新聞記事と仕事のタネ
「あら、ポール」
それは見知っている新聞配達の少年の声だった。
ちなみに私たちフェンデリオル人は独特の愛称の付け方をする。名前の後ろの〝3音〟をとる。
エルスト・ターナーなら『ルスト』
この少年はルポール・マルシェが本名だから、愛称が『ポール』になる。私は素早く金庫を仕舞うとドアを開けた。
「おはようルスト姉ちゃん」
「おはよう」
茶髪の髪の少年、ズボン姿にスモック、ズック履きに、新聞配達のための大きな肩掛けカバンという姿でポールが立っていた。
いつも笑顔が絶えないこの子は、毎朝嬉しそうにしながら私の所にやってくる。そのポールが私に新聞を一部差し出してくる。
「はい! これ今日の予備分の余り」
「いつもありがとうね」
「気にしなくていいよ、お姉ちゃんにはいつも世話になってるし」
ポールは私に新聞を差し出しながらにこやかに答えてくれる。私に新聞を渡そうとする時に特別丁寧な渡し方をするのは年頃の男の子だからだろう。
「今日の夜にでもまた来て、勉強教えてあげるから」
「わかった、晩御飯食べ終えたら来るよ」
そう答えてポールは何度も振り返りながら去っていった。
彼は父親が戦死し母親と二人暮らし。決して楽な生活ではないが、苦学生で働きながら正規軍の士官学校を目指している。母親の生活を楽にしてやりたい一心故にだ。朝、新聞を売ってもらおうと声をかけた時に立ち話になり彼の身の上を聞いて勉強を教えることになったのだ。
「さて、こっちも情報収集するか」
新聞には世の中の情報が記されている。その情報から次の仕事のタネが見つかることもある。
私は彼から受け取った新聞を手に部屋の中へと戻っていった。
† † †
私は毎朝、新聞を見る。
我がフェンデリオル国にも印刷技術はかなり古くからあったが、活字印刷が普及し、新聞や書籍と言った印刷物が大量かつ安価に手に入るようになったのはここ百年くらいのことだ。今では重要な情報源として市民生活にしっかりと根を下ろしている。
その職業柄、情報収集が欠かせない。新聞に書かれた記事の中に次の仕事につながるニュースが書かれていることもある。
テーブルの上に広げて一枚一枚めくって行った。
【
「今年もか、バーゼラル家、とり潰されちゃったからなぁ」
フェンデリオルには〝候族〟と言う上級身分の人たちがいる。いわゆる他国での貴族に近いものだ。その最上格が〝
【
【ベルデール海
【ジジスティカン、
世の中の話題が書かれているかと思えば、
【我がフェンデリオルと
200年以上にわたり戦い続けている敵対国家との記事もある。
【
国民の義務である市民義勇兵に参加する士気の高さの事や、
【読み物:フェンデリオル・第3の軍隊『
【職業傭兵制度、登録者数、過去最高を記録】
これはフェンデリオル独自の
職業傭兵は他国で言う通俗的な傭兵とはやや違い、国と正規軍が決めた規則のもとに
【敵国トルネデアス、不気味な沈黙続く】
そして私たちが自らの国を守るため戦い続けているのがトルネデアスだ。太陽神を唯一と崇め、皇帝をその代理者と
だが私はその記事に目を引かれた。
「不気味な沈黙?」
その部分に目をひかれた時、私のサラサラとした銀髪が動いて頬の辺りにかかった。右手で髪をかきあげながら新聞をさらに詳しく見つめる。
【ここ数ヶ月、トルネデアス側には目立った軍事行動は見られない。だが、専門家によると大規模な軍事行動の前には、こうした〝不気味な沈黙〟が確認されると言う。フェンデリオル正規軍では警戒を強め
私はこの記事を見た時にピンと来るものがあった。
「正規軍が偵察部隊を動かしているのなら――」
正規軍だけでは、圧倒的に数が足りないのがフェンデリオルの現実だ。だからこそ職業傭兵と言う仕組みが生まれたのだから。
「こう言うときには〝
私はついに、新聞記事の中から〝仕事の種〟を見つけた。
「よし、ギルドの詰め所に行ってみよう!」
すぐ外出の準備をする。
櫛で髪をすいて整え、軽く薄く頬紅を塗る。唇にはどぎつくならない程度に薄桃色の口紅をそっと塗る。
部屋着を脱いで下着姿になると、ボタンシャツにジャケットスカートを着る。足にレギンスを着けショートブーツを履く。さらに初夏用の薄手のハーフマントコートをつけるのが私の基本スタイル。これに愛用の武器を腰に下げて仕度が整う。
一部屋しかない小さな家を出て表の街路へと出る。そらは蒼く晴れている。ブレンデッドの街は高地にあるから風が涼しい。
私は地面を蹴ってある場所へと向かった。さぁ、今日こそ大口の仕事を手に入れよう。
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