最悪のシナリオ

 私はアルセラとメルゼム村長に視線を送る。

 不測の事態に対応するために市民義勇兵の編成を整えさせた。だがそれも事実を捻じ曲げられて伝えられる恐れがある。すなわち不正蜂起とされる懸念があるのだ。

 

「最悪の事態を考えてみましょう」


 現実を把握するのは何をおいても重要なことだ。最悪の事態を目の当たりにしたとしても、それを理解し受け止めることでしか次への対策を講じることはできないのだから。

 沈黙が支配する中で私は言った。

 

「今回、ダルカーク2級以下数名は襲撃者から鉱山労働者の皆さんを守るため加勢しました。本来、鉱山を守るべき警護役がいつの間にか居なくなるという状況下でです。そして、戦闘の末に退避してきました」


 まずはこれが1つ目の事実。


「その一方で私は、前領主バルワラ候が正体不明の人物たちに襲われている事実から自衛のために、メルト村の人々を市民義勇兵として臨戦態勢にしました」


 そしてこれが2つ目の事実。

 

「この2つが正体不明の敵の思惑でつながっている場合、襲撃したのは正当な理由なくワルアイユ領を訪れていた傭兵集団であり、警護役の者たちは彼らの襲撃により排除された、という言い訳が可能になります。さらにはこの警護役の排除はワルアイユと傭兵集団が協力しあって行われた、という筋書きも可能になる」


 そして最初の結論がこうだ。


「ミスリル鉱石横流しの事実を隠蔽するために、正当な理由なくメルト村とワルアイユ家は無断で戦闘態勢を強化したと言いがかりをつけられる可能性もあるのです」

 

 アルセラが問いかけてくる。

 

「私の父が暗殺された一件も絡んでくるのですか?」

「はい、暗殺の実行役がわたしたちの側の誰かにされる恐れがあります」


 その疑惑を押し付けられそうな人物は私の脳裏にすぐに浮かんだが、今はそれを口にすることなくあえて秘した。

 

「その暗殺の理由もミスリル鉱石の不正横流しに関して、ある種の口封じと疑われる可能性もあります。前領主バルワラ候への不正横流し疑惑が事実であると決めつけられる恐れもあるのです」

「そんな」


 アルセラが蒼白になり言葉を失う。

 

「全ては見えない黒幕が作り上げた〝邪悪なシナリオ〟のためでしょう」


 わたしは過去へと記憶をさかのぼりながら続ける。

 

「遡れば、過去の巡回行軍任務の段階から今回の濡れ衣の生贄として連れて行く職業傭兵を探していたのかもしれません」


 その言葉にダルムさんが言う。

 

「それでか! この部隊が編成された当初はお前が外されていたのは!」

 

 私は頷いた。

 

「私のような小娘は、黒幕のシナリオには不適当だったのでしょう。本来は老齢なギダルム準1級が隊長役で、集めた傭兵たちをまとめきれず、現場にて主導権を奪われた、とでもするつもりなのかもしれません。だからこそ昨夜私は革覆面の集団に命を狙われたんです」

「シナリオに不要な駒の排除、ということですか?」


 ゴアズさんの言葉に私は頷く。


「正体不明の黒幕が居て、それは職業傭兵に対して、傭兵ギルドすら騙せるほどの力がある人物です。おそらくは中央政府や正規軍に対しても強い影響力を持っているでしょう。彼らの主張と思惑は、このワルアイユ領を陥れるためのもの!」


 最悪の事態が私の脳裏を巡っている。


「そのためには虚偽の嫌疑であっても通ってしまう、無実の罪で捕らえられる人も出てくるでしょう、そして、地方領としての自治の維持が困難と判断される恐れがある」


 そして私は最終結論を導き出した。

 

「判断のためのパーツがまだ足りないのですが、全ては【ワルアイユ領の乗っ取り】のため。それが黒幕の最終的な目的のはずです」


 皆が愕然としている。すでに巧妙な罠のように全ては仕組まれていたのだ。皆が言葉を失う状況だったが、それでも気丈に振る舞う者が居た。領主を引き継いだアルセラだった。

 

「ルスト隊長、その乗っ取りの最終的な方法は?」


 私は顔を左右に振った。

 

「それが見えてこないんです。あと少しで答えが出そうなんですが」


 皆が沈黙している。あまりに過酷な状況をどう受け入れればいいのか見当がつかないからだ。

 だがそれでも指導者は動かなければならない。アルセラが自ら言った。

 

「皆のところに行ってきます。まずは負傷者を手当しないと」


 そしてメルゼム村長も言う。


「私も行こう。詳しい話を集めておかないとな。君も手当てを受けたまえ」


 メルゼム村長はかたわらのゴアズさんへと声をかけた。鉱山労働者たちを守るために傷だらけになった彼をねぎらうために。

 

「ありがとうございます。では隊長」


 彼らは私とカークさんをおいてこの場から去っていった。

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