第14話 そして乙女は目覚める
エリオットは、今自分が目にしている光景が本当のことだとはとても思えなかった。目の前に、デルティムムがいる。
けれど、いつもと様子が違った。いつも来ていた純白の毛皮のコートの代わりに、ささやかな青を溶かした白いドレスを来ているところからして違う。だが、最も違っていたのは、彼女の身体が淡く発光していたことだ。
「やあ」
デルティムムが、決まりが悪そうな笑みを浮かべて手を挙げた。
「久しぶり」
エリオットは、よろけるように一歩を足を踏み出す。
「デルティムム?」
デルティムムは、エリオットの目と鼻の先に立っていた。しっかり地面を踏んで立つ脚は、素足だ。白魚のように滑らかで、まるで透き通るようだ。いや、実際に、透き通っている。脚だけではない、彼女の全身が、透けている。
「その姿は?」
尋ねてから、エリオットは目を伏せ、緩く首を振った。それよりまず先に言うべきことがあった。
「いや、ごめんなさい。あなたを一人で森に行かせた。俺は火が怖くて、何もできなくて、あなたがどうなってしまったのかを知ることすら怖くて、逃げて、森に近づくことすらできなくて」
デルティムムは、静かにエリオットの言葉に耳を傾けているようだ。
「そんな僕が、こんなこと聞いていいのか分からないけれど」
言葉を切り、顔をあげる。
「今まで、どこにいたんですか」
「さあ、私もよく分からない」
デルティムムは額にかかった髪をかきあげた。その髪も、花嫁のつけるベールのように半透明だ。
「あの火事の時、私は自分自身の中に炎を閉じ込めた。そこから先のことは、よく分からない」
頭を押さえ、彼女はどこか遠くを見る眼差しをエリオットへ向ける。
「しいて言えば、ずっとここにいたとも言える。けれど、それは「私がいた」とは言えない気もする。私はあの時、氷雪の乙女としての形を自ら壊した。自らの本性である、雪と氷となり、炎を凍らせた。そして私は、意識を消失し、眠りについた。はずだったのだがな」
自分の掌の向こうに透けて見える地面を眺めて、デルティムムは小さく笑った。
「どうやら、消えていなかったらしい。それとも、消えていたけど、また出てきたのか。そこのお嬢さんの魔法でね」
デルティムムが目を向けた先には、ステイシーの姿がある。ステイシーは「私の魔法じゃありません」と否定した。
「
「拝借、ね。一体どんな魔法を使ったんだい」
ステイシーは、よどみなくスラスラと答える。
「言葉の魔法ですよ。東の地では、言葉に魔力が宿ると云う考えがあります。言霊信仰、と云うものです。転じて、噂をすれば影、ということわざがあります。大まかに言えば、それが今、私の使った魔法です」
「名を呼べば来ると?」
「そんなところです」
ふふ、と二人の女性は互いに笑みを交わす。
そこで初めて、ステイシーは自らを名乗った。
「私は、ステイシー・アボット。旅の語り部でございます。あなたにお会いできて光栄ですわ。デルティムムさん」
胸元に手を当て、ステイシーは辞儀をする。
「私は、去り行く時代の断片を収集する者。あなたのような隣人を求めて、大陸を巡っております。もしもお許しいただけるのならば、あなたのことを物語として、わたしの言葉に乗せて、語り継いでもよろしいですか」
「私のことを?」
こんなことを聞かれるとは予想外だったようで、デルティムムは目を丸くする。
エリオットは半分呆れつつも、相変わらずだなと、変わらないステイシーの姿勢にどこか安堵した。彼女はどこまでも、語り部である自分を貫き通している。その意思は見習うべきだ。
デルティルムムは呆気にとられた様子だったが、すぐに快活な笑みを浮かべると、「ああ、もちろんだ」と頷いた。
「あなたが語るのならば、私は物語の中で、ずっと生きていられるね」
「はい、そこはもちろん、保証いたします」
デルティムムの言葉に嫌な予感を覚えて、エリオットは口を挟む。
「デルティムムは、その」
どうなってしまうの、とは聞けなかった。
透けてしまった彼女の姿を見れば、その先のことを想像して恐怖で身がすくむ。喉が絞られように声が出ない。代わりに、デルティムムが口を開く。
「エリオットとは、何度もお別れの挨拶をする羽目になってしまったな。全く、あんなにいい感じに締めておいて、ごめん、やっぱりまだだったって、かっこ悪いことになってしまった」
苦笑混じりの息を吐き、デルティムムは優しい目をエリオットへ向けた。
「だが、今度こそお別れだ。お別れをするために、私はずっと君を待っていたんだよ」
「待っていた?」
疑問を浮かべるエリオットへ、デルティムムは自らの手を差し伸べた。
「この手を取り、私を溶かして欲しいんだ。そうすれば、お別れは完了だ」
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