12
「はぁ!?何処まで追ってくるんだよ!」
セルビアは悪態を吐きながらアクロバット飛行を繰り返し、なんとか攻撃を避け続ける。燃料も弾も無限なのかと疑いたくなる。イェソド域から離脱しても尚躊躇いなく追って来ていた。速度は同等か、ほんの少しこちらが速い。ということは、荷を離せばなんとか引き離せるかも知れない。しかしこの竜に三人乗りはかなり厳しい。それに、ふたりは竜に跨がったこともないだろう。そもそも、乗せ替える隙もない。
「ああもう!」
このままではこちらが先に
「僕が何とかするしかないか!」
急下降で地面を目指す。幸い民家のない丘陵地があった。車内から一際悲鳴が上がったが、ごめんと謝る余裕もない。接地する瞬間は確実に狙われるだろう。高さを見計らって御者台から滑り降りる。
「ごめん、一瞬耐えて!」
指示に従い、竜は車部分に覆い被さるように着地した。セルビアは銃撃を放ちながら迫り来る機体をまっすぐ見据えて地に手を着く。
「お願い!『助けて』!!」
直後。
眼前の地面は盛り上がり、巨大な何かがうねりながら立ち昇る。深紅の巨大な蛇──それが竜だと認識出来る頃には、それは上半身をしならせ敵機を叩き落としていた。
機体の損壊を確認した後、竜はスルスルと頭部をセルビアに向かわせた。
「助けを求めたな」
「うん。ありがとう」
その鼻面に手を乗せ礼を伝える。竜は金色の目をゆっくりと細めた。
「代償は解っているな」
「うん。三人分の命と引き換えだから仕方ないね」
それを聞いた竜は怒気を孕む。
「自分の命は自分の為に使えとあれほど──」
竜車に目をやり、深紅の竜は言葉を無くした。窓から二人の姿が確認できる。
「……随分なモノを連れているな。イェソドから拐ってきたのか?」
「違うよ人聞きの悪い!」
ざっと経緯を説明するが、聞いているのかいないのか。竜の視線は車内に釘付けだ。
「王の帰還か。どうりで小虫どもが騒がしい」
「え?」
「代償の無駄払いだな。いいか、今度こそよく聞いて守れよ。自分の命は、自分の為に使え」
「どういう……ちょ!」
言うだけ言って、竜はシュルッと地へ消えた。
「もう大丈夫、かな。そろそろ出て行ってみようか。エイラくん?大丈夫かい?」
「…腰が抜けました」
エイラを抱き留めたままだったフェディットは、エイラからその光景が見えないように巧く位置を調整していた。折角セルビアに対する態度も和らいできているのに、あんなものを見せては大惨事だ。
「だいぶ振り回されたからね」
幸いふたりとも嘔吐には至らなかったが、三半規管もだいぶやられている。まだ立てなくても仕方がない。そっと身を離し、落ち着くのを待つことにする。
フェディットはあの竜を知っていた。見たこともあるし、話にも聞く。沙漠の赤蛇。砂の赤竜。ケセドから西側の沙漠に棲む砂竜の玄獣だ。何故遥か離れたこんな場所に現れたのか解らないが、セルビアと話をしているようだった。竜の扱いが上手いのは知っているが、まさか呼び寄せたのだろうか?
「あー焦ったぁ。ふたりとも大丈夫?」
セルビアは暢気に戻ってきた。フェディットはチラとエイラに目をやってから、解るまいと高を括って問い掛けた。
「セルビアくん、カルキストだった?」
問われたセルビアはきょとんとしてから笑った。
「違うよ~。先生知らないの?カルキストはもういないんだよ、ケテルのふたりが最後」
「うん、そう言われてるよねぇ」
カルキストは召喚士、玄獣使いを指す言葉だが一般常識的な単語ではない。一般人にも通じるのはケテル域くらいのものだからセルビアに通じたのは上々だ。
しかし
「飛行機、見てみる?」
望みは薄いが、操縦者が生きているかも知れない。生きていても重傷だろうが、仮に敵意を向けられても機体さえ無ければ竜を連れているこちらの方が有利だろう。
「…そうだね、一応ね」
自分の命を狙った者まで助けたいと思うような人格者ではないが、聞ける話は聞きたいと考えた。
「…人は、乗っていないのではないでしょうか」
「え?」
「あ、いえ、解らないですけど」
エイラは目を細めて墜落機を眺め、それから遥かなセンタービルの陰を探した。
「詳しくはないので違うかも知れませんが、ああいう戦闘機は大概自動追尾か遠隔操縦かと。オペレーターが人間かAIかも解りませんが」
フェディットもセルビアも『?』がいっぱいの表情だ。まるで異種生物の鳴き声を聞いたように、言葉の意味が全く理解できない。それを見たエイラも彼らが何を理解出来なかったのか理解出来ず慌て出す。
「ええとええと、それで、つまり、撃墜された事は既に把握されている筈なので、早く離れた方がいいと思います!」
「なるほど!」
「すぐ発とう。なるべく迂回してイェソド域には入らないように行く」
エイラの端的な指示にふたりは迅速に従った。
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