったと心無い風聞を語る人が居ます。ですが、事実は違いますよね?」


 彼は無言のままだった。だがじっと見つめ返してくる視線が私の言葉を肯定している。

 

「本当はその戦友の方から譲られたのではないですか?」

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