二つ名『旋風のルスト』

 その次の瞬間、沸き起こったのは満場の歓声だった。

 

「おおおおっ!!」

「お見事!!」


 拍手が乱打され、称賛が飛び交う。

 それは同時に私が自分の思いを貫き通した瞬間でもあったのだ。

 体が熱い、全身から流れるような汗が溢れている。総身に込められた力は一気に抜けて、心地よい疲労感が私を襲っていた。

 大きく深呼吸をする、息を吐きだし体の力を解いた時、ようやくに私は周囲の状況に気づいた。

 

――フサッ――

 

 私の両肩にロングショールがかけられる。天使の小羽根亭の中でいつのまにか脱ぎ落としていた。それをかけてくれたのは意外な人だった。

 

「お疲れ様です」

「ありがとうございます」


 私にショールをかけてくれたのはバロンさんだった。いつもは笑みを浮かべることもない彼が静かに微笑んでいた。次いで私を支えるようにして肩を掴んでくれたのはダルムさん。称賛を贈ってれたギャラリーの方へと向けさせてくれる。

 

「何か言ってやりな」


 ダルムさんが笑みを浮かべて私に言う。ならば、皆にはこう宣言するしか無い。

 

「本日只今を持って、二つ名『旋風のルスト』を名乗らせていただきます!」


 二つ名――それは傭兵にとって命の次に大切なものだ。己の戦人いくさびととしての有り様が込められているのだから。だから自らが勝手に名乗っても誰も相手にしない。自らの生き様で認めさせる事が必要になる。

 そして、今がそのときなのだから。

 二つ名の無い無名のときは見習いに等しい扱いしかされない。傭兵は二つ名を得てこそ一人前だった。

 

「ルスト!」

「旋風のルスト!」


 呼び名が連呼され拍手が沸き起こる。否定する声は一つもない。

 

「お見事でした」

 

 傍らからゴアズさんが声をかけてくれる。そして私を褒める声もする。

 

「やっと技を物にしましたね」

「パックさん――いえ、師傅シフとお呼びすべきでしょうね」


 私の声にパックさんは静かに微笑んだままだ。

 

「ご随意に」


 私はあらためて皆に頭を下げて礼を示した。

 ギャラリーが私への賞賛の言葉で盛り上げる傍らで、もう一つのドラマが始まっていた。


 地面へとへたり込んでいるドルスに歩み寄っていたのはカークさんだった。

 

「無様だな〝ぼやき〟」

「―――」


 ドルスは無言で答えない。傭兵としてのメンツのみならず、私を奸計で嵌めて嫌がらせをしたと言う汚名だけが残ったことになる。ことと次第によってはこのブレンデッドの街に居られなくなるだろう。皆がドルスの事を見守る中、カークさんは意外な言葉を口にした。

 

「お前まだ。〝2年前〟のあの娘の事を引きずってたんだな」


――2年前――


 その言葉が漏れた時、ギャラリーがにわかに静まり返った。

 

「まさか」

「シフォニアの事か?」

 

 ギャラリーもなにかに気づいたらしい。皆がドルスを不安げに見つめている。そんな中、2年前の一件を知らない私にカークさんは語り始める。

 

「〝シフォニア・マーロック〟――2年前までこのブレンデッドに居た女性傭兵だ。年齢はお前ルストと1歳しか違わない。俺たちの中に混じって傭兵となり短期間で武名を上げて2級傭兵となった。そして、小隊長を任されたんだが」


 そこで言葉を濁したカークさんに私は問うた。

 

「そしてその方は?」


 カークさんは顔を左右に振りながら言う。

 

「死んだ」


 吐き出されたのは重い一言。


「戦場で狙撃された。男の中で女性が一人、しかも小隊長と言う事で余計に目立っていた。物陰から弓で撃たれて即死だった」


 彼が語る状況に、私は思い至る物があった。

 

「まさか! 先だっての哨戒行軍任務の時と同じ状況!」

「そうだ。戦闘を終えて野営地に戻ったときの一瞬に射たれた。全く同じだ」


 カークさんはドルスさんを見据えて言う。

 

「こいつが女性が傭兵をやることに抵抗を覚えるようになったのは、そのシフォニアが死んでからだ」


 ギャラリーもハッとするようにじっと聞き入っている。この場にいる誰もがそのシフォニアと言う人を記憶の片隅に残しているのだ。

 

「女性傭兵が居るとなにかと突っかかるようになった。女が戦場に出ることに不安を覚えてな。度々騒動を起こすようになってこいつはさらに周囲から孤立していった。その時だ、お前が現れたのは、まるでシフォニアの記憶を掘り起こすようにな」


 そしてカークさんはあの哨戒行軍任務の時のことを語る。


「そこへ持ってきて、あの報復人による狙撃事件だ。いやでもシフォニアの事を思い出すだろう。それでこいつは焦っちまったんだ。お前をこれ以上、戦場に立たせたくないってな」


 野次る声は聞こえてこない。それはこの場の多くの人々がそのシフォニアと言う女性の出来事に罪悪感を抱いていたことに他ならなかった。

 でもそれは私には関係のないことだ。はっきりと伝えるしか無かった。

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