第4話

「それにしても、プレゼントの種が全部戻ってきて良かった」

サンタクロースがそりに乗った八つの袋を満足そうに見る。私は申し訳なさで心がいっぱいになり、頭を下げた。

「すみません、私のせいであんなことに……」

サンタクロースが振り返る。

「いいんだよ、そんなこと気にしなくて」

そう言って笑ってみせた後、私の顔を見て少し困ったような顔をした。

「だからそんな顔をしないで」

そう言って私の手を握る。温かいその手に涙があふれてくる。

「本当にすみません。私、いつも人に迷惑かけてばかりで、今回はあなたに迷惑をかけて……」

「君は誰にも迷惑なんかかけてないよ」

私の言葉を遮るようにして、手を握ったままサンタクロースが言った。

「嘘を言わないでください。私がいなかったら、こんなことにはならなかったのに」

「でも、君がいなかったらブラックサンタクロースから袋を取り戻せなかった。俺は君に感謝してるんだよ」

私はサンタクロースの言葉が信じられず、目を見開いて彼の顔を見る。彼は柔らかく微笑み、嘘をついているようにはとても見えなかった。

「……さあ、プレゼントを配ろう」

サンタクロースは私から手を離すと袋の方に向き直った。そして袋の一つを引き寄せると紐を解いた。

袋の中からはちみつ色の光が溢れ、そりの周辺がぱっと明るくなった。私は眩しさに目がくらみ、思わず目を瞑る。

彼は袋の中に手を入れると両手でゆっくりとすくい上げた。指の間からさらさらと音を立てて種がこぼれ落ちるのが見える。

サンタクロースがそりから手を出し、その手を裏返すと種は重力に従って夜空に舞い落ちた。

流れ落ちた種はまるで天の川のように空をさらさらと流れたかと思うと次第に綿毛のようにちらばり、それぞれの家の中に吸い込まれるように消えて行った。

私はその光景に息をするのも忘れて魅入る。まるでこの国に星が降っているかのようだった。

「綺麗……」

白い息とともに私はぽつりとつぶやく。

「君もやってごらん」

サンタクロースがそう言って袋の口を私の方に向ける。私はおずおずとそこに手を突っ込んでみた。

ふれた種は僅かに温かかった。ゆっくりと手を入れて掬い上げると、それは砂浜の砂のようにこまかいことが分かった。

こぼれないよう慎重に袋から取り出すとそりの上で両手を開く。さっきと同じように種は風に乗り空を舞っていった。

砂とは違い、手にざらざらしたものは残らなかった。私はそりから身を乗り出し、種が舞い落ちていくのを眺める。

「これをあと七ヶ所でやるんだ。頑張ろう」

サンタクロースの言葉に私は「はい」と気合を入れて頷いた。


「あの」

種を撒きながら私はちらりとサンタクロースを見た。

「ブラックサンタクロースさんが、『お前のお陰で出てこられた』って言ってたんですけど、それってどういうことなんですか?」

サンタクロースがさらさらと種を撒きながら口を開く。

「ああ、そのこと。……彼はずっと俺の力で眠らせておいたんだけど、君が出す負のエネルギーに引き起こされちゃったみたいでね」

サンタクロースの言葉に(確か彼もそう言ってたような)と私は思い出す。

「彼の力の源は、君が発していた負のエネルギー……他人や自分に対する良くない気持ちから生じるものだったんだ。だから彼を弱めるためにはまず、君を彼から引き離さないといけなくてね」

「だからさっき、君にそりの運転を任せて彼から遠ざけることにしたんだ」とサンタクロースが言った。

「そうだったんですか……」

色々なことを配慮してプレゼントの種を取り戻す計画をしていたサンタクロースに私は舌を巻く。

「まあ、一番の課題は君が俺か彼のどちらにつくかだったんだけどね。それだけはちょっと予想できなくてね。……でも、物事はいい方に賭けてみるもんだ」

そう言ってサンタクロースが私に目配せをした。私は恥ずかしくなって目を伏せる。

そんな私を見てから彼が再び口を開いた。

「……彼はね、君が思ってるようなブラックサンタクロースじゃないんだ」

「そうなんですか?」

サンタクロースがこくりと頷く。

「彼は誰にも愛されなかった人々の悲しみや恨み、妬みがクリスマスの日に集まってできたものなんだよ。だからあんなにひねくれた性格をしてるんだ」

「クリスマスは人々の幸福感が強くなる一方、孤独感も同じくらい強くなる時期だからね」と彼が付け加える。

「俺は彼をなんとかして助けてあげたいと思っているんだけど、これが中々上手く行かなくてね」

「そうなんですか……」

私はブラックサンタクロースのことを思って悲しくなった。

私のせいで彼は再びクリスマスの日に目覚めてしまった。そして仲間を求めて、ひとりぼっちの私に近づいてきたのだろう。彼と同じ境遇の私ならきっと味方になってくれるだろうと思って。

自分のことを理解して寄り添ってくれる友達が欲しかったのは、彼も一緒だったのだ。

消える最後に見せた、彼の悲しそうな顔が忘れられない。

(何かしてあげられたらよかったのに……)

