23

気高く清廉な百合の乙女。そう伝わるイェソドの聖霊を自称する人物は今、竜車の中でごろんごろんと転がっている。

「貴殿方はマルジュから。なるほど、頭が固いのも納得ですね。男か女か判らない人喰と玄獣を侍らせた、あの変態の治めた国の人間ですか」

ケセドの聖霊ツァドキは医学の祖として伝わっている。人喰種ツェク・マーナと契ったとされてもいるが、ガフの言うような風評は聞いたことがない。セルビアはどうだか解らないがフェディットはガフが聖霊だとは信じていないので、彼の言うことも話し半分に聞き流している。

「それで、我々はエイラくんの捜索をすればいいのかな?」

「あら?急にフレンドリーですね。ではこちらも。そうだ。アレの行き先には幾つか心当たりがある。言った通り私は地理がサッパリなので誘導を頼みたい」

自分から丁寧語を止めておいて、フェディットはガフの口調に目を開いた。全然フレンドリーではない。寧ろフレンドリーから遠退いている。

「心当たりって?」

気にせずセルビアが問うと、ガフはあからさまに視線を彷徨わせ、恐る恐るといった態でセルビアを見た。

「…ぇっと、はい。その…あなた、なんですか?」

「えっ?」

セルビアが固まる。なんで丁寧語なの?という疑問も浮かんだがそれどころではない。

「なんですかって…なに?」

疚しいところもあるが、それがなくてもダメージが入る言葉だと思う。いや、セルビアであれば疚しいところさえなければ気にしなかったかも知れない。

「竜種でもない、玄獣でもない、でも人間でもないでしょう。見たことのない生き物です。今の世では当たり前に居るものなのでしょうか」

「それって、見て判るの?」

オルデモイデに続きガフにまで気付かれたのなら、何処かに人間ではない特徴が出ているのだろう。セルビアは自分の身体を見回すが、外見的にはまだまだ人間で通ると思う。それこそ角も生えていないし、鱗もない。

ガフはサッと首を回してフェディットを見た。

「解らないのか?」

「判らないねぇ」

外見以外にもこれといって人外の特徴は感じられない。その心の丈夫さは人間味を疑うこともあるが、一目見て見抜けるものでもないだろう。

「まあそこまで隠してないからいいんだけど…だいぶ珍しいと思うよ。僕、半分竜なんだって」

仔細を聞いてガフは頷いた。

「なるほど。竜の力を浴びすぎて竜化しかけているのですね」

「あ、そういうことなんだ」

当の本人もよく解ってなかったらしい。



「さて。ここらが君の言う心当たりの地だと思うけどどうだい」

降り立ったのは川の畔。『水果と呼ばれる植物の生える、水に近い場所』がリクエストだ。該当する場所は幾つかありそうだが、取り敢えず近場から順に巡る事にする。

「水果ってこの白い花の木?」

今は花期らしく実は付いていない。白い、糸を集めたような花が木の幹から直接咲いている。

「これね、実になると結構気持ち悪い形状なんだ。身体にはいいんだけどね」

2~3センチ程度の黒い実になるのだが、枝先ではなく幹から直接成るため些か見映えが悪い。水辺を好み乾燥に弱い為ケセドでは見られない植物だ。

「この木が好きなの?」

「どうでしょう。この木と好みが合う、のではないでしょうか」

「そういうこと」

セルビアには丁寧語のままだ。何故丁寧語なのか問えば、一言「ムリです」と返された。ならば仕方がないとセルビアも受け入れた。

「でもそれって、アィーアツブスの好みだよね」

フェディットがエイラのことも考えた方が良いのではと進言する。

「私は依代のことは知らないので考慮出来ない。何か思い当たる場所があるなら行ってみてくれ」

思い当たる場所…と言われても、ふたりとも結局、エイラのことはよく解らないままだった。ただ。

「帰りたい、と言っていたね。最後にも」

「うん。ずっとそうだったんだと思う」

アィーアツブスと同じ望み。だが、目標が正反対だ。意識も残っていなかったアィーアツブスが今や意思を通せる程力を取り戻している…とガフは読んでいるようだが、果たしてどうなのだろうか。

「依代の意思の方が強いのなら、帰路も徒歩だろう。発見出来ている筈だ」

草丈の高さに隠れて見逃した可能性も否定はできないが、凡そガフの発言には説得力があった。

「………エイラ、大丈夫かなぁ…」

「見付けられれば、取り返せますよ」

慰めのように掛けられた言葉に反して、ガフの表情には慈悲の一欠片も感じられなかった。



川沿いの草地にテントを張る。今日はもう陽も落ちてきた。

適当に車内の非常食を漁っていると、ガフが川で魚を捕ってきてくれた。釣具などはないので素手で捕まえたのだろう。そろそろ非常食も減ってきているので助かった。火を起こそうとすると、やはりガフが一瞬で起こしてくれた。大変に便利だ。

「魔術師みたいだね」

「魔術師……ああ。あれは私たちを真似たものだからな」

その表情から察するにガフは魔術師という存在を好ましく思っていないようだ。イェソドでは邪教扱いされているから当然かも知れないが、であれば、ガフのその力は何なのか。

(まさか、本当に有翼種ってことは…。いや、聖霊は有り得ないにしても、有翼種だというのはあるかも知れない、か)

聖霊は確実に故人だが、有翼種は滅びたとされる種族のことだ。先祖返りや生き残りが居てもいい。それこそ教団に「ガフ」の名を与えられて特殊な扱いを受けていても不思議がない。フェディットはやけに納得がいって、ガフのことを少し信じられるようになった気がした。


因みに夜。エイラと違い大人な彼は三人での雑魚寝を嫌がった為、竜車にフェディットとセルビア、テントにガフが寝ることになった。

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