第29話 ドナルド・オブラエンの顛末 3
そう、これから起こる事も悔い続ける。
例えば、
「まあ、大変。」
「えっ?」
「あなたの足元に死んでしまった蟻が。
きっとあなたが誤って踏み潰してしまったのですね。」
こいつの足の近くに、小さな虫が死んでいるのを見つけ、わざと言ってやった。
「あぁぁぁ、な、なんという事をしてしまったんだ。
私はまた一つの命を消してしまったのか。」
「そうですわね。このアリにも親が有り、兄弟がいて、
群れの為一生懸命働き生きていたのに、貴方はそれを殺してしまったのね。
もしかしたら、どなたかの生まれ変わりだったのかもしれません。」
「私は……この先もこうやって、数えきれない命を奪い続けるのだろうか。
食事を取る事さえ罪深い。
あぁ、その事を考えると私は生きる事すら耐えられない。
いっそ狂えたらいいのに。」
貴方は狂えないのですよ。
私がかけた魔法ですから完璧ですから。一生この状態が続くのです。
「お願いだ。私を殺してくれ。頼む!!」
「まあ何て事を。
自分を殺してくれだなんて、貴方は私を殺人者にしたいのですか?
私を犯罪者にするおつもりですか?
なんて酷い事を言うのです。」
「わ、私は何て事を……。
すまなかった、今の事は忘れてくれ。
聞かなかったことにしてくれ。」
「忘れる…そう簡単に忘れる事が出来ればいいですね。
でも、記憶とはそう簡単に忘れる事など出来ないのですよ。
特に悲しかった事や、苦しかったり辛かった事は特に。」
「すまなかった。本当に済まない。
私はいったい皆にどうお詫びをしたらいいのだろう。」
「さあ?
どう詫びるのか、償いをするのかは、人に聞いてする事では無いでしょう。
あなたがなさった事を、全てを知っているのはあなただけです。
どう償うかは、あなたの考え方次第、行動次第でしょうね。」
それを聞いたオブラエンはいきなり固まり、表情を無くした。
そして、崩れるようにその場に座り込み、頭を抱え込みうずくまる。
今、この男の頭の中、いえ、心はどういう状態か覗いてみたいものです。
後悔、懺悔、償うべき人はどこにいるのか、それをどう償えばいいのか、
ありとあらゆる事が渦巻いているのでしょう。
「私は家族にすら謝ることが出来ない。
顔向けなどできないのだから。
一体どうやって償ったらいいのだろう。
いや、家族だけではない。
今まで私の仕打ちで苦しんできた人に、どう償えばいいのか……。
いや、それは人に問う事では無かったな。
自分の過ちの償いをするのは私只一人にしかできないのだから。
はたして、私の命が尽きるまでに、
どれぐらいの償いが出来るだろう。」
この男の言葉に嘘偽りは無いでしょう。
今迄酷い事をし過ぎた分、改心した心への負担は、かなりの物でしょう。
「しかし、一番に償わなければならないだろうヴィクトリアは、
いったい今、どこに居るか分からない。」
「帰ってきましたよ。今はご家族と過ごしている筈です。」
「…………良かった…。」
するとオブラエンは目から涙をぽろぽろと流しながら、クリスティーナ様の店の方向を見つめた。
「会って、一言でも詫びを言いたいが、きっと私の顔すら見るのも嫌だろう。
私はこのままいくとしよう、私が償わなければならない人の下に。
そして、またこの地を訪れた時に偶然会ったなら、
その時改めて詫びを言わせてもらおう。」
「そうですね、それがいいのかもしれません。」
するとオブラエンハはおもむろに立ち上がり、じっと店の方を見つめる。
やがて彼はそちらに向かい深々とお辞儀をした。
まるで心の中で何かを言っているように、時間をかけて。
それから振り返り、何処か一点を見つめるように、しっかりと歩いて行った。
少しやり過ぎましたかね。
まあ、今迄の事を考えれば、情けを掛けるべきでは無いでしょう。
そうも思ったが、彼の出方次第ではもう少し負担を減らしてもいいのではとも思った。
私もまだまだ甘いのかもしれません。
そう言えば、私にはまだ、やらなければならない事が有った筈です。
一体何でしたっけ?
あぁそうそう、お師匠様を問い詰め事でしたね。
そう気が付いた私は、クリスティーナ様の店に向かって歩き出した。
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