落ち込む私を気遣うようにサンタクロースが声をかける。

「君が気にすることじゃないよ。君が手を差し伸べても、最後はやっぱり彼が素直にならないと駄目だしね」

それに、とサンタクロースが続ける。

「俺がまた眠らせておいたから大丈夫。今頃素敵な夢を見てると思うよ」

彼の言葉に私は顔を上げた。そしてサンタクロースの顔を見る。

「どう?安心した?」

こくりと私は頷いた。それを見てサンタクロースが安堵したように微笑んだ。


「さて、ここで最後だ」

そう言って彼は袋の口を開き、ぱたんと倒した。そこから川のように種が流れ出し、夜空へ飛び出していく。

私は家を見下ろしながら、そこに住んでいる人々のことを考えた。

私と同世代の人もいるだろうし、もっと高齢の方も、私よりも若い人もいるだろう。顔も名前も知らない人々だけれど、彼らも確かにこの国で生活を営んでいる。そう考えて私はなんだか不思議な気持ちになった。

この地域のどこかにも、苦しみながら今を生きている人がいるのかもしれない。その人たちの唯一の楽しみがこのプレゼントなのだとしたら、("絶望のプレゼント"にならなくて本当に良かった)と私はほっとした。

「皆、喜んでくれるかな……」

種を目で追いながら呟いた私の横顔を見て、サンタクロースが微笑む。

「喜んでくれるさ。きっと」

サンタクロースの言葉に私も笑みを作った。

「……そうですよね」

今日だけでも、この国の皆が幸せになれますように。私はそれを心の中で強く祈った。


「無事配り終わったよ。手伝ってくれてありがとう」

サンタクロースがコーヒーをついだコップを私に手渡しながら言う。

「いえ、少しでもお役に立てたのなら嬉しいです」

お礼を言ってコップを受け取る。両手で包み込み温かさを楽しんだあと、口をつけた。冷えた体に温かいコーヒーが染み渡っていくのを感じる。

「仕事はもうこれでおしまいですか?」

サンタクロースがコップに口をつけながら頷く。

「うん。後はもう帰って寝るだけ」

そう言ってからくしゃみをした。体を震わせるサンタクロースになんだか人間味を感じて私は微笑む。

「毎年寒い中大変ですね」

私の言葉に彼が鼻をすすりながら笑った。

「まあね。でもプレゼントを喜んでくれる人達のことを考えると、寒さも吹っ飛んじゃうんだ」

私はコーヒーを飲みながら夜の街を見下ろす。もうほとんどの家の明かりが消え、街は静まり返っていた。

私は彼の方に向き直ると口を開いた。

「……サンタクロースさん。毎年素敵なプレゼントをありがとうございます」

そう言うと「どういたしまして」とサンタクロースが嬉しそうに笑った。


「さて、仕事も終わったことだし、もう君を家に帰さないとね」

彼の言葉に私ははっとする。

(そっか、もうお別れしなきゃいけないんだ……)

彼と離れるのをなんとなく名残惜しく感じながら私は頷いた。

サンタクロースはコップを置くと操縦席に座り、トナカイの手綱を握った。

「ちゃんとそりに掴まっていてね」

振り返りながら言われた言葉に私は頷いた。

サンタクロースはすいすいとそりを走らせる。段々自分の家に近づいていくのが分かった。

そりは私の家の上で止まるとゆっくりと下降した。そして二階にある寝室の窓の前で止まる。

「どうして、私の家の場所が分かったんですか?」

そう尋ねるとサンタクロースは目を瞬かせた。

「ああ、それね。俺はサンタクロースだから、この国の中だったらどこに誰が住んでいるか、全て頭に入ってるんだ」

そう言って彼が笑う。

(そうなんだ……すごいなあ)

私はすっかり感心していた。

サンタクロースがゆっくりとそりを窓に近づける。(鍵がかかっていたような)と思いながら試しに開こうと力を込めると、不思議なくらいすっと開いた。

慎重にそりから窓のサッシに乗り移る。

(窓から入るなんて初めてかも)と私は考える。なんだかピーターパンのウェンディにでもなった気分だった。

床に足がついてから振り返れば、サンタクロースが窓のサッシに手をついて私のことを見ていた。

「送ってくださってありがとうございます」

「別にいいよ。こちらこそ仕事を手伝ってくれて本当にありがとう」

そう言ったサンタクロースの目の前を白いふわふわしたものが舞い降りた。

「あ」

私と彼が同時に声を上げる。窓から顔を出せば綿のような白い雪が空から次々と降ってきているのが見えた。

「ホワイトクリスマスになったね」と彼が空を見上げて笑う。

舞い降りてきた雪を手のひらで受けると、一瞬冷たく感じたもののすぐに溶けてしまった。それを見てサンタクロースも手のひらを上に向ける。

彼の白い手袋の上に雪の結晶が舞い落ちる。それは溶けずに彼の手の上で残っていた。

「綺麗……」

どこまでも繊細な結晶に私はうっとりと見入る。サンタクロースはそんな私を優しげな眼差しで見てからちらりと腕時計に目を移した。

「もうこんな時間だ。ほら、早く寝ないと」

私もベッドの横にある目覚し時計を見て驚く。明日も仕事があるのを思い出し、慌てた私を見てサンタクロースが笑みを作った。

「引き留めちゃってごめんね。じゃあ、俺はもう帰るよ。……おやすみ」

いい夢を。

最後に、サンタクロースは声には出さずそう言った。

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