新当主アルセラ ―引き継がれる宝―

 そこからの彼女の行動は早かった。

 自室から出ると、部屋の前で待機していた侍女長のノリアさんへと語りかけた。


「ノリアさん。ご心配をおかけしました」

「お嬢様!」

「もう大丈夫です。必要なことを初めましょう」

「かしこまりました」


 泣くのをやめ明確に行動を示し始めたアルセラの姿にノリアさんも安堵しているのが分かる。そして間を置かずにアルセラは指示を下す。

 

「ノリアさん。館の者たち全員に旅支度をさせてください。この館を一旦離れてメルト村の人たちと行動をともにしようと思います」

「一旦、この館をお閉めになられるのですね?」

「はい――お父様が何者かに討たれた今、ここも決して安全ではありません。少しでも人の多いところへと移動し、村の皆と連携を密にしたいと思います」

「承知しました。お嬢様のお支度も用意させていただきますので少々お待ち下さい」

「頼みましたよ」

「はい」


 そこにはもう狼狽えるだけの女の子は居なかった。小さくとも己の役目を理解している当主がしっかりと立っていたのだ。

 ノリアさんも私へと視線を投げかけながら黙礼する。そこには確かに感謝の気持ちが込められていた。

 さらに2階の廊下を歩き、亡きバルワラ候の寝室へと向かう。

 寝室へと入るなりアルセラは執事のオルデアさんへと語りかける。

 

「執事長」

「お嬢様?」

「心配をおかけしました。もう大丈夫です」

「おお、それは何よりです。それでこれからの事ですが――」

「それについては腹案があります。ですがその前にお父様の亡骸を移動させておきたいと思います」

 

 一つ一つ、判断をしつつ明確な言葉を発するアルセラの姿に、執事長のオルデアさんが安堵しているのが分かる。そしてその顔は主人に対する執事のそれへと戻っていた。

 

「承知しました。地下階に使われていない棺があったははず。それにおさめて暗所へと安置いたしましょう」

「お願いいたします」


 そしてアルセラは眠るように息を引き取っている父バルワラの姿を一瞥しながらこう告げたのだ。

 

「事態が解決してから、あらためて菩提を弔いたいと思います。それまではしばしお休みいただこうと思います」

「承知しました。ご決断、感謝の極みでございます」


 執事として、前当主に仕えたものとして、アルセラの決断と行動は頼もしく、そして、ありがたいものだったに違いない。オルデアさんの顔にも誇りと勇気が湧いているのが解る。

 やりとりの後に行動を開始するオルデアさんを横目に、私はダルムさんたちにも行動を促した。


「ご遺体の処置を手伝ってあげてください。男手が少ないはずです」

「承知した――行こうぜ」

「おう」

「心得ました」


 ダルムさんが発した言葉に、ドルスさんとパックさんもすぐに動き始める。

 それを見送るとアルセラは私へとこう告げた。

 

「一緒に来ていただけませんか?」

「ええ」


 アルセラに導かれながら一階へと降りる。そしてエントランスホールのその隣りにある領主の執務室へと場所を変えた。

 そしてそこは亡きバルワラ候がこのワルアイユの郷を守るために日々の政務をこなしていた場所でもあるのだ。

 漆黒の黒檀の政務机が据えられており、その席の背後には壁一面の祭壇が設置されていた。

 高さは7ファルド〔約2m70センチ〕ほどはあるだろうか? 古めかしく作られたそれが、代々のワルアイユ領主に引き継がれて来たことがありありと伝わってくる。

 その祭壇の一番奥に、ガラス製の小扉があり、その向こうに何かが安置されているのが見えた。

 アルセラはそれを勝手知ったるように執務机の引き出しから鍵を取り出し小扉を開けた。

 その中から取り出されたのは一つのペンダントだった。

 3つの銀色に輝くリングが重なりあっており、リングが3重に重なる部分に大粒のミスリルクリスタルがはめ込まれている。おそらくは3つのリングも何らかのミスリル素材だろう。

 

「それは?」


 私の問いにアルセラが答えた。


「我がワルアイユ家に代々継承されている家宝です。精術武具だとも言われています」

「精術武具?」

「はい。光精系で名前は『三重円環さんじゅうえんかん銀蛍ぎんけい』 領地と臣民に光をもたらしてくれると言われています」


 精術武具――、フェンデリオルに伝わる精霊科学である精術――その産物である特殊器具だ。

 風火水地の4精霊の属性を持ち、触媒であるミスリル素材と、作動論理としての術者の思考と、発動合図としての聖句詠唱から成り立っている。私が腰に下げている戦杖もそうした精術武具の一つだ。

 アルセラが手にしているのは、ペンダント型の精術武具だと言う。それを私へと手渡してくる。それが何を意味しての行為なのかすぐに解った。

 

「かけてあげるね」

「お願いします」


 銀鎖を両手で広げると、アルセラの首へかけてやる。自らの胸元へと収まったそれをアルセラは確かめるように位置を確かめていた。

 銀色に光り輝くそれは、まさにアルセラがその胸の中に秘めた強い思いを象徴するかのようだ。すなわち――

 

「これで名実ともにワルアイユ家の当主となったわね」


――父の遺志を継ぐという覚悟。


「はい。ありがとうございます。父も安堵していると思います」

「私もそう思うわ」

 

 死を乗り越えるのは容易なことではない。だがアルセラは乗り越えた。己がなすべきことを見据えながら。

 

「幼い頃何度か父が使い方を手ほどきしてくれたことがあります。頑張って使いこなそうと思います」


 懸命に前を見据えようとするアルセラのその小さな肩を私はそっと触れながら告げる。

 

「できるわ。覚悟を決めたあなたなら」

「はい!」

「行くわよ。領地とそこに住む無辜むこなる市民たちを守るわよ」

「心得ております。では参りましょう」


 ときは来たれり。

 それがワルアイユを守るための長い戦いの始まりの時だった。

 私たちは執務室を後にするとノリアさんのもとへと向かったのである。

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