第2話

長い廊下の突き当り右にある扉に入る。その中はさっきまでいたリビングとは違い、まるで工場のように無機質なところだった。

「あれがプレゼントの種」

サンタクロースが指を指す。

壁際に並んだ透明なガラスがはめ込まれた円柱状の機械の中に、キラキラとした光の粒のようなものがたくさん詰まっていた。

「あれが……」

私は目を見張る。まるで宝石のような種の美しさに目を奪われ、立ち尽くした。

「あの中に、この国に生きる人全員分のプレゼントの種が入ってる」

「子供だけでなくて、大人にもプレゼントはあるんですか?」

そう尋ねると「うん」とサンタクロースは頷いた。

「でも、なぜか分からないけど、大人のプレゼントの種はめったに発芽しないんだ。室内に入った瞬間に消えちゃって、プレゼントにまでならないんだよ」

そう言ってサンタクロースは首をひねった。

「大人になると何かを望んだり、夢を見たりすることを忘れちゃうからかな。たしかに、ほとんどの大人は俺の存在なんて信じてくれないし」

そう言って彼は空笑いをした。

どこか寂しそうな彼を見て、私はなんだか胸が痛くなった。

ふと、心に浮かんだことがあり、私は口を開く。

「……あの、多分なんですけど、大人にとってのプレゼントは、有形のものではないんじゃないでしょうか」

そう言うとサンタクロースはきょとんとした顔をした。変なことを言っているのは承知で私は続ける。

「えっと、子供はゲーム機とか、サッカーボールとかをプレゼントとして欲しがりますけど、大人は家族の幸せとか健康とかをプレゼントとして望むのではないかと思って……。だから、プレゼントになっても目に見えないのではないかと。……その、決して大人が夢を見ないとか何も望まないとかそんなことではなくて……」

なんだか自信がなくなって最後の方は小さな声になってしまった。

サンタクロースは目を丸くして私のことを見ていた。そして私が口をつぐんだ後、ゆっくりと微笑んだ。

「そっか。きっとそうだね。うん、そうだ」

そう自分に言い聞かせるように彼が何度も頷いた。それから、

「ありがとう」

そう言って優しげな笑みを私に見せた。私は偉そうに自分の考えを述べてしまったことにすっかり顔を赤くして、下を向いた。でも、(彼を少しでも元気づけられたようでよかった)と安心もしていた。


ふいに今まで聞いたことのない妙な音がした。それがなにかの鳴き声であることに気づくには少し時間がかかった。

サンタクロースが怪訝な顔をしてちらりと玄関の方を見る。

「外でなにかあったみたいだな。……ちょっと様子を見てくるよ」

「君はここにいて」と言われ、私は「はい」と頷いた。


(遅いなあ……)

あれから十分ほど経つのに、まだサンタクロースは帰ってこなかった。

(大丈夫かな……)

ここにいてくれと言われた以上、この場を離れるわけにはいかない。でも、寒々しいここでじっとしているのは苦痛で、私は少し扉を開いて、サンタクロースが帰ってきたのがすぐに分かるように廊下に顔を出した。

すると、玄関とは反対方向の廊下の突き当りに、誰かがこちらに背中を向けて立っているのが見えた。

(……あれ?)

私は首をひねる。私の視線に気づいたのか、ちらりとその誰かが背中越しに私に視線を向けた。

彼の顔を見て、私は驚きで声を上げた。

「サンタクロース……さん?」

容姿は紛れもなく彼だった。けれど、その瞳はどこか冷たい感じがした。

それに、服が黒い。

(サンタクロースさんじゃない……)

私が警戒をしたのに気づいたのだろう。その男が体ごとこちらを向いた。そして私をじろじろと見てから合点がいったように笑みを作った。

「……なるほど、お前か」

サンタクロースと同じ声。けれど彼の声がお日様のような温かみを含んだ声なら、今そこにいる男性の声は冬の夜のような底冷えのする声だった。

私は怖くなって扉を閉じる。しかし、もう少しで閉まるというところで黒い手袋をはめた手が伸びてきて、扉を掴まれてしまった。

「まあ、待ちなよ。俺と少しお話ししようじゃないか」

口調はサンタクロースと変わらない。けれどその男はどこか強引で傲慢な感じがした。

力でかなうはずもなく、扉が開けられる。扉の向こうから現れた彼は私を見下ろしてにやりと笑った。

「あ、あなたは誰?」

彼から距離を置いてから私は尋ねる。

「俺はブラックサンタクロース」

「ブラックサンタクロース……?」

私は首を傾げた。

……そういえば、聞いたことがあるような気がする。サンタクロースはいい子にプレゼントをあげるのだが、反対にブラックサンタクロースは悪い子にお仕置きとして嫌なプレゼントをあげるのだ。日本にはいないブラックサンタクロースだが、子供の教育のためにブラックサンタクロースを歓迎する国もあるらしい。

(そのブラックサンタクロースが、この人なんだ……)

私は目の前の彼を見る。

「ずっとサンタクロースの奴に閉じ込められてたんだけど、お前のお陰で出てこられたんだ」

「え?」

彼の言葉に私は耳を疑う。私のせいで?

