女達の井戸端会議

 弟が走り去るのを見てリゾノは鎌や土鏝つちごてと言った道具を拾い集める。そして、道の傍らに置いた布かばんに収めていく。


「ご苦労さま。これからお昼?」


 リゾノにかけられる声がある。甲高い抑揚のある若い女性の声だ。

 

「あら、ルセル」


 リゾノの前には彼女と似たような服装の女性が佇んでいた。左腕に所有農地で収穫しただろう果実を入れた荷物かごを抱え、右手で5歳くらいの幼い子の手を引いている。名前はルセルと言うらしい。リゾノはルセルに語りかけた。

 

「きりが良いからね。それに他の人のお昼支度もしないと」

「領主様の農地よね」

「ええ。この10日くらいはずっとこっち。自分のところの農地はあとは収穫だけだから」

「芋畑だっけ?」

「そうよ。馬鈴薯と紫芋、芋ってわりとほったらかしでもなんとかなるから。でもこっちは下草を丁寧にとらないとね」

「大変だよね」

「でも仕方ないよ。一番の換金作物だし。まず小麦が実らないと領主様が困るだろうしね」

「領主様か――」


 リゾノの言葉にルセルはしみじみとつぶやく。


「自分が蓄えるより、村や領民たちの事にすぐ使っちゃう。それでいて自分たちは質素な館で暮らしてるんだよね。ほんと変わり者だよね。侯族様なのにさ」


 ルセルの言葉にリゾノは苦笑いで答えた。

 

「変わり者は酷いよ。その領主様のおかげであたしたちなんとか暮らしていけてるんだから」

「そうだね」


 リゾノの言葉にルセルもバツが悪そうに苦笑していた。

 荷物を片付け終えて布カバンを肩にかける。リゾノはルセルにといかける。

 

「お昼まだなんでしょ? いっしょにどう?」

「え? いいの?」

「構わないわよ。領主様からの施しものだしさ」

「わぁ、助かる~、じゃ支度と後片付け手伝うわ」

「そう? ありがと」


 二人は笑い合いながら歩き出す。そしてその道の途上で語り合い始めた。ルセルが問いかける。

 

「それで収穫の方はどう?」

「えぇ、順調よ。連作での立ち枯れも無いし、水も日差しも順調だから豊作でしょうね」

「あら、良かったじゃない」


 ルセルが喜びのこえをかけるが、リゾノは浮かない顔だった。

 

「でもね、ちょっと不安なのよ」

「え? なにが?」

「ほら、いつもならそろそろ秋の収穫に向けて買取行商の人が下見に来るでしょ?」


 買取行商人――換金作物を収穫期にまとめて買い取ってくれる大規模商人の事だ。その下見と目利きのために、夏の頃に何度か農地の状況を見分に来る。そして育成状況から収穫の度合いを見極めて、仲卸し業者や麦相場業者へと先売りを仕掛ける。

 それは毎年の恒例行事であり、行商買取人の来訪は、村と領地の将来を左右する重要ごとだったのだ。

 

「あぁ、そうかもうそんな季節か」

「うん。でも今年はその買取人の人が誰もこないのよ」

「え? 一人も?」


 驚くルセルにリゾノはうなずいた。

 

「年かさのいった人たちも不思議がってるし、村の勘定役の人も困惑してる。こんな事初めてだって」

「やっぱりアレかな――」


 アレ――ルセルの指摘にリゾノもうなずく。

 

「考えたくないけど、アイツらかもね」

 

 二人とも不安の原因に心当たりがあるらしい。その不安に苛まれるようにルセルも心中を吐露した。

 

「実はね、幼子抱えている母親連中も困ってるのよ」

「――あぁ、お医者様?」

「うん、巡回医師の人たちが来なくなったの。薬の行商人もワルアイユを避けてるって噂だし――」


 二人がそんな言葉を交わし合っていると、ルセルが手を引いていた幼子が咳き込んでいた。すかさずルセルは子供の背中を擦ってやる。

 

「大丈夫? お家かえったらお薬のもうね?」


 わが子のことを案ずるルセルにリゾノも不安を隠せなかった。


「風邪?」

「うん、ほんとはちゃんとお医者さまに見せたいんだけどね。薬も薬草を煎じた手製のものだから効き目もあまりないし」


 親であれば子を守ってやりたいのは当然の事だ。歳の離れた弟を親代わりとして育ててきたリゾノにも、ルセルの不安はよくわかろうと言うものだ。


「ほんとどうなるんだろうね――」


 リゾノが思わずつぶやいた言葉に、ルセルもうなずくしか無かった。

 

「二人とも、どうした?」


 そんな二人にかけられたのは中年男性の野太い声だった。

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