第一章 のっぺらした道にも希望の花は咲く

「敵将の首を取ることこそが、我らの悲願なり!」

 河原を埋め尽くすほどの甲冑を身に纏った男達が、勝鬨(かちどき)の怒声を上げる。

 この牧歌的な風景には、あまりにも不釣り合いで、僕は思わず、眉をひそめた。

 幅の広い大きな川が、水面の凹凸もそこそこに、静かに流れている。水深は低いけれど、小さな魚が、ぴしゃんと飛び跳ねた。眼前に広がる大きな川を鉄橋が跨ぎ、赤色の電車が小気味良い音を鳴らしながら、走っていく。

 タタン! タタン! タタン! 心地よい音だ。まるで、下駄でスキップをしているような爽快感を味わえる。川沿いを通る道は、有事の際堤防としての役割を与えられている。堤防の道では、僕達と同じ制服を着た生徒が、ちらほらと見える。大小様々な大きさ・形をした石が敷き詰められた河原。その河原から、道までの間に、名前が分からない雑草が生い茂っている土手がある。雑草と言う名の草は、ないそうなのだけど。

「誰が敵将だってんだ? 馬鹿野郎!」

殺意むき出しで、こちらを見ている集団を眺めていた六角堂銀将(ぎんしょう)君が、僕の隣で青筋を立てている。僕は、朝っぱらから冷や汗をかきながら、チラリと隣に視線を向ける。

「おい! 時(とき)! これ頼む」

 無造作に投げられた学校指定のカバンを、僕は慌てて受け取った。銀将君は、制服の上着をバッと背後に投げ捨て、土手を駆け下りていく。僕は、ジャンプして、彼の制服をキャッチした。どうして、カバンは渡して、制服は投げ捨てたのか、疑問は残る。制服を丁寧に折りたたみ、カバンと一緒に抱え込むようにして、その場で腰を下ろした。土手の斜めになっている部分は、意外としゃがみ込むのに都合が良かった。僕は、茫然と、河原で楽しそうに暴れている、銀将君を眺めていた。そして、ついつい、溜息を吐いてします。

―――僕は、あまりにも平凡で、非凡な才に恵まれた彼が羨ましく、時に疎ましくも感じたりする。

 妬みという感情が生まれていることに気が付いて、僕は振り払うかのように、必死で頭を振った。

「どうしたの? 染宮(そめみや)君? 髪の毛に何かついてるの? 取ってあげようか?」

 突然、背後から声をかけられ、反射的に振り返った。目と鼻の先に、スラリと伸びた褐色の良い脚があり、慌てて立ち上がった。この位置と角度は、精神衛生的にも体裁的にも非常にまずかった。

「あ、だ、大丈夫だよ。ありがとう。明方(あけがた)さん」

 クラスメイトの明方光(ひかり)さんが、伸ばしかけた手を空中で留め、『そう?』と、首を傾げ優しく微笑んだ。そして、体を左側に倒して、僕の背後を眺めた。

「ところで、あれは・・・ああ、六角堂君だ。何してるの?」

 僕は、ドキッとして、明方さんの視線の先を体を反転させて、一緒に見た。そして、ゆっくりと顔を戻し、ぎこちなく笑った。

「何をしてるんだろうね? ハハハ」

「こんな朝早くから、元気だねえ、六角堂君は。あんなに走り回って、シャドウボクシング? あ! 蹴った! シャドウキックボクシング? あれ? なんかクルクル回ってるよ? え? え? 何?」

 明方さんは、目を丸くして、興味深々といった様子で、銀将君の奇行を眺めている。

 あ、はい。あれは、相手の足を両脇に抱えて、グルグル回してぶん投げる、ジャイアントスイングというプロレス技です。

抱えているのは―――落ち武者の霊です。

 そんなことが言える訳がない。僕は、ただただ、苦笑いを浮かべるだけだ。

「なんだか、良く分かんないけど、染宮君も大変だね」

 何故だか、僕が同情されてしまった。

「それじゃあ、私行くね。染宮君もほどほどにしときなよ。ぶっちゃけ、六角堂君の良い噂は聞かないからさ。嫌なことは、嫌だとちゃんと言わなきゃダメだよ。じゃあ、また教室で。彼に付き合って、遅刻しないようにね」