私の言いたいことが分かったのだろう。

「ああ。お前がこの家に負のエネルギーを撒き散らしていたからな。あいつの力が弱まって、俺を押さえつけられなくなったのさ」

(負のエネルギー?)

なんだかよく分からないけれど、私のせいでこのブラックサンタクロースが逃げ出してしまったらしい。

(まさかまた、迷惑をかけて……)

どうしようと顔を真っ青にする私を彼は見下ろした。

「お前、相当訳ありみたいだな。今まであいつが連れてきた人間の中で最も負のエネルギーが強い」

顎に指を添えて何かを嗅ぎ取るようにブラックサンタクロースが私に顔を近づける。私は彼から離れるように一歩後ずさった。

「……学生の頃のいじめによるトラウマと他人に対する劣等感、疎外感。両親の不仲、異性への恐怖、ねえ……」

「え」と私は目を見開く。

どうして、と尋ねる前に彼は不気味に笑った。

「あいつが人の良いところに敏感なように、俺は人の悪いところに敏感なんだよ」

隠していたものがすべて顕にされ、私は恥ずかしくて俯いた。そんな私を見ながら彼が口を開く。

「……そうだ。お前の願い、叶えてあげようか」

私は弾かれたように顔を上げる。彼と視線がかちあう。

「俺の力があったら、お前を虐めた奴らに復讐が出来るよ」

彼はそう言って口の端を釣り上げた。サンタクロースの彼と顔は瓜二つなのに、なんて邪悪な笑みなのだろう。

昔向けられた視線を思い出して、私は思わず体を震わせた。

私はすっかり怯えて彼から距離を置こうと無意識に後ずさっていた。しかし彼はそんな私をあざ笑うかのように一緒になって私の方に歩いてくる。彼の歩幅の方が大きいため、距離は遠ざかるどころか縮まる一方だった。

とん、と背中に壁が当たる。もう壁まで来たのかとはっとしたときには、ブラックサンタクロースの顔が目の前にあった。

「ここまでお前を苦しめた奴らに、罰を与えたいだろ?」

私は俯いて口を固く閉じた。今のこの状態こそが私にいじめの時のことを思い出させた。

そんな私の様子を愉しそうに見ながらブラックサンタクロースが口を開く。

「そこで提案がある。……あそこにプレゼントの種があるだろ?」

ブラックサンタクロースが顎でしゃくった方を思わず見る。サンタクロースに見せてもらったプレゼントの種が機械の中で無邪気にキラキラと光を放っていた。

「俺の力があれば、あれを"絶望のプレゼント"に変えることが出来る。だけど、あの機械にはサンタクロースの力がかかっているから、俺は残念ながら種を取り出すことが出来ない」

ブラックサンタクロースが私に視線を戻す。

「俺が言いたいことは分かるよな?お前が代わりにあの種を機械から取り出して、俺のそりに乗せるんだ。そうしたら、俺の力でお前の嫌いな奴の所に最悪のプレゼントを贈ってあげるよ」

彼の底なしに黒い瞳から私は目をそらせなかった。その黒い瞳の中に幻燈のように様々な人の顔が浮かぶ。思い出したくもない、自分の記憶とともに消し去ってしまいたい彼らの顔が。

私はつばを飲み込んだ。それと同時に靴音が聞こえて、ブラックサンタクロースがちらりと視線を扉の方に寄越した。

「もう帰ってきたみたいだな。じゃあ、頼むよ」

私の返答も聞かずに彼は静かに姿を消した。それとほぼ同時にサンタクロースが入ってくる。

「ごめんね。トナカイ達が変な人影を見たって騒いでいたから、念のため建物内を見てきたんだ」

ブラックサンタクロースのことだろうか。もしそうだとしたらサンタクロースに彼に会ったことを言わなければならない。

けれど私は何も言うことが出来なかった。黙ってその場に立っていた。

サンタクロースがちらりと時計を見る。

「さて、もう時間だし、プレゼントの種をそりに運び込もうか。悪いけど運ぶのを手伝ってくれない?」

私ははっとして頷く。サンタクロースはそれを見ると踵を返し機械の方に歩いていった。

機械の近くに畳んで置いてあった白い袋を手にとる。

「ここにこの袋をはめるんだ」

サンタクロースは手慣れたように機械に袋を取り付ける。私はその鮮やかな手付きに思わず見惚れる。

袋を取り付け終わると彼は機械に取り付けられたレバーをおろした。それとともに低い作動音がして、機械の中に詰まっていたプレゼントの種が袋の中に流れ込んだ。

袋はどんどん膨らんでいき、やがていっぱいになった。街で見るサンタクロースが背負っている大きな袋と全く同じだ。

「後七つ用意するから待っていて」

サンタクロースが立ち上がりもう一つの場所に移動する。

(一人で用意するの大変じゃないかな……)

