15
酷いノイズだ。まるで砂嵐。
今では使われない旧式機器のようなノイズの所為で音も映像も拾えない。位置情報の取得すら遅延が生じて跳び跳びだ。操縦士曰く映像の方は追跡中は鮮明に見えていたそうだが、録画データがイカれていたらしい。どんな竜車だったか、何が起こったのかは操縦士の記憶頼り。最後の瞬間に関しては操縦士にも何が起こったか解らなかったという。
とにもかくにも逃げられた。それだけは解った。
「困りますねぇ。なるべく早く戻って頂きたかったのですが」
穏やかで優しい声と話し方だが、控えた教会騎士たちは即座に身を正した。
「仕方がありません、先に
は、と短い返事を残して教会騎士たちは退室していく。それを朗らかに眺めながら、司教は祈りの形に手を動かした。
「どうか、聖霊の導きのあらんことを」
「なあ君。『魔王』というのは、如何にも妙だと思わないか」
「はあ」
図書館に立ち寄ると、入口で司書に絡まれた。どうやら先日の閲覧後、あれらの文献に自らも目を通してみたらしい。
「魔を統べる者という意味であれば、
そもそも魔という表現がこの世界では珍しい。魔物、魔術、魔力、魔女…という言葉こそあるが、一般的とは程遠い。
「外見を指して、って感じでしたよね?イェソドには『悪魔』なんて言葉もあるそうですから、何か『禍々しいもの』とか『こわいもの』を指すんじゃないでしょうか」
「魔女の魔に近い、という事かな」
超常のものを意味する言葉だ。だが司書が気になっているのは、魔王には精霊が見えるという点だった。魔術や魔力の魔は精霊を扱うという意味を含む。そちらの意に近いのではないかと感じていた。ただ、見えるというだけで王は付くまいとも思うが…。何分資料が少なすぎて詳細は見えてこない。
「まあ呼び名、あだ名が完全に真実を示すとは限らないしな」
結局の処、文献から得られる情報だけではすべてを知る事は出来ないのだ。
ホド域はごはんが美味しいとエイラは思った。全体的に少々塩気が強いものの旨味が活かされている。距離的に離れてはいるが隣国だけあって味の嗜好が似ているのかも知れない。魚や野菜が中心だが、どれも丁寧に調理されている。
「こんな山の中で、こんな良いものが食べられるとは思わなかった」
フェディットは笑顔で礼を伝えるが、店員の愛想はあまりよくない。不審に思われているのがひしひしと伝わってくる。
元々外国人を好まない地域性があるらしく、更には眼帯と角、こども二人と親ではなさそうな大人一人という組み合わせが怪しさを増しているようだ。フェディットもセルビアも気にした様子はない。エイラとしても、これこそ普通の反応だろうと寧ろ少し安心した。今まで誰も反応してくれなかった角がやはり異様なものなのだと認識出来る。うっかり馴染みかけていた自分に警戒を促してくれた。
「さてと」
「…あんたたち、」
会計を済ませて出立しようとすると、渋々といった様子で店員のひとりが話しかけてきた。
「人か玄獣の類いか解らないが、
「と言うと?」
山の気が立つというのも解らなければ、余計なことというのも解らない。
「山を刺激するな」
夏の祭で鎮めるまでの間、冬の眠りから覚めたばかりの有象無象たちはグズりやすい。山の動物たちもまた、こどもらの巣立ちの時期で気が立っている。初夏のアッシャー山脈は決して安全な場所ではない。地を知らぬ余所者が立ち入って良いものではない。
「なるほど」
フェディットは少しだけ驚いた様子で話を聞き終えた。
自然崇拝、山岳信仰、神秘への畏怖。そういった類いの知識はあっても…実際に精霊や玄獣の存在を認めてはいても、どうにも自分には馴染みがない。神秘を守り抱く緑豊かな山の邦。神秘を暴き手放した砂の邦。正反対だと静かに思った。
「ご心配なく。我々は何かするつもりはなくてですね、ただ通り過ぎさせてもらうだけですので」
「先生、今の話…」
「ん?」
店を離れて竜車へ戻ると、エイラが乗り込んだタイミングでセルビアはフェディットを引き留めた。
「昨日、警告に来た奴がいる。領域侵犯って言ってた。エイラの存在が山を刺激することになるのかも」
フェディットは唐突に言葉が通じなくなったかと思うほど、セルビアが何を言っているのか解らなかった。
「ドラゴンじゃなくて?」
「なんでかは解んないけど、赤竜も警告者も、エイラを気にしてたんだ。知ってるって感じだった」
「………」
エイラはウォートバランサーから出たこともない筈だ。人間以外のものと面識があるとは思えない。裕福ではあったようだがあくまで一般市民のこどもが、玄獣たちに一方的に知られているというのも妙な話だ。
「とは言えやることは変わらない。なるべく早く山脈を抜ける。頼んだよ」
「まあそうだよね。一応報告ってことで」
立ち話しするふたりを車内からエイラが小首を傾げて見ていた。それに声を掛けながら乗り込んでいくフェディットを見送って、セルビアは少しの間そのまま車内を眺めていた。
──君は、何者?
無意識に手が右目を押さえていた。それに気付き、自分が言えた義理でもないなと自嘲する。
「っよし!」
気持ちを切り替えるように勢いよく御者台に飛び乗った。
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