第28話 ドナルド・オブラエンの顛末 2
そして私は、ドナルドが人気のない場所に行くのを見届けてから、声をかけた。
「もしもし、そこお方。」
「……。」
「あなたですわ。恰幅のいい素敵なお方。」
「もしかして、私の事か?」
「そうですとも。少々お尋ねしますが、
もしかして貴方様は聖女様のお父様でいらっしゃいますか?」
「ち、違う!私はそんなものではない!」
きっと王家からの追っ手の事を気にしているのだろう。
どうやら、しらを切る気ですね。
「そのように警戒せずとも大丈夫ですわ。
私は以前、聖女様にお世話になった者です。
つまりはそのお父上であるあなた様も私にとっては恩人。
もう一度お会いして、お礼を申し上げたいと思っていました。」
それを聞いたドナルドは、ようやく警戒を解いたようだ。
「なるほど。
いかにも私は聖女ヴィクトリアの父、ドナルド・オブラエンだ。
で、この私に何の用だ。」
「はい、先ほどもお伝えましたが、
私は以前、聖女様にお助けいただいた者の家族です。
おかげさまで、妹も今は大変健康に過ごさせていただき、感謝に耐えません。
しかしあの時は、確かにお約束通りの金銭を支払わせていただきましたが、
それに付いてちょっと……。」
「な、なんだ、それがどうした。
多く取り過ぎだから返せとでも言うのか。」
「いえいえ、逆でございます。
お渡しした金額では足りな程の恩を受けたと、ずっと気に掛けていたのです。」
「ほほう。」
「そして、幸運にもあなた様とこうやってお会いできました。
どうか、私からの感謝の気持ちをお受け取りいただけないでしょうか。」
「なるほど、いい心がけだ。
そうだとも、命とは何事にも代えられないものだ。
それを守ったヴィクトリアには、いくら感謝しても、しきれるものではないだろう。
ひいては、父親である私にも、感謝しきれないはずだ。
礼をしたいというおまえの気持ちは立派な心掛けだと思うぞ。」
やはり、いつまでたっても腹黒は腹黒ですね。
「では、私からの心からのプレゼントをもらっていただけますか?」
「なんだ、金ではないのか。まあいい、貰ってやろう。
ただ、私が気に入らないような物なら承知しないからな。」
「承知しないと、貰っていただけないのでしょうか?
それなら……。」
「い、いやそういう訳ではないぞ。
お前がどうしてもと言うなら、貰ってやる。」
「それは、ありがとうございます。
あなたにはどうしても貰っていただきたいのです。」
かかった。こいつは私の与えるものを受け入れると言った。
私は喜びにあふれ、奴に近づく。
これでお師匠様達は、少なくとも一つの煩わしさからは免れられる。
「それで、何を私に貢ぐ物は何だ?
金では無いと言うと、黄金か?宝石か?」
「いいえ、どちらとも違います。私があなたにお渡ししたいものは……、」
私は少しづつ近づく。
「あなたが持っていない物。」
ゆっくり、右手を上げる。
「そして、他の人にとっては有難いもの。」
右手の指先を奴の眉間に当てる。
「しかし、この先貴方が生きているいる間、ものすごく負担になるだろう物。」
私は指先に魔力を込める。
【コンシャンス】
私は特大の良心を奴の脳内に植え付けました。
すると、しばらく茫然としていたドナルド氏は、
突然表情を崩し、叫び出しました。
「うゎ―――――――――!!!!」
まるで、狂ったように叫び続けるドナルド。
それもそうでしょう。
今までしていた自分の行いを、自分自身が全否定したのも同然なのですから。
ドリアの時と違います。
彼は自分のしていた事はすべて正しい事と認識していました。
それはすべて彼が、小さい頃から培ったものです。
しかし、ドナルド氏は小さい頃はそれなりに善悪を教え育てられていた筈です。
それがいつの間にか、歪み、我儘になり、今に至ったのでしょう。
つまりは、心の片隅に、常識の記憶があった筈です。
そして、それを魔法と言うサプリが呼び起こし、活性化させたのです。
それも最大に、強力に。
どうなるか分かるでしょ?
今まで自分の利益の為、色々な人に行ってきた事や、
小さな我が子に金儲けの為、無理やり魔力を使わせる。
それも彼女の苦痛など気に掛けてやらずに。
彼女が助けてあげたいと思わせるような人を、見捨てさせたかもしれません。
嫌な人にも媚びさせたかもしれない。
ご家族の事を怒鳴り散らし、忠告や願う言葉も聞かず、
時には暴力をふるう事もあったかもしれません。
お金が無く、力の無い病人には情けもかけず、
きっと蔑んだ言葉を投げつけたでしょう。
”金を持ってこい、ならば助けてやる”と。
それ以外にも、色々やってきたはずです。
それらが今、全部自分の心に圧し掛かっているのです。
そうだ、私は優しいので、
この方が忘れている記憶も、しっかり思い出させてあげましょう。
【リメンバ】
もう、彼は叫ぶ事はやめて、宙の一点を見つめ、
涙を流し続けています。
そうだ、このままでは精神が崩壊しかねませんね。
ちゃんとケアをしておかねば。
それ以外に何をすればいいでしょう。
私はこの男に必要と思われる魔法を、嬉々としてかけ続けました。
それから大分時間が経った頃、ぽつりと奴が話し出しました。
「わ…、私は今まで、何という事をしてしきたんだろう。
優しい妻を蔑ろにし、かわいい子共に何もしてやらなかった。
ましてやヴィクトリア…、あんなに可愛く、いい子に何てことをしてしまったんだろう……。
私は親として失格だ。いや、人間でいる資格すらない……。」
「そうですね。私もそう思いますよ。」
「罪のない人達はあんなに助けを求めていた。
それなのに私は、それを平然と無視し、ヴィクトリアの手を遮った。」
「その方達は今頃どうなさっているのでしょう。
苦しみながら命を閉じた方もいたでしょうね。」
「そうだ。ものすごく重篤な人もいた。
あの人は……。あぁ、私は何て事を……。」
普通の人が、これほどの重圧を掛けられたなら、
精神破壊を起こし、とんでもない事になっているでしょう。
でもそんな事にはさせませんよ。私は新たに自殺防止の魔法をかけた。
貴方には易々と、楽にはさせません。
死ぬまで後悔し続けるのです。
今までの分も、それからこれから起こる事にも悔い続けるのです。
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