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色素の薄い豊かな髪はゆったりと波打ち、大きく動かせばふわりとユリに似た香りが広がった。よくよく見れば身一つ。荷物も持たずにこの辺境まで来てアィーアツブスのことを訊くなら、センターの人間なのだろう。フェディットは、我々の追討ではあるまいなと警戒すると同時にエイラの迎えかも知れないとも思い至る。であれば、しらばっくれることも出来ない。しかし迎えであれば荷物くらいあるだろう。
「貴殿方がターミナルを起動したことで私は此処に呼ばれたようなので、ご存知かと思うのですが」
竜車で直帰せずここに立ち寄ることを読まれていたのだろうか。他国域のターミナルにまで監視が付けられるとは恐れ入る。ともあれ、センターの人間で間違いなさそうだ。
「エイラの迎え?」
「エイラ?…現在の憑代の名前ですか?であれば、そうですね。その方にお会いしたいです」
地図を出して別れた場所を示そうとすると、彼は眉を寄せた。
「大変お手数ですが、案内して貰えないでしょうか。私、その。地図を読むのが少し苦手で」
遺跡から出ると、彼は竜を見て短く悲鳴を上げた。
「ど、竜での移動ですか」
そのたじろぎ様にやはりイェソドの人間だなと感じるも、エイラの時ほど嫌悪や憎悪を感じない。ちょっと苦手、少し恐い、そんな程度に見受けられる。
「我々の移動手段はこれだけでして」
乗れないと言うなら案内は出来ない、と言外に匂わせる間もなく、彼は情けない困り笑顔を浮かべ「よろしくおねがいします…」と竜車に乗り込んだ。
「ふわ~~…!北の方には竜に乗る者も居ましたが、私はこうして荷として運ばれるのも初めてです」
口を開いたまま車窓を眺める様は幼子のようで微笑ましい。このイェソドの使者は、凛とした佇まいに似合わず気さくなようだ。が、フェディットは雑談を返す気にもなれず当たり障りなく短い相槌を打つのみに留めていた。
「もうすぐ着くよ~」
セルビアの声に内心ホッとし、ここに来て初めて質問を投げ掛ける。
「エイラくんを回収後は、どのように?」
「国に戻して、再契約ですね。契約が切れてしまうなんてこの八百年で初の事例なのでどうしたものか悩ましいのですが…アィーアツブスが死んだわけでもないのですから、どうにかなるでしょう」
「契約が…切れた?」
フェディット達が司教と話していた時はまだ切れてはいなかった筈だ。そのような話し振りだった。この短期間で一体何が起こったのか。
「おそらく、アィーアツブスの構成に変化があったのでしょう。あれは同種と融合して変革を繰り返す。ですから隔離してあったというのに…」
紫の霧だ。エイラには無害だろうと踏んで置いてきた決断に翳りが差す。
「…アィーアツブスの変化によって、憑代に影響は…」
「解りません。何せ前例がありませんので」
「………」
着いたよーと声がして、竜はゆっくりと着陸した。
「あら、此処は」
エイラと別れた辺りへ降り立つ。イェソドの使者は周囲を見渡して、眉を下げた。
「そうですか。滅びていたのですね」
一方フェディットとセルビアは、周囲を見渡して眉を顰めていた。
エイラの姿はない。紫の霧の気配も、教会騎士たちの死体も、何もない。騎士たちは死んではおらずエイラとともに移動したのだろうか。
「誰もおりませんね」
「……ええ」
近寄って声を掛けてきた使者にフェディットが短く返す。セルビアは草むらにしゃがみこむと何かを拾い上げた。司教が使っていた、姿を映し出す通信機だ。ひび割れてしまっているが、この場所に間違いないことを示している。
「移動をしたのかも知れません。確かに我々とは此処で別れたんですが」
セルビアが上空から見た限り近くに人影はなかった。とはいえイェソドの技術は計り知れない。戦闘機の例もある。だが、新たに送られてきた使者との連携がここまでなっていないのはあの国の性質から見て不自然だ。
「なるほど」
使者は天を仰いでポツリと洩らした。
「この地から『再開』とは、中々物語的じゃないですか」
──たかだか煙の分際で。
「 ぇ?」
フェディットの脳は低く吐き捨てられたその言葉の解読を拒否した。ただただにっこりと笑むその顔を美しいと思う。
「おふたりとも、お手伝い頂けますか?報酬は免罪です」
「めんざい」
ふわりとユリの香りが広がる。使者は優雅に礼を取っていた。
「名乗り遅れました。私、イェソドの守護聖霊…ガフと申します」
「……はい?」
何処に隠し持っていたのか。礼から流れるような動作で気付いたら首筋に細い白銀の剣を突き付けられていた。フェディットは恐る恐る両手を上げて問い返した。
「不思議ですね。
当たり前だ。聖霊は初代国王。歴史上の人物、過去の偉人だ。故人だ。目の前に現れてハイそうですかとはならない。
「そうですよ。故人です。全くいい迷惑です。安らかに眠らせるべきです」
何に向かってか憤慨している。
「とは言え国の危機なので、契約に従いこうして叩き起こされた訳です。気の毒なので従順に協力してください」
信じたくもないし信じられもしないが、仮に目の前の
「偶然とは言え守護獣を連れ出した挙げ句こんな場所にまで連れてきた。結果アィーアツブスは契約を逃れようとしている。それは看過できない重罪です」
何故かフェディットばかりが怒られている気がする。セルビアもフェディットの隣で神妙にしてはいるが、ガフはあまりそちらを見ない。
「そ、れ、を。私を手伝えば不問にしようと言うのです。伏して喜び手を貸すものでしょう。…聞いていますか?」
「はぁ」
気の抜けた返事しか出来ない。
「まあ協力するのは吝かではないですが、…聖霊と言うならば我らの助力など不要では?若しくは、自国の者に助けを求めた方が…」
「出来ません」
キッパリと言い放ち、ガフはそっぽを向いた。
「……何だか私、凄く信奉されていました。~~~なんて、………せん」
「は?」
歯切れの良かった物言いが急に鳴りを潜め、もごもごと口の中で呟かれた言葉は届かない。もう一度聞き返すと、キッ!と顔を真っ赤にしてフェディットを睨み付け、
「地図も読めないし地理が全くダメな方向音痴だなんて知られたくありません!!」
「 それは……それは」
自称聖霊は、耳をつんざく音量でそうカミングアウトした。
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