16

竜車はアッシャー山脈の西側を南へと進んでいく。しかし今までのようなスピードがない。結局今晩も山中で車内泊になりそうだ。

「やっぱり昨日無理させたから調子悪い?」

「そういう感じじゃなさそうだけど…」

午前中は問題なくいつもの調子で飛んでくれていた。日が傾くに連れ減速していったように思う。とは言え流石のセルビアも竜と会話は出来はしない。どうしたの?と体を撫でても小さく鳴いて鼻を刷り寄せてくる竜の考えは見えてこない。少し翼を気にしているようにもみえるが、セルビアが診たところ異常らしい異常はなさそうだった。フェディットに助けを求めると「いやぁ僕は人間専門だからね」と言いながらも診てはくれたが、やはり原因は解らなかった。

「戦闘機も此処までは来ないでしょうし、急がなくてもいいんじゃないですか?」

早く山を離れた方がいいと感じているのはセルビアだけで、フェディットにはイマイチ実感がないし、エイラは何も知らない。どうしたものかと一度竜から視線を外したセルビアは、

「エイラ、うさぎは大丈夫?」

「え?はい?」

突然謎の問いを発し、エイラも唐突な質問に驚きながらも返事を返した。うさぎは大丈夫だ。うさぎはかわいい。

「なら良いかな」

「なんだ、察しがいいなぁ」

茂みを分けて現れたのは昨日の少年だった。

「この子が『警告者』?」

「うん」

呪術士の装いからしてここらの管理人なのだろうか。と考えてから、フェディットは気が付いた。昨日の地点からだいぶ移動している。同じように飛竜でも使わなければ此処にいる筈がない。そして、並んで飛んだ飛竜は居なかった。

「うさぎ……」

「あんたも回転が早い」

ひとり全く意味が解らないエイラはただただキョトンとするばかりだ。少年と目が合って、慌てて視線を外した。

「おまえ、静かに通り過ぎるだけなら見逃してやったのに。他者の領域で力を奮うなよ」

「え?」

明らかに自分に向けられた言葉とは解るが、一切覚えのない内容にエイラは戸惑う。フェディットはエイラを庇うように少しだけ立ち位置を変えながら「どういうことかな?」と少年に問い掛けた。

「どうもこうも……」

呆れの混ざった視線をフェディットに向ける。

「あんた、平気なのかソレ」

「? え、どれ?」

キョロキョロと自分や周りを見改めるが、何を示しているのか解らない。

「は~呆れた…そりゃアイツも消えるってもんだわ」

盛大に溜め息を吐いてから改めて向けられた視線は厳しさを増していた。

「あんたたちの国と違って、うちはまだ神秘が生きてんだ。無遠慮な振る舞いは見逃せない。ホドを出るまで、力を封じさせてもらう。抗うなよ」

少年が杖を掲げると、エイラの角に文字様の紋様が巻き付くように浮かび上がり、やがて沈着した。何が起きたか解らないエイラは首を傾げている。竜が身震いして伸びの様な仕種と共に一声鳴いた。

「さっさと出てけよ」

状況を把握できない3人にそれだけ言い残し、ホドの国家守護獣・オルデモイデは姿を消した。


「あれが国家守護獣…」

「凄いのと出逢っちゃったね」

「国のお役人さんですか?」

セルビアもフェディットも状況の意味こそ解らなかったが、それ以上に何も理解できていないエイラの質問に呆れ返る。

「ええと、まあそんなものかな」

「イェソドは守護獣いないの?」

「聞いたことないです」

守護獣は全ての国に一体ずついる筈だ。もう姿は見られなくとも、記録としては存在する。聖霊──つまり各国の初代国王と「国を守る」という契約を交わした玄獣。その存在を以てその領域は国と呼ばれる。ホドの場合は、大兎オルデモイデ。大半の国に於いて守護獣が記録だけの存在となりつつある中、この国の守護獣は未だ姿を保持している。

「……なんだか空気感が変わったね」

ふと、フェディットは辺りを見回した。鬱蒼とした木々がもたらす重圧が薄れている。慣れない山林故そういうものかと思っていたが、先程のやり取りから察するに違ったのかも知れない。心なしか竜も先程までに比べのびのびしているように見える。

「肩が軽くなったみたいな気がするね」

セルビアも同意を示す中、エイラはひとり「そうですか?」と首を傾げた。



翌朝、竜はハイスピードで飛んでくれた。あれから度々気に掛けているがエイラにも不調はなさそうだ。角には変わらず紋様が浮かんでいる。

順調に距離を進み昼休みを取る。立ち寄った食事処は前回ほど無愛想ではなかったが、やはり少し警戒されているようだった。

「この調子なら夜までにはマルクトに入ると思う」

「結局彼は我々を助けに来てくれたのかな」

「早く出てけって言ってたしね。そうかも」

山菜や川魚に舌鼓を打ちつつホドの大兎に感謝した。漸く目的地であるマルクト域だ。その先は目的こそあれ宛のない放浪になる。

「長くなるかも知れない。何か手掛かりがあるといいね」

頷きを返しながら、エイラはそうかと目を瞬かせた。なんとなく、マルクトへ着いたらこの旅はおしまいだと思っていた。実際は着いてからがスタートだ。先日確認した地図ではマルクト域は広大だった。先生も長くなるかもと言っている。

「……はやく、見付かるといいですね」

心にもないことを言った。

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