後
20
或いは、強き獣の記憶。
白銀の鎧を纏った有翼種の女。それは突然やって来て、一方的に宣戦布告をしてきた。よく解らない内にこどもたちが凪ぎ払われ、次の瞬間には応戦していた。形のない我らを焼き尽くす熱量。狂った瞳のバーサーカー。高々人の身で
知らぬ間にこの地に居た。故郷に帰りたいと願ったが、こどもたちは私を迎え入れてくれた。施したり施されたりしながら長い時を過ごす内にこの地もまた私の故郷になった。愛しいこどもたち。私を王と呼んで慕ってくれた。無形の私は彼らを巧く真似ることが出来なかったので、時折その身体を借りることもあった。
実は元の故郷の事はハッキリと覚えていない。どんな場所であっただろう。ひょっとしたら私は某かのエラーでこの世に構築された再現体なのかも知れない。それでも還りたい気持ちはあった。だがこの地も最早私の故郷。であれば、侵略者は許さない。我が子の仇を取らねばならない。
或いは、贄の記憶。
相討ち覚悟で取り憑こうとした悪魔を、我らがリーダーは私に封じた。リーダーの身代わりになれたのだから名誉極まりないことだ。美しく誰より強い我らがリーダーに私は心底心酔していた。
そうして私は樹の根に生け贄として捧げられ、我らの領域は国となった。仕組みは一切解らないが、私も私の中の悪魔も死にはしなかった。少し身体が重たくなった気はしたものの、特にこれといった契約の代償を感じることはなかった。
そのまま数十年過ぎた。国は発展を続け、技術は刻々と進歩し、指導者は果て、我らは聖霊として彼女を祀った。彼女の意志と教えを伝え続けるのだ。
それから数十年過ぎた。知った顔は居なくなった。それでも私はあの時から変わらぬ姿のまま。人前に出ることなく、センターの奥でこっそりと生きていた。時折内側から聞こえる声によれば、この心臓が機能を停止するまで、私は死ぬことは出来ないらしい。
そうして数十年過ぎた。なんとなく感じる。私の最期は近付いている。そうしたら、どうなるのだろう。この悪魔は解き放たれてしまうのだろうか?私には解らない。
或いは、別の贄の記憶。
ある日突然、頭に一本、角が生えた。ぐるっと捻れた禍々しい角。すぐに悪魔として捕らえられ、首を刎ねられた。らしい。何せ実感がない。私の首は今も胴と繋がっているのだから。
それから色々なことをされたけれど、命に関わるような大きな傷では血の代わりに角と同じ質感の何かが出てきてすぐに傷を塞いでしまう。毒の類いも効かないようで、センターから迎えが来るまで、とてもとても痛い目にあわされ続けた。
心は閉じかかっていたけれど、司教さまはとても優しく接して下さって。許された行動範囲はとても狭かったけれど、衣食住に不自由はなく。外に出ることさえ望まなければ、どんなわがままだって通った。けれど。司教さまも老い、亡くなり、代替わりし、また老い。変化のない世界で、成長しない私は。結局心を閉ざし、退屈にまみれて心停止を待つだけだった。
或いは、また別の贄の記憶。
裕福な家の一人娘。愛されて育った信心深い少女。偶然が重なり、悪魔を宿したまま国外へ出てしまったイレギュラー。
竜に揺られて旅をした。穏和な医師と不躾な御者。彼らは──
どうやら、この記憶は途中までしかないようだ。そうだ。これが直近の記憶。今の私。であれば、これを頼りに再び構成しよう。
散り散りになった私を掻き集める。霧散した情報を繋ぎ合わせる。消えそうな意識を、強く保つ。私の望みは、還ることなのだから。
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