手伝おうと思ったが、もし自分が手伝って失敗でもして種が散らばってしまったら、元も子もない。

けれど、せわしなく歩き回るサンタクロースを見ていたら、手を貸さずにはいられなくなってきた。

「あの、私も手伝います」

思い切って声をかけると彼が驚いたように振り返った。迷惑と思われたのではないかと一瞬心配したが、嬉しそうな顔をした彼を見てほっとした。

「ありがとう。それじゃあ、こっちに来て」

サンタクロースが手招きをする。私は彼に近づいた。

彼に教えてもらい、袋を機械に取り付ける。レバーを引くと先程と同じようにさらさらとプレゼントの種が落ちてきた。

大きく膨らんだ袋を見て、無事に出来たことにほっとする。胸をなでおろす私を見てサンタクロースが笑みを作ったのが分かった。


四つ目の袋が出来上がったとき、誰かにとんとんと背中を叩かれた。振り返るとブラックサンタクロースが立っている。

「それを持ってきて」と小声で言われ、私は頷くと一番近くにあった袋を持ち上げた。

しかしそれはかなり重く、私はすぐに床に置いてしまった。

(どうやって運ぼう……)

運ぶ方法を考える私を見て、ブラックサンタクロースは焦れったそうな顔をすると、ひょいと私から袋を奪った。それを担ぐとさっさと部屋から出ていく。

(あれだけあれば十分だよね……)

私は彼の後ろ姿を見ながらそんなことを考えた。あの一袋の中にかなりの量のプレゼントの種が入っているのだ。十分復讐する人数分あるだろう。

(ごめんなさい、勝手に一部だけ"絶望のプレゼント"にしちゃって……)

心の中でサンタクロースに謝りながら私は彼と共にどんどんプレゼントの袋を作っていった。

最後に作られた袋は少し小さかった。

「これなら君でも持てそうだね」

私は近づいて持ち上げる。重たいが先程の袋よりはましだった。サンタクロースに頷いてみせる。

「よし。じゃあ君はそれをそりまで運んでいって」

彼はそう言うと袋を四つ掴んで歩き出した。あんなに重いものを四つも同時に運べるなんて、すらりとした見た目と違い彼は結構力持ちらしい。

私は袋を抱え込みながら必死にサンタクロースの後を追う。しかし彼のほうが足が速く、彼との間に少し距離があきはじめた。彼を見失わないように出来るだけ早足で歩いていたとき、私は肩を掴まれ誰かに引き止められた。

振り返ればまたブラックサンタクロースが立っている。彼は二つの袋を抱えていた。

「俺のそりはこっちだよ」

「え、でも、一つの袋で数は十分足りますよ……」

そう言って私は戸惑う。

「そういう問題じゃないんだよ。ほら、早くこっちに……」

そうぐいと強く腕を引っ張られて私は悲鳴を上げた。それを聞いてサンタクロースが振り返る。私とブラックサンタクロースを見て、彼の瞳が丸くなった。

「……! お前……」

サンタクロースがブラックサンタクロースを見て苦い顔を作る。

「久しぶりだな、サンタクロース。まさかまた会うことになるとは夢にも思ってなかっただろ?」

ブラックサンタクロースが口角を吊り上げる。

「感動の再会のついでに、プレゼントを配るのを手伝ってやるよ。ほら、行くよ」

そう言って私の手を掴み、ブラックサンタクロースが走り出す。

「待て!」

焦ったような声が後ろから聞こえてきた。ブラックサンタクロースは振り返ることなく走る。

重い袋を持ったまま走らされて、私はすぐに息が上がってきた。前を走る彼のスピードについていけず、足がもつれそうになる。

なんとか外に走り出ると、サンタクロースのそりとは違い、真っ黒なそりが止まっているのが目に入った。そりのうえにはすでに一つの袋が乗っていた。

ブラックサンタクロースが私の腕から手を離し、そりに彼が持っていたもうニつの袋を放り込んだ。そして、立ち止まって肩で息をしている私に声をかける。

「ほら、早く乗って」

そう言われても、足が棒にでもなったかのように動かない。はあはあと息を弾ませながら一歩踏み出そうとしたとき、後ろから腕を掴まれた。

「……待って」

はっとして振り返るとサンタクロースが立っていた。彼も少々息が荒い。

彼は息を整えながら口を開いた。

「……俺はね、この国の人々に夢と希望を与えるのが仕事なんだ」

彼が怒ったような顔をして私の顔を見て、低い声で続ける。

「いつも頑張っている人達に、プレゼントをあげて喜んでもらわないといけない。だから、あいつに邪魔される訳にはいかないんだ。そのプレゼントの種をこちらに渡して」

そう言ってサンタクロースが私が抱いている袋に手を伸ばす。その手が袋に触れる前に、黒い手袋をはめた手が伸びてきて、私の襟首を掴んだ。

首が締まるほど強く引っ張ると、プレゼントの種の入った袋とともに私をそりに乗せる。すぐにブラックサンタクロースがトナカイに鞭を入れた。

袋を抱えて尻もちをつく私の横で、彼は勝ち誇ったようにサンタクロースを見た。

「じゃあな、サンタクロース。クリスマスを」

そう言って帽子を被る。それと同時にそりがふわりと浮き上がり、空高く飛び上がった。

下を見ればサンタクロースが唇をかんで悔しそうに私達のことを見つめていた。

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