四三、突撃!オロウカ橋

〈クラブラザーズ〉は、初期段階でほぼすべての戦力を投入したと見え、橋が下げられているにもかかわらず、増援は僅かに留まっていた。

 スクランブル交差点で散発する愛車ドアを剥ぎとられ怒ったドライバーとチンピラの諍いは、ゆえに牧歌的な雰囲気さえ漂わせている。


「てめぇ、そこ邪魔だ! どきやがれッ!」


 そこに工場長が割って入った。

 運転席から身をのり出し、ショットガンを構えたのだ。


 ドム!


「うぎゃああああああああああああああ!」


 チンピラの頭がトマトのごとく爆ぜた。

 のりだした身体をシートに沈めると、即座にトラックをバックさせ、後ろからやってきたチンピラを轢殺する!


「ヨシ! 邪魔な奴らは片づけたぞッ!」

「こっちも準備できたッス!」


 ツナギ姿の青年が外から声をかけた。

 通りにごった返した車の側面には、剥ぎ取られた無数のドアが斜めに立てかけられていた。青年は念のため、それらを蹴って強度を確認してから、トラックに戻ってきた。


「あんなんで大丈夫ッスかね?」

「任せろ。俺の腕の見せどころだ!」


 そういう問題だろうか。

 ツナギはかえって不安になった。


「損害賠償とかもヤバくないッスかね」

「みんな事故ってるし、なんとかなんだろ!」


 その理屈は解せないが、工場長がやる気なのは疑いようがなかった。

 アクセルが踏まれ、素早くギアが切り替わり、アクセルが踏まれる!


「うおッ!」


 景色が押し潰されるような急発進!

 早速、トラックはドア板に乗り上げ、車両ルーフ群の橋を渡りだした!


 グン!


 しかし途端に、車体が右にかしぐ!

 ルーフ群が、トラックの重量を受けとめかねているのだ!


「ヤバいッスよ、これ!」

「黙っとけッ!」


 工場長はさらにアクセルを踏みこんで加速!


「揺れ、ヤバ、あが、あがが、あがッ!」


 歪んだルーフ、車両間の溝に足をとられながらも、トラックは前進する!

 もはやゴホンジョウ橋は目前だ。

 とはいえ、交差点突入の際に吹っ飛ばした車の爆発や抗争痕によって、ゴホンジョウ橋は致命的な損害を被ってしまっていた。

 トラックでの通行は不可能だとツナギが指摘すると、工場長は舌打ち混じりに言った。


「なら、西側から回りこむぞ」

「オロウカ橋ッスか? あっちは橋上がったままなんじゃ?」

「俺たちが近づいてきゃ、システムが下ろしてくれんだろ」

「そんなもんッスかね……。でも、どっちにしろ上屋があってトラックが通るのは無理ッスよ」

「んなもん壊しゃいいだろ!」

「よくないッスよ!」

「いいんだよ! あらかた片付いてから、メガネイターが復元すんだから!」


 やはりこの男、聞く耳をもたない!

 いきおいハンドルを切り左折する!


「うぎゃああああああああああああああ!」


 ついでにルーフ上で暴れていたチンピラを撥ねた!

 吹っ飛んだ死体が、フロントガラスに蜘蛛の巣じみた亀裂を刻み、血をまき散らす!


「う……ッ!」


 ツナギはたまらず口を押さえる。

 それに構わず、トラックは上下左右、不規則に揺れる。さながら荒波に囚われた艀のごとくに!


「う、うっぷ……!」

「おい、吐くなら外に吐けよ!」

「うげ……ェ!」


 言われたとおりツナギはドアウインドウを下げ、外に吐瀉物をまき散らした!


「あっ、虹だ」


 通行人が呟き、その顔に吐瀉物が降りかかった。

 工場長は悲鳴を予期して、ツナギ側のドアウインドウを上げた。


「ちょ、まだ吐き足りないッスよ……!」

「じきに揺れとはオサラバだ。それまで我慢しろ!」


 横暴だ、とツナギは心中で嘆いた。

 だが、もしも車内に吐いたりしたら次に頭をトマトにされるのは自分だろう。耐えるしかなかった。


 ツナギはおもむろに目を閉じ、懐の成人誌に触れた。冷たい眼差しのメガネイター美女を脳裏におもい描くと、吐き気は薄らいでいった。

 反して、下腹部は熱を帯びていく。

 昂りとともに美女の姿が鮮明になる!


 あ、これイケる!


 謎めいた確信とともに、幻想のメガネ美女が動きだした。赤い唇を舐めたのだ。ひとつ吐息をつけば、その相貌が耳もとに近付いてくる!


「よっしゃ下りるぞ!」


 息遣いが、野太い男の叫びに変わった!


 ちょっと、うっさいッスよ……!


 ツナギは呻き声をあげながら、崩壊しかけたイメージの再構築を試みる。


「あいっだ……ッ!」


 ところが次の瞬間、額をはげしく打ちつけ、イメージは完全に霧散!

 後輪が道路に着地し、またぞろ車体が大きく揺れる!


