親友たち

 耳元に音楽が聞こえてくる。

 東方の民族で愛用されている二弦手琴、いつもこの店に来て音楽を奏でている旅芸人の手によるものだ。

 絶妙な抑揚と酒宴の気分を盛り上げるようなメロディアスでたおやかな調べ――

 そうこれは私の衣装がこの場で浮かないようにムードを盛り上げようとしてくれているのだ。私は思わず視線を向ける。

 店のかべぎわの小テーブル、そこにて簡素な夜食を口にしていた女性が居た。黄色い肌に黒い髪、東方の遥か彼方の最果ての国から流れてきた旅芸人、弦楽器の達人で私の親友だった。

 

「ホタル――」


 彼女の名は〝オダ・ホタル〟世界中を流れ歩きブレンデッドに腰を落ち着けている。

 その指で奏でる調べが私の背中を後押ししていた。

 

「ありがとう」


 私がそっと呟けば視線でほほえみ返してくれる。彼女の気遣いに私は心から感謝した。ホタルのそのとなりにはもう一人の親友が居た。

 彼女の名前は〝マオ・ノイル〟海を超えてきた東方人だ。

 薬草や本草の行商人をしていて医学や農学にも詳しい。

 国を超えて流れてきた身の上である彼女たちは、このブレンデッドの街に根を下ろしている。

 マオが手にしていた酒盃を掲げて私に笑みを投げかけてくる。その笑みに私は同じ女としての共感と励ましの思いを受け取った。


 二人の声援をもらって、気合を入れ直した私は再び歩みを進める。

 

 視界の中のあちこちに見知った人物が見える。

 一人で黙々と酒を飲んでいるカークさん。

 もと軍人同士、馬が合うのだろう一緒に居るゴアズさんとバロンさん。

 その次がパックさんとダルム爺さんは気持ちが通じ合うのか、一緒に盃を傾けている

 そこから少し離れた場所で丸テーブルで賭けカードゲームに興じているのがプロア。私の方には視線すら向けてこなかった。

 そして、そして――

 

「遅かったじゃねえか」


 サボり親父のドルス。彼は店の一番奥に陣取っていた。私は彼の前に毅然として立つと見下ろしながら言う。


「色々と聞かされてた話と違う事が多くてね」

「何の話だ?」

「とぼけるの?」

「知らねえな」


 私は迷いそうになる。野営地で私を守ってくれた時の彼と、今、私をはかりごとに陥れた彼。そのどちらが本当なのだろうか? でも今はそんな迷いを抱えているときじゃない。

 私の周りでは職業傭兵の男たちが私のなりゆきを固唾を呑んで見守っている。だが、その相手がドルスだとわかってどよめいていた。

 

「マジかよ」

「嘘だろ?」


 これはまだまともな反応。

 

「何弱み握られたんだ?」

「脅されたんじゃね?」


 こうまで言われると、ドルスと言う人間の人望の無さを感じずにはいられない。

 多くの人が、私とドルスがどんなやり取りをするのか固唾を呑んで見守っている。

 これからの少しの時間、私の一挙手一投足が周囲を沸かせるだろう。

 私は、自分の中に沸き起こる不安を追い払いながらドルスへと言った。

 

「約束よ。お酌してあげるって」

「あぁ、そんな事も言われたっけな」


 すでに小さいグラスを手にしていたドルスはそれをあおりながら私を見上げる。

 

「座れよ」

「えぇ」


 私は勧められるままにドルスのテーブル席に腰を下ろした。決して警戒心を解かぬままに。

 さぁ、いよいよ、戦いの始まりだ。

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