果し合い・決着

 開いた両足を閉じ、右腕を旋回させ振り回して戦杖の打撃の勢いを溜めながら、その勢いで立ち上がり、ドレスの裾を翻しながらきりもみするように飛び上がる。

 

「おおっ!」


 ギャラリーから感嘆の声が漏れる。私の姿は彼らにどう映っているのだろうか? 

 左足を前に、右足を後ろに、足をやや開き気味にして立つと、戦杖を腰の後ろに構えて前方をキッと睨みつける。すると私の視界の中でドルスは体勢を立て直そうと後方へと後ずさったところだった。

 

「今度はこちらから行くわよ」


 あえて私は宣言した。攻めへと移る事で相手を威圧を試みたのだ。

 

「や、やれるもんなら――」


 ドルスが荒い息を漏らしている。流石にあばらは折れていないだろうが、かなりのダメージなのは違いない。だが彼とて傭兵だ。歴戦の猛者だ。簡単に負けを認めるつもりはないだろう。

 

「かかってきやがれ!」


 右手で正眼に片手牙剣を構え、左手を右手に添えて両手で牙剣を握りしめる。その瞬間を狙って私は一気に攻め込んだ。

 

「はぁああっ!」


 肺に吸い込んだ息を一気に吐き出すように叫び声を上げて私は駆け出した。

 戦杖の竿の中程を右手で握っていたが、バトンを水平に回転させるように回し始める。姿勢は前傾で左手でバランスを取る。

 そして気合一閃!

 

「はっ!!」


 右手を横薙ぎに振り回すように繰り出すと、回転させていた戦杖を眼前へと叩き込んだ。


――ガアン!――


 鈍い音をたてて戦杖と牙剣がぶつかり合う。初撃の勢いを殺さぬまま、戦杖を右手の指先で回転させ続け、ドルスの牙剣を3度ほど連打する。そしてさらに、左手も使い、今度は縦に回転させる。通常の刃物による攻めにはない特異な〝連撃性〟がそこにはあった。

 

「すげえ!」

「やれ!」

「ルスト!一気に押せ!」


 私への声援もあれば、

 

「何やってんだ! ぼやき!」

「ドルス反撃しろ!」

「どうしたどうした!」


 ドルスへの口撃もある。だがそんな声に反応する余裕もないほどにドルスはおいつめられつつあった。

 ギャラリーの歓声が盛り上がりを見せる中、ドルスは膠着状態に追い込まれていた。牙剣を引いて攻撃に備えようとすれば、私の戦杖の連撃をまともに食らうことになる。かといってこのままでは消耗する。

 

「くっ、くそっ!」


 焦りが口をついて漏れてくる。それもそのはずだ。片手牙剣による打ち込み剣技は初手の高速性に意味がある。敵に持ちこたえられて乱戦となると一気に不利になるのだ。軽量で小ぶりであるが故に防戦には不利なのだ。

 対して私は周囲から称賛の声をあびつつあった。

 

「速い!」

「それに有効範囲が広いぜ」

「いや、それより身のこなしだ」

「あんな体技見たことねえぜ」

旋風つむじかぜのようだ」


 それを背にして私はさらに攻め込んだ。

 戦杖の竿の中程を握りしめて斜めに叩きつけるように振り抜く。

 

――カキイィン!――


 甲高い音を立ててドルスの牙剣によって戦杖が弾かれる。私は戦杖の竿を打頭部に近い方を握り直しつつ、前後に開いた両足と体軸のひねりを使って後を向く。戦杖は右脇へとためたままだ。相手から見て、勢いよく戦杖をフルスイングする予備動作に見えただろう。

 ドルスがこの機を逃さぬようにと強い震脚をして踏み込んでくる。そして私の背面を打とうと牙剣を打ち込む。

 

「もらった!」


 ドルスの声が背中から聞こえる。それに対して私は内心叫んだ。

 

――かかった!――


 戦杖の竿の打頭部の方をしっかりと握りしめて後方へと気配のする方へと突き出す。同時に左足を軸に、右足を後方へと繰り出す。

 そして、後方へと繰り出した戦杖の柄尻の先にたしかな感触を感じたのだ。

 

「なにっ?――ガァッ!」


 驚きの声が次々に響く。


「おおっ!」

「何だあの技?」


 私が戦杖の造りに込めた意図を理解したギャラリーも居てくれた。


「そうか!」

「だから戦杖があの長さなのか!」

「総金属拵えはこのためか!」


 私が繰り出した【後方背面打突】の技が練りに練られたものだとう言うことを察してくれた人も居た。

 

「付け焼き刃じゃねえな」

「どんだけ鍛錬したんだ」


 当然だ、単に後ろへと柄尻を突き出すのみならず、一度後方を向き、即座に再び体を半回転させる――複雑な連続動作を迷いなく起こせるだけの習熟度が必要となのは誰の目にもわかる。必要な動作や周囲状況への勘が一つでも間違えばまともに背中を撃たれておしまいなのだから。

 だが、これこそが私が実践で戦杖を使うために編み出した方策だったのだ。

 

――頭のハンマー部で叩くだけの武器と言う認識を捨て、竿や握りもすべてを攻撃のために活かし切る――


 そう意図して、それに必要なものを一つ一つ積み重ねて修練し体得し改良を重ねていく。武器もこのために改良に改良を重ねて護身用具から実践型の武具へと作り変えた。

 全ては私自らが、戦場で一歩も引かないことを明示するために。

 

 後方背面突きの動作を終えて再びドルスの方を向く。視界に入ってきたのは胸部の中央をまともに突かれて攻撃の体勢を失ったドルスの姿だった。

 なんとかこらえて立っていたが、その手から片手牙剣がこぼれ落ちる。

 

――ガラァン――


 鈍い音を立てて牙剣が地面に落ちる。ドルスは両膝こそ地面につかなかったが立っているのがやっとの状態だった。

 

「かっ! かはっ!」


 胸骨の辺りを強打されたのだろう。呼吸困難に陥っている。私の戦杖の柄には重心バランスの調整を兼ねて重い鉛が仕込まれている。実は柄の部分で打撃してもかなりのダメージを与えられるのだ。柄尻も鋭利に尖らせてある。その気になればプレートメイルすら穴を開けられるだろう。それで勢いよく突かれたのだ。ただですむはずがない。

 私はあらためてドルスと対峙し、右手で握りしめた戦杖の打頭部をドルスの方へと付き出す。

 それは恣意的行為、勝者と敗者を明確にするための、

 私は告げる。


「まだやる?」

 

 そう告げればドルスは弱々しく言葉を漏らした。

 

「参った」


 ドルスの口から出たのは敗北宣言。それはその場で果し合いの成り行きを見守ってくれていたすべての人達の耳に届いたのだろう。

 ドルスが両膝からがっくりと崩れ落ちる。それと同時にワイアルド支部長が宣言した。

 

「勝負あり!」

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