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「ちょっと軌道が変わったから、あと二日もするとウォートバランサーが見えると思うよ。あの建物はとんでもなく高いから、天気によってはそろそろ見えてくるかも知れない。外から見るの初めてでしょう」

「熱帯突っ切らなくてよくなったから寄り道も悪くないよね」

湿地帯は抜けたものの、今居るのはまだティフェレト域だ。改めて広大さを思い知る。

故郷が見えたらやはり帰りたいと強く思うだろう。だが角が健在の間はまだ帰れない。両親に迷惑が掛かってしまう。こんな異形の姿では、イェソドの住民たちは外で出会った人たちのように受け入れてくれはしないだろう。知らず片角に手が延びる。硬質で温かみのない捻れ角。本当に悪魔みたいだと改めて感じた。それでもなんとか気にせずにいられるのは、鏡を見る機会が殆どない事と、全く気にした風のないふたりのおかげなのだろう。

「先生…」

「うん?」

「……いえ、すいません」


やっぱり私を貰ってくれませんか、と言いたかったけれど。容姿を理由に断られたら立ち直れないから、止めた。




もうすぐだよ。

もうすぐ おうが かえってくるよ。

ようやくだ、ようやくだ。

とらわれの おうさまが ごきかんだ。

まってました まってました。


木々がさわさわと揺れ、何かが囁き合う。大樹がそれらを掻き消すようにゴウッと大きく枝を揺すった。




遠くにうっすら、空に溶けるように霞んではいるが、確かにセンタービルが見えた。

「………」

エイラは言葉なくそれを見詰める。

「いやぁ流石、高いねぇ。イェソド域からなら何処からでも見えるね」

イェソド域の外れに休憩に降り立った三人は世界一の高層建築に感嘆する。いつもその根本から仰ぎ見ていたエイラは、ビルがこんなにも細く見えるのが不思議だった。

「折れそうだねー」

不敬な、とセルビアを睨みつつ、頭の片隅では「確かに…」と思ってしまった自分を戒める。

「実際は『大きい』んだけど、こうして見ると『長く』見えちゃうからねぇ」

それでも折れることはない。イェソドの技術を詰め込んだ、国家の象徴たる建築物だ。

「まあ今回は素通りだ。里帰りはまだちょっと先で。郷愁に駆られるだろうけど我慢してね」

絶対に寄ることは出来ない。角を見えなくしてくれる魔術師は今回はいないのだから。何処まで理解しているかは解らないが、エイラは素直に頷いた。

「またちょっと歩くかい?エイラくん、ウォートバランサーから出たことないって言ってたでしょう」

「えぇと」

エイラにとっては外は外である。自国域だからと言って、自国ではない。今まで通ってきた外国と一切差はない。景色を見回しても、アスファルトもなければ車も走っていない。建物も古臭い前時代的な木造で、目に見える範囲に教会もない。繁る草木もなんとなく違う気がする。それでも、センタービルが目に入る。

「…大丈夫です。早く目的地に向かいましょう」

「そうかい?じゃあそろそろ出立しようか」

「よーし。じゃあ乗っちゃって~」

眼帯を直しながら御者台へ向かうセルビアを見て、何故か今漸く、エイラはそれを気に留めた。突然沸いた疑問を抑え竜車に乗り込む。飛び始めたら、こっそり先生に訊いてみよう。



「ん?セルビアくんの眼帯の理由?」

普通の声量で訊き返され慌てて人差し指を立てる。フェディットは「大丈夫だよ」と笑って返した。

「見たことなかったかな?全く正常なんだけどね、少し人目を引くんだって。なんで着けてるかは、本人に訊いてみた方がいい」

気にせず答えてくれると思うよ、と付け加える。フェディットが教えても良いのだが、折角の会話の機会を取り上げるのも悪い気がした。

エイラは小さく「はい」と答えたが、不服そうな表情は隠れていない。正直な子だ。


「ごめん!揺れるよ!!暫く何かに掴まってて!!」

突然セルビアの大声が響いたと思うと、急速な加重で竜車は激しく傾いた。

「きゃ…!?」

「舌噛まないようにね」

フェディットは軽すぎて吹っ飛びそうになっていたエイラを引寄せ抱き留める。すぐに扉の錠を確認する。かけ忘れてはいない。大丈夫だ。急降下や急旋回、急上昇。これは何者かに襲撃を受けているのだろう。しかし何故…というよりも、どうやって。イェソド域である以上、ドラゴンが敵視されるのはそれほど不思議ではない。だがこの高度と速度で、避け続けなければならない攻撃をしてくるのなら。相手も同等の機能を有している事になる。

「何に襲われてるのかな!?」

「飛行機!!」

「飛行機!?」

飛行機と言われて想像出来るのは両翼にプロペラの付いた型で、とてもじゃないが秒速で飛ぶ竜に敵うものではない。大体飛行音も聞こえてこない。時折ババババッと大きな音がするが、プロペラの回る音ではなさそうだ。

困惑するフェディットの腕の中で、エイラはぼんやりと「戦闘機かなぁ」と思考する。実物を見たことはないが、存在は知っていた。時折聞こえる大きな音は機関銃の放たれる音かもしれない。自分たちが攻撃を受けていると解って、エイラはぎゅっと体を縮こまらせた。

「とにかく逃げる!向こうだって燃料切れとかあるでしょ!知らないけど!!ちょっと我慢してね!この子は戦闘用じゃないんだよっ」

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