第30話 ドナルド・オブラエンの顛末 4

私がクリスティーナ様のお宅に伺うと、お師匠様達はお留守でした。

お隣の方が言うには、市場に買い出しに行ったのではと言っています。

私も市場に向かいますか。

するとお師匠様は、クリスティーナ様と仲良さそうに、被服店から出て来ました。

幸せそうに笑い合い、とても楽しそうです。

それを見ると、あぁやっぱりお師匠様は私を捨ててしまうんだ。

そう思ってしまいました。

その後も二人で、色々な買い物をなさっています。

私はそれを見ながらも未練タラタラで、隠れて付いていくしか有りませんでした。

すると、突然お師匠様は私をキッと睨み付け、

クリスティーナ様に何かお話になってから、ここにスタスタと向って来ます。

見つかってしましましたか。

いえ、もうとっくに感づかれていましたよね。

とても怒ってるように見えるのですが、どうしたらいいのでしょうか。


「おーまーえーなー。」


さて、まずはお師匠様に叱られましょう。



しかし、お師匠様は私を見捨てていないと言って下さいました。

今の家族より、私の方が付き合いが長いのだから、

俺を信用しろとまで言ってくださいました。

何て優しいのでしょう。

大好きですお師匠様。

子どもの頃、私を拾って下さったあの時から全然変わっていません。

私は思わずお師匠様に抱き着きました。

やはり殴られました。

でも、分かっているのかもしれませんが、

子どものパンチなど、全然痛くないのですよ?


それから私は、先ほどの事を話しました。

私がした事、今のお父上の状態、悔いている事、会いたがっていた事。

よけいな事をしたと怒られるでしょうか。


「なるほどな。」


「怒りませんか?」


「何を?もうやってしまった事なんだろう。

時間を戻す……。いや、もう済んだことだし、気にするな。」


「お師匠様、今、何か言いかけませんでした?」


「何の事だ?お前の気のせいだろ?」


「…まあ、いいです。

どうせ教えてくれないのでしょうから、聞かなかった事にします。」


お師匠様、その物凄くホッとした顔は何でしょうね。


「とにかくお父上の事です。

お会いになりますか?どうします?」


「ウーン、俺自身は、そういう状態なら、別に会わなくてもいい。

でも母様達はどうかな?

文句の一つも言いたいかなぁ。

まあ、親父が二度と顔を見せなければ、それはそれでもいいのだが、

この先ずっと、親父に怯え続けるのも酷だろう。

かと言って今の事を説明できないし、死んだとでも嘘を付いておくか?」


「そうですねぇ、手紙を一通届けるだけでいいのでは?

一言”今まで悪かった”と。

”もう二度と迷惑をかけない”と書いておけば大丈夫でしょう。」


「母様達は、それを信じるかなぁ。」


「ソウルタイでも軽くかけておきなさい。」


ジュリはホント、悪い方の知恵が働く。

お師匠様はそう言うけど、

何たって私はあなたの弟子ですからね。


「そう言えば、お母様方はどうなさいますか、

今のままで置いておくのも不本意なのでしょう?」


「そうなんだよな。

母様は今の状態でも、とても楽しそうだけど、

せめてもう少し楽な生活をさせてあげたい。」


「お金でしたら、私の持ち金を出してもいいですが。」


「そんなのいらない。

金だったら、多分お前より俺の方が何倍も持っている。」


まあそうでしょうね。


「爵位の方も俺が何とかする。

親父が人からせしめた金は、あいつが色々な人の罪滅ぼしに使えばいい。」


「分りました。それで、私がする事は有りませんか。」


「あぁ、お前がせっかくあいつを改心させたのに、

すぐに役人に捕まったら元も子も無い。

すまないが、親父の事はお前に頼んでもいいか?」


「はい、お任せ下さい!」


お師匠様が頼ってくれた。うれしい。私はルンルン気分でドナルドを追いかけた。



彼は橋の欄干に腰を掛け、これから先どうしたらいいか考えていたようだ。

売れる物はすべて売り、自分が持っている財産すべてまとめ、

贖罪の旅に出ようと思うとの事。

宿には泊まらず、できれば野宿でもしながら行こうと思います。

そう言った。いい心がけですね。


「ただ気がかりなのは、旅の途中で兵に捕まり、

すべての人にお詫びできなくなるかもしれない事が心配なのです。」


それはお師匠様も心配しておりましたね。

分かりました。それなら私が加護を授けましょう。

あなたを利用し、捕らえようとする者には、あなたの偽りの姿が見える…、

とすればいいでしょう。

でもそうなれば、この先国王や兵に捕まること無く、

一生己の犯した罪を悔い、償い続け生きていく事になります。

いっそ、牢に繋がれた方が楽かもしれませんよ。


「いいえ、ありがとうございます。

どなたか存じませんが、あなたは私に人間らしさを取り戻させてくれました。

あなたはまるで女神様のような方です。

私は早々に今までいた宿に戻り、準備をして旅立ちたいと思います。

出来ればあなたにも何かお礼をしたいのですが…。」


ならばと、クリスティーナ様宛てに手紙を書いて下さいとお願いした。

彼は願っても無い事と、今までの贖罪と、心を入れ替えた自分の思い。

これからの事を延々と書きそうだったが、

悪かったと書かれるだけでいいですよと伝えた。


「そうですね、長々と書いても言い訳をしているようで、

また呆れられてしまうでしょう。」


そう自分で納得し、心のこもった短い手紙を書いてくれた。


「確かにお預かりしました。必ずクリスティーナ様にお渡しします。」


「ありがとうございます。これで私も安心して旅立てます。

あなたもお元気で。」


そう言うとドナルドは、初めて会った時とは別人のような顔をし、歩いて行った。

それを見届けた私も振り向き、お師匠様のもとに歩き出す。


その後聞いた話によると、ドナルドは自身が言った通り、各地を回り自分が見捨てた人のもとを回ったようだ。

当然もう亡くなっている人も数多くいたようだが、

中には寝たきりになりながらも何とか生きのびている人もいたらしい。

少しですがと言い、金銭を渡したり、出来る限りの看病をしたと聞く。


「助かる病と思っていませんでした。

私は聖女様なら何とかして下さるかもと、ただお声をおかけしただけです。

ですからそんなに気に病まないで下さい。」


そう言われた時には、大声をあげて泣いたようだ。

そんなこんなをしながらも旅を続け、金が尽きれば働きながらも各地を歩き、

いつ終わるとも知れない贖罪を続けていたようだ。

それでも、体に鞭打ち、人のために働き、

最後にはぼろぼろになって死んだと聞く。

しかしその最後は、あの男の死を悼む人もいたそうだ。



これがドナルドの顛末となる。

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