「あっぶね!」


 ツナギは間一髪、ダッシュボードに手をつき再衝突を防いだ!


「ちょっと!」


 たまらず抗議の声を上げたが、工場長は一瞥も返さない。

 莞爾と笑んだ横顔は興奮にとり憑かれていた。


「ちょ、ちょっと……?」


 ツナギは一転、弱々しく洩らした。

 恐るおそる正面へ向きなおると、水堀に沿って並んだトラックの列が途切れていた。

 道があるのだ。

 スピードメーターは、早くも一二〇キロに達している!


「おっしゃあ!」


 この後の展開は容易に想像できた。

 血の気がひき、足許が震えだす。

 工場長がハンドルを右にさばいた!


「踏んでェ! ブレーキ踏んでえええええッ!」

「うぅるせぇ!」


 腰抜けの悲鳴は一蹴される!

 トラックは横道に滑りこむ!


「うわあああああああああああ!」


 遠心力でトラックのケツがおおきく振れた!

 背後からバリバリと破砕音が轟く!

 超重量のコンテナが遊歩道沿いの軒先を削りとっていく!


「助けて! 降ろしてえええ!」


 たちまち轟音は近付き、ふたりを呑みこもうとする!


「うらぁ!」


 工場長は鋭くハンドルをさばく!

 水堀を囲うトラックが、工場長側のドアと擦過し火花を散らした!


「許して! 許してェ!」


 ツナギはなおも悲鳴をあげる!


「もういっちょ!」


 工場長はいっそう昂る!

 車体が右に左に激しく揺れる!


「っしゃあッ!」


 工場長が快哉を叫ぶと、サイドミラーが吹っ飛んだ。

 コンテナの泣き声が途絶え、車体がバランスをとり戻した。


「ああああああああぁ! ああッ……あっ?」


 ツナギもそれに気付いて、助手席側の残ったサイドミラーに目をやった。

 無惨に破壊された軒先が遠ざかっていくのが見えた。

 それはいつか〈クラブラザーズ〉に打ち壊された我が家を想わせた。


 ホント、この人無茶苦茶ッスね……。


 軽蔑を含んだ目つきで、工場長を見た。

 即座に拳が飛んできた。


「いでッ」

「もうすぐだぞ。気引きしめろ」

「じゃあ、安全運転でたのむッス……」

「あぁん? お互い生きてるんだから安全運転だろうが」

「なるほど……」


 説得は諦めることにした。

 シートにもたれかかり、割れたガラス越しに空を仰いだ。


「……損害賠償とか大丈夫ッスかね?」

「ハッ! またそれか! 橋とか家とか心配する前に、てめぇの命の心配しとけ」

「そッスねぇ」


 嫌というほどしているが、余計な一言は呑みこんだ。

 青い空にうんざりしながら、目を細めた。

 雲ひとつ透かすことなく降り注ぐ陽光が眩しかった。

 それを隔てるように、西の空から鳥の影が近づいてきた。


「……ん? あれ、なんッスかね?」

「あん?」


 だが、それは野鳥にしては大き過ぎた。

 クチバシが長く、翼はのっぺりとしていた。


「プテラノドンじゃねぇか?」


 そう工場長が呟くと、プテラノドンはもう一羽を伴って城址の空に飛んでいった。


「そういえば、ちょっと前から県庁のあたりに飛んでたッスね、プテラノドン」

「仲間かもしれねぇ」

「まさか」


 ツナギは鼻で笑ったが、工場長の横顔は真剣そのものだった。


「うぇ!」


 正面に向きなおってみて、その顔つきの意味を理解した。

 水堀に跳ね橋がおりてくるのを見てとったのだ。


「ホントに橋が下りてきた!」

「舌噛むんじゃねぇぞ!」


 短いやり取りの間に、オロウカ橋は目と鼻の先にまで迫った!

 工場長がハンドルに手をかけた。

 ツナギは見えざる交通安全神を拝んだ。


「もう一度おれたちに幸運をお願いするッス……!」

「行っけえええ!」


 ついにハンドルが切られた!

 神頼みも空しく、ツナギは遠心力で左に吹っ飛んだ!


「うご!」


 強かウインドウにこめかみを打ち付けた!


 ズガガガガガガガガガガ!


 たちまち頭上で破砕音が鳴り響いた!

 たまらず目を見開けば、信じ難い光景が飛び込んできた。


「えっ?」


 トラックはヒノキの木っ端や漆喰、瓦を弾き飛ばしながら進んでいる。それがオロウカ橋に設けられた上屋だったことは、もはや気に留めてはいられなかった。


 サイドミラーに映った光景が、それ以上にツナギを驚かせていたからだ。

 撒き散らされる木っ端、塵芥の奥にいたのだ。

 怒りと正義感に目を剥き、砂埃を上げながら押し寄せる群衆が。

 志を同じくする仲間が。


「俺たちがフクイを守り抜くぞぉ!」


 工場長が叫んだ。

 呼応するように、大地が揺れた。

 幾つもの、いくつもの歩みがフクイを震撼させていた!

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