13
それから少し飛ばして、山林で一晩過ごすことにした。頑張ってくれた竜を休ませる為にも早めに休息を取る。今日は車内泊だ。非常食は積んである。セルビアは竜の世話で忙しくしており、エイラとフェディットは車内でのんびり話をしていた。
「要は、人工の使役獣みたいなものかな」
ウォートバランサー式戦闘機の説明を受け、フェディットはそう理解した。その呟きに是とも否とも言えずエイラは曖昧な音を発してやり過ごす。
「しかし、何故攻撃を受けたのか皆目見当がつかない」
「ドラゴンだったから…?」
自国域に侵入した悪魔を討つ事は全く当然の自衛で、エイラには不思議はない。人が乗っていたとしても、それは悪魔使いなのだから共に攻撃を受けても仕方がないことだ。
「うーん」
フェディットからすれば、ドラゴン撲滅運動で世界中から強く叩かれた過去があるのだからそんな理由でそう簡単に…しかもあんなにしつこく撃ち落とそうとするとは思えない。イェソド域を脱しても追ってきたのがどうにも納得がいかない。なんにせよ、今後よくよく警戒しなければならないだろう。
「よいしょっと」
「え!?」
樹上から目の前に飛び降りてきた人影に、セルビアは目を見開いた。竜が警戒していないので特にだ。落ちてきた人影は見た感じは少年で、装いは魔術師に近い。大きな杖も持っている。だが直感的に「人間ではないかもしれない」と察せられた。
「キミかぁ、砂の赤竜を呼んだのは」
「えぇと」
呼んだ場所からこの山は随分と離れている。情報伝達が早すぎる。突然現れた謎の少年に肯定を返すのも躊躇われ曖昧に答えるも、彼は端から返事を求めていないようだった。
「困るんだよ。それぞれ
ジトッとセルビアを睨むと、
「ん?あれ?」
何かに気付いて眉をひそめた。
「なんだキミ。竜か?人間か?
無遠慮にジロジロと観察される。
「人間です」
「そうかぁ?怪しいなぁ」
瞳は懐疑的だがそれ以上追及する気はないようで、少年は話を戻した。
「まあだからオレたちには領域があってだな。砂竜も然る事ながら、だ」
と、竜車を親指で示す。
「アレの持ち込みは非ッ常~~に困る」
「『アレ』…って、角の生えた?」
今はカーテンが閉まっていて車内の様子は外からは見えないが、赤竜も興味を示していたからエイラの事だろうかとあたりをつける。少年はひとつ肯いた。人ならざるものの興味を引く彼女は一体何者なのだろうかと感じつつ、セルビアは取り敢えず少年に事情を訴える。
「ええと、マルクトへ行く道中なんだ。暫くしたら出ていくから、少しの間見逃して欲しい」
「………」
それを聞いた少年は痛ましそうに目を伏せた。
「……気の毒だけど、もうアレの居場所はイェソドだけだ。故郷には戻れない」
「え?」
エイラの故郷はイェソドだと聞いている。少年は何か勘違いをしていそうだ。
「もう意識も残ってないと思ってたけど…そうか。還りたいんだな…」
独りごち、ぎゅっと強く目を瞑った後。少年は身を翻した。
「解った。なるべく早く通過してくれよ。意外と苛々するんだ、領域侵犯されていると」
「あ、ありがとう」
セルビアがそう言い終わる前に、少年の姿は消えていた。
「おやセルビアくんお疲れ様。ドラゴンの調子はどう?」
「うん、タフな子だからね。一晩休んだらきっと大丈夫」
返しながら、セルビアの視線は自然とエイラに向かう。赤黒い捻れ角。突然生えたと言っていた気がする。ともすれば、自分もいつかこんな風に──
「…なんですか?」
「ううん。エイラは大丈夫?だいぶ振り回しちゃったから」
「問題ありません、先生が守ってくれたので」
そっか良かった、とセルビアはタオルケットを引き寄せ、車内の隅へ移動した。壁に凭れ掛かって寝ようとするのをフェディットが慌てて止める。
「セルビアくんも疲れてるだろ。ちゃんと横になって寝た方がいい」
「え、でも狭いかなって」
「うん僕が大きくて申し訳ないけどね、三人横になれるくらいの余裕はちゃんとあるよ」
三人並んで寝転がる。こうしてみると改めてこんな荷物を持って高速で飛行する竜の凄さを思い知る。
「ふふ…」
暫くして、セルビアの擽ったそうな笑い声が漏れ聞こえた。
「なんか、いいね。皆で寝るの」
「そうかい?」
フェディットは一人でしっかり質の高い睡眠を取りたいと思う。
「うん。なんか…あったかい」
返事も曖昧な音でしかなく、次第に眠りに落ちていく。エイラは「異性と寝室を共にするなんて」と戸惑いながらも、セルビアの呟きに心の奥でこっそりと頷いた。お父様やお母様と一緒に眠っていたこどもの頃のように。傍に人のいる安心感は決して悪くないものだ、と。
遠い日の、温かな日向の夢を見た。柔らかな土の匂い。草原の上で皆でお昼寝。木登り。かけっこ。川遊び。懐かしい景色。
でも、そう、これは夢。だって私、こんな景色知らないもの。そんな事した覚えもないもの。
それなのに、これの続きを知っている。この先は見たくない。温かい記憶のままここで止めておこう。停止ボタンは何処だろう。早く。早く止めないと──
あの女が 来る
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