 盛大に誤解をされたまま、明方さんは、ヒラヒラと手を振って歩いて行った。僕は、彼女の背中を見送りながら、小さく手を振る。

「うん、また後で」

 やはり、はたから見ると、そう見られているのかと、落胆する。確かに、現状はそうかもしれないけれど。銀将君の制服とカバンを預かり、おとなしく待機しているのだから。視線を河原に戻すと、埋め尽くしていた落ち武者の軍勢が、もう数える程しか残っていなかった。相変わらず、手早い。

 今年の春に、私立桜桃(おうとう)高等学校に入学した僕と銀将君。存在を知ってはいたけれど、入学式が彼との初対面であった。

「おう! お前が歪屋が言っていた染宮時だな? まあ、なんだ。色々、宜しくな」

 銀将君は、そう言って、ニカリと白い歯を見せた。噂は色々聞いていたので、声をかけられた時は、内心穏やかではなかった。正直、ビビりまくっていたのだ。そりゃそうだ、平常心でいられる訳がない。しかし、銀将君の幼さの残る屈託のない笑顔が、僕の胸の奥にスウと溶け込んでいった。

 入学して、三か月ほどが経過し、銀将君は、とても気さくに声をかけてくれる。たまに、気さくを通り越して、図々しいのが、玉に瑕だ。まさに今のように、僕はカバン持ちに身を興じる。

 僕が、どうして、昔から、銀将君を知っていたのかは、表の理由と裏の理由が存在する。表の理由は、中学時代から、銀将君はやんちゃで有名であった。ちなみに、先ほど明方さんが言っていた『良い噂を聞かない』=『悪い噂』は、これに起因し、そのお陰で入学早々上級生に目をつけられた。そりゃそうだ。目つきの悪い銀髪の一年坊主なんか、面白くないに決まっている。それと、名が売れていた銀将君を倒し、売名目的の輩もいたのであろう。まあ、しかし、相手が悪かったとしか、言いようがない。銀将君に挑んだ上級生は、皆ことごとく打倒されたのだ。まさに、瞬殺であった。もちろん、殺されてはいないけれど。一瞬、矛先が僕に向いた時は、流石に焦ったけれど、銀将君がきっちり対応してくれた。

 そして、裏の事情。彼は、名実ともに、日本のトップに君臨する霊能力者の家系の次男である。通称『御三家』と、呼ばれる一角を担っている。僕も一応、今年の春から、その世界に片足を突っ込んだのだ。お家の事情というものだ。だから、あながち、『お世話係』と周囲の人々に思われていたとしても、間違いではないのかもしれない。厳密には、間違いなのだが。

 霊的存在や妖怪、はたまた妖精に至るまで、人外の存在を『もののけ』と呼称する。そして、それらの存在を討伐・使役など、従事する者の呼称を僕達の世界では―――

 もののけもの。

と、呼ぶのだ。物の怪者。字面を見ると、まるでお化けの類いそのものであるけれど。

「ふう、朝っぱらから、面倒な奴等だ。悪いな時、待たせた。カバンと制服サンキュな」

 僕が振り返ると、銀将君が土手を上がってきていた。河原を含む周囲の景観は、穏やかで牧歌的な雰囲気に戻っていた。充満していた殺気が、綺麗さっぱりとなくなっている。落ち武者の『お』の字も落ちていない。

「見事なお手前で」

「うるせえよ」

 僕が皮肉をたっぷり込めて言うと、銀将君は鬱陶しそうに、僕の手からカバンと制服をひったくった。

「さっさと、学校いこうぜ。これ以上、目を付けられるのは、ご免だ」

 長い脚を素早く回転させ、銀将君は、堤防道路を歩いていく。僕は、付き人宜しくの体で、彼の後を追った。

 銀将君は、あまりの能力の高さに、霊的存在などから襲撃を受けたり、願い事を頼まれたりといったことが、日常茶飯事のようだ。日替わりで、誰かしらが、接触してくるそうだ。本人からしてみれば、まさに鬱陶しいこと極まりないのだろう。だけど、持たざる者の僕からしたら、羨ましいことこの上ないのだ。曲りなりにもこの世界に、足を踏み入れたのだから。

 そうは言っても、僕はまだ三か月ほどの初心者に毛が生えた程度なのだから、この国のトップに憧れを抱くならまだしも、嫉妬するなんて図々しいにもほどがある。

「そんなことは、分かってるんだよ。分かってるけどさあ」

「おい、時! 何、一人でブツブツ言ってんだよ? 置いてくぞ!」

 声に出てしまっていたようで、おもわず赤面した。僕は恥ずかしくてうつむいたまま、彼の足元を見て走った。

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