25

多分、私はエイラじゃなくなった。

歴代依代とアィーアツブスの記憶があり、アィーアツブスの力が使える。聖霊への敬愛と畏怖が、恐怖に変わった。信心深い者が代理契約者ヨリシロに選ばれるなら、この時点でヒビが入ってしまったのだろう。

それでもエイラには「両親に会いたい」という望みがあったから、先ずはそれを叶えることにした。身体を溶かして再構築すれば、目の前には驚愕に目を開く両親が居た。見回せば此処は懐かしの我が家だ。

「お父さ」

「悪魔め!近寄るな!」

一歩踏み出そうとした足が止まる。

「あの角…!貴方、早く通報を!」

「あ、あぁ」

「お母様……私、」

悪魔だったけど、司教さまが認めて下さったの。国に必要だと言って下さったの。そんな説明も口に出来ないまま。

「は、母ですって?やめて!私にこどもなんていないわ!」

「通報はした、そんなものの言葉を聞いてはいけない!こっちへ!」

父は母を連れて祈堂へ逃げて行った。追う気にもなれず、自室へ向かう。そこに、私の痕跡はなかった。アルバムデータからも、一切の私の記録が消されていた。

「………」

「お帰りなさい、エイラさん」

そう声を掛けてくれるのはもう一人しかいないのだ。

「……司教さま」

「不穏な別れ方をしたので心配していました。入国のデータがありませんが、どのように此処まで?」

私は無言で靄を纏って見せた。司教さまは細い目を少しだけ大きくして「そうですか」と一言洩らした。

「これもまた、前例がありません。センターへ戻りましょう。そこで現状と今後についてお話ししましょう」


大きなモニターが大量に並ぶ管制室を抜けて更に奥へ。薄暗い小さな部屋には幾つかの柩が並べられ、百合の生花で飾られていた。

「歴代の代理契約者たちです」

柩の数は、記憶より一つ少ない。前任者の遺体はまだ台に寝かされていた。真っ黒なヒトガタの作り物のようなソレの頭部脇に、朽ちた角が落ちている。

「どうして、私を此処に?」

「彼女らの遺体には、信仰心が残っています。貴女は異例ですから、彼女らの力を借りて少しだけアィーアツブスの力を封じさせて貰います」

ひとつひとつ、柩に目を遣る。

「不安に思う必要はありません。不自由ない生活をお約束しますよ」

ひとつひとつ、記憶が蘇る。

「司教さまは、この人たちは幸せだったと思いますか?」

「勿論。聖霊の代理に選ばれ、国の安寧の為に存在できたのです。これ以上の幸せがあるでしょうか」

私の幸せは……両親に愛されて、朗かに暮らしていたあの時だったと今なら思う。それを無かったことにされたのは。アィーアツブスを初め、此処に眠る少女たちのそれまでの幸せが奪われたのは。

「柩の中身が信仰心というのは、言い得ているかも知れません。この人わたしたちは、それを持ってはいかなかった」

此処に眠るのは、全て私だ。だからハッキリと思うことがある。

「此処で飼い殺されるのは、二度と、ごめんです」

八百年分の記憶が口を揃えて言う。

私は、幸せではなかった!



エイラがそれを口にした瞬間。

センター管制塔は、全ての機能を狂わせた。あちこちで機械が誤作動を起こし、警報が鳴り渡る。スプリンクラーは水を撒き散らし、防衛システムは無差別に火を吹いた。

「なんということを…!」

司教が意識をエイラに戻そうとした時には、既にその姿は消えていた。



その瞬間、守護獣の契約が切れたとなんとなく解った。迷わず今度はアィーアツブスの故郷に向かうことにした。取り敢えずはマルクトへ。そこから先は解らない。一体私は何処から、どうやってこの地へやって来たのか。宛もなく彷徨している内に、嫌な気配を感知した。

ああ、あの女だ。

恐い。折角自由になったのに。あの女に見付かったらまた元に戻される。嫌だ。嫌だ。

一度は逃げられた。だけど、竜車が。見覚えのある、なんだかとても懐かしくさえ思えるその竜車が、私の足を止めてしまった。

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