08

料理は美味しかった。独特な味でだいぶ辛かったが、美味しかったと言える。思い返してみるとエイラの分は辛さ控えめで頼んで貰っていた筈だ。中辛以上はどうなっているのだろう。全く試したいとは思わないが。

「さてこのまま順調に飛べば夕方過ぎには海に着くよ。その先はティフェレト域だから、今日は海岸辺りの町で一泊かな」

ティフェレト域の海上は夜間飛行が許可されていない。


ガナックの南端の町に降り立った頃には日も暮れかかって、静かな内海は茜色に輝いていた。

「…海…」

エイラは呆然と立ち尽くした。茜色の海から広がった砂地が、ずっとずっと続いている。

「こんなに水があっても、砂漠になるんですね」

海を見るのも初めてだが、砂漠がいつの間にか砂浜に変わり海へ続いている様は特に不思議に思えた。

「海沿いが砂漠になる理由は幾つかあるけど、ここはフツーに熱いからだね」

雨を落としきった乾燥した空気が原因だ。年中高気圧を纏い海からの風を受け付けない。

「そうなんだ」

セルビアも改めてその砂地を見渡した。砂の国に生まれた彼は、砂の広がる光景に理由を求めたことなどない。

「さあ、本格的に冷えてくる前に宿をとっちゃおう」


夕飯時。串焼きにされた肉に「ちょっと固い」と言いながらかぶり付くエイラを見ながら、セルビアは開きかけた口を噤んだ。それが何の肉であるかは伝えない方がいいのだろう。そう思いやれる程度にはエイラのことが解ってきたらしい。フェディットもそんなセルビアの様子にホッと息を吐いた。本当に大切なのは相互理解だが、今は片側の理解だけで充分だ。せめて旅の間は変に衝突して欲しくない。心の中でセルビアに謝罪と感謝をしつつ、フェディットはトカゲ肉の串焼と大サソリの雑炊を食べ切った。



翌。

朝の陽を受けてキラキラと輝く海を渡る。

「二~三時間も飛んだらティフェレト域だ。一気に空気が変わるよ」

小さく何度か頷きを繰り返して、エイラは眼下に流れていく海を見ていた。そわそわと不思議な感覚がする。少しだけ。本当に少しだけだけれど。と、まるで何かに弁明するように付け加えながら。エイラは『未知』に対する『楽しみ』を自覚した。



「もうちょっと飛べばリディウムだけど、ここらで一旦休もう」

サルツィエル。出発地点から凡そ三千km、漸く隣国ティフェレト域に降り立った。今までの熱く乾燥した空気とは打って代わって湿潤な、少しだけ蒸し暑くなった空気感にエイラは眉を顰めた。辺りは今までに比べればうんと緑豊かで、植物が植物らしくなってきている。

「エイラくんもセルビアくんも、体調は大丈夫かな?これだけ一気に移動すると体調にも気を付けないとね」

「僕は御者だから大丈夫。エイラは?」

「悪くはないです。……たぶん」

ただただ不快なだけだ。因みに御者だからというのは、ドラゴンにより護られているという意味だ。気圧や気温の変化に対応できるような…いわゆる『魔法』が掛けられている。

「少しでも変調があったら言ってね。早めに対処できたらそれに越したことはないので」

その時。あの独特の高周波がエイラの鼓膜を震わせた。

「!!!」

パンッ!と見事な炸裂音が響く。フェディットとセルビアは目を丸くしてエイラを見た。エイラは併せた両手をゆっくりと開く。

「……仕留めました」

「お見事」

これまでは暑すぎて居なかったが、此処からは蚊も出る。フェディットは虫除けの薬をふたりに渡した。



「ティフェレト域はごはんが美味しくていいよねぇ」

昼食後暫しの休憩を挟んでから竜車は再び南下を始めていた。

「色んな味がして、少し苦手です」

ケセド域も香辛料をふんだんに使っていたが、そちらはスパイシーでエイラも美味しいと感じた。さっき食べた料理に使われていたのは香草類で、ちょっとクセが強かった。エイラには合わなかったようだ。

「そうかい?この調子だと夕飯はリディウムで摂る事になるだろうから、もう一回我慢して貰わないといけないかなぁ…ぁー…」

そう言えばリディウムでは昆虫食が一般的だ。慎重に店を選ばないと、エイラは夕飯を抜くかも知れない。昨晩の大サソリは剥き身にしてあったが、イナゴや幼虫は姿まるごと出てくるだろう。何せ小さいので解体していたら食べる部分がなくなってしまう。これは味以前の問題で拒否される気がする。食文化の否定は流石に礼を欠く。料理として出てきてからNOと言って欲しくない。とは言えリディウムの端、しかも東側など、観光本さえ見たことがない。フェディットは運を天に任せることにした。



「ああエイラくん。そう言えばそろそろ静天になるけど、やっぱり何か見えるのかな」

「ええと…」

エイラとしては、正直あまり見たいものではない。静天は毎日来るが、怖くてあれ以来試していなかった。だが、今なら確かめてみるのも悪くない気がした。何故なら、ずっと飛竜に揺られているだけの移動時間はかなり暇なのだ。

ゆっくりと眼帯を外す。

「わっ! …わ!わっ!!」

途端、大量の小虫に襲われたような仕種を繰り返すエイラ。フェディットは冷静に「見えるみたいだねぇ」と返した。

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