シミレアの武器工房
傭兵さんたちと別れて天使の小羽根亭を出る。傭兵ギルドの事務局のある方へと戻ると、そこから目抜き通り向かい側の街区へと足を運ぶ。
武器屋、装備屋、食料店、書類代書屋、通信師屋、医者、義肢装具屋、武術道場、語学塾、書店、資料蔵書屋、貸し会議室、精術武具店、骨董品店、質屋、宿屋、不動産屋、差し馬屋、馬喰、サナトリウム紹介所、葬儀屋――じつに多彩な傭兵稼業に付き物の商売が軒を並べている。傭兵ギルドを拠点として、そこに関わる人々が行き来している。
このブレンデッド土着の傭兵たちの他にも、他地域から流れてくる傭兵たちも居る。
各々に得意とする武器を担いで多種多様な人々が行き交っていた。
私は人目を避けるように足早に進むと、街区の脇路地をさらに進みとある建物へとたどり着いた。
漆黒の扉が据えられているが店の名前を示す看板は存在しない。一見すると個人の家にしか見えない。だがそれを私は勝手知った風に扉を開けて入り込む。
入ってすぐが丸テーブルが据えられた待合室。壁には様々な武具が見本として飾られている。私以外に客の姿はなく、店の奥に人の気配がする。私は店の奥の工房へと真っ直ぐに足を向けた。
「失礼します。ルストです」
そう声をかけると奥から返事がする。
「来たか」
声の主はシミレアさんだ。待合室の奥は手前の軽工房、その奥に刀剣鍛冶としての鍛冶場や様々な加工機械がならぶ本工房がある。軽工房が受付代わりであり、シミレアさんの仕事場だ。
普段はトレードマークのようにズボンに薄手の細密編みセーターを常用している。けど今は袖なしのシャツ姿で、その上に前掛けを付けている。
二の腕や胸板の筋肉がすごいことになっているのは、武器鍛冶職人と言う職業柄ゆえだ。
シミレアさんは、手ぬぐいで汗を拭いながら姿を現した。おそらく裏の本工房で作業をしていたのだろう。
手頃な背もたれ椅子を私に勧めながら自分も椅子に腰掛ける。
「見せろ」
言葉は少ないが意味はわかる。私が腰に下げている総金属製の長尺の戦杖を出せと言っているのだ。
「はい、お願いします」
ハンマーのように打撃して使う武具である戦杖は意外と消耗が激しい。竿が曲がったり、ゆるんだり、そう言うのは珍しくない。だから細かなメンテが欠かせない。天使の小羽根亭で声をかけられなくとも私はここに来ていただろう。
私から戦杖を受け取ったシミレアさんはそれを手慣れた風に分解を始めながら口を開いた。
「作業しながら話す、そのまま聞け」
私はそれを沈黙をもって聞き始める。
「武器商人界隈の闇の噂話だが、南洋大陸方面から戦闘用の戦象を仕入れようとしている動きがある」
戦象――聞き慣れない言葉だった。
「〝象〟って知ってるか?」
私は記憶を掘り起こす。
「たしか、南洋系の大陸に住む体の大きな生物だと。高さは二階屋根に届くほどで、長い鼻と牙を持っていて、比較的従順だから使役することも可能とか」
「そこまで知ってるなら早いな」
「むかし、何かの文献で読んだんです」
「そうか」
シミレアさんの手は分解し終えた戦杖のパーツの一つ一つを確かめている。細かなネジはすべて新しいものに変えて、各部品に曲がりや欠けがないかをチェックしている。
「戦象はその戦闘能力よりも、そのシルエットからくる威圧感が大きい。複数並べられて進軍してこられたら大抵の歩兵は音を上げて逃げ出すだろう。なにしろ刀も弓も歩兵の武器では太刀打ちできんからな」
シミレアさんは竿部分の曲がりに気づいた。修正するか交換するか迷っているようだが、交換することにしたようだ。
「そうなれば戦線は崩壊する。訓練を受けた正規兵やベテラン傭兵ならともかく、市民義勇兵では逃げるより他はない。練度の低い傭兵なら真っ先に逃げるはずだ。そうならんように対策はしっかりと考えておけ」
椅子から立ち上がり軽工房の奥にある旋盤機へと向かう。材料棚に置いてある素材から真新しい金属棒を取りだすとそれを加工すべく旋盤機に取り付ける。
旋盤とは金属や木材を回転させて、そこに刃をあてて効率よく加工する機械だ。店の裏手に水路があり、そこに水車を仕掛けておいて回転力を得ている。耳に心地よい切削する音が響き始まった。私はシミレアさんに尋ねた。
「それどっちの話ですか?」
私の問にシミレアさんはシンプルに答える。
「砂モグラ――」
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