07
三時間飛び続けて漸く主国マルジュを抜け、ガナックに入った処で一度休息の為着陸した。
「丁度お昼だしね。ここから先は暫く砂漠が続くから、この辺りで何か食べておこう」
「マメを大量のスパイスで煮込んだヤツ美味しいんだよ」
竜車が停めておける場所には制限があるので、降りてから少し歩く必要があった。
エイラは最後尾をてくてくとついていく。街中は様々な香辛料が混ざりあったスパイシーな香りで満ちていて、嗅いでいるとエイラも段々と食欲が沸いてきた。セルビアオススメの料理屋に着いた頃には、小さくお腹がくぅと鳴った。
「あはは、ずっと座ってるのも疲れるもんね」
空腹を笑われてエイラは顔が熱くなる。
「食欲があるのは良いことだよ。安心した」
フェディットはエイラの背にポンと軽く触れて店の戸を開いた。途端、濃厚な香辛料の香りが脳を揺すった。
「いらっしゃいませ!」
「三人分頼む」
「かしこまりました!辛さはどうなさいますか?」
席に案内しながら、店員は注文を取っていく。
「僕中辛」
「エイラくん、辛いの平気かい?」
「え、はい、多分」
じゃあ中辛ひとつと控えめふたつ、と注文を終えテーブルに着く。
お冷や代わりに出てきたのは乳白色の甘い飲料。サッパリしていて飲み易い。
「ヨッグダッスに似た味ですね」
「原材料が殆ど同じなんだよ」
ヨッグダッスは病院でもおやつによく出てきた乳製品だ。白いチーズのような見た目だが、サクサクしていて口当たりも軽い。ケセド全域でよく食べられている健康食だ。
「しかし、だいぶ速度出してもらってるみたいだけど全然感じさせないね。セルビアくん流石だなぁ」
「うん、あの子障壁の張り方も巧いんだ」
誉められたセルビアは自慢気に胸を張る。それからチラッとエイラを盗み見た。気にした風もなくドリンクを飲んでいる。
「エイラ、もうドラゴン平気?」
「複雑です」
「??」
ブスッと答えたエイラと苦笑いしているフェディットを見比べる。
「エイラくんの言うドラゴンと、我々の言うドラゴンは別のものだと説明したんだよ」
イェソドにおける竜とは、悪の化身として祀り上げられた概念、『空想上の存在』。その他の国で言う竜とは、鳥類に連なる『生物』。偶々外見的特徴が重なった為に同名で呼ばれるだけの別物である、と。フェディットはエイラにそう説明をしておいた。既に幾つかのカルチャーショックを体験しているエイラは、その熱心な
「先生巧いこと言うね」
確かにそういう言い方も出来ると妙に納得させられた。
「そっか~僕の差し入れの成果じゃないんだ~」
そう言ってしょんぼりして見せるセルビアにエイラは訝しげな目を向けた。
「んー、実はエイラくんに持っていってた本、毎回セルビアくんセレクトが一冊入ってたんだよね」
主にドラゴン関連の、なるべく竜が好意的に
「…そうだったんだ」
最後まで気付かず読み切ったものもあれば、ドラゴンの一文字で読むのを止めたもの、最初から手を付けなかったものもある。残念ながらセルビアの努力は微塵もエイラに影響を与える事はなかった。
そうこうしている内に運ばれてきた料理に、エイラは軽く目を見張った。赤みのある濃い色合いのスープはドロドロしていて、パンは全然膨らんでいない。ペッタンコだ。柔らかいクラッカーのようなそれは、皿からはみだすほど大きかった。
エイラが言葉を失っていると、セルビアは食前の祈りも無しにパンを千切り、スープに突っ込んだ。あまりの行儀の悪さに眉をしかめるエイラだが、見ればフェディットも同様にして食べ始めていた。そういうものなのか、と辺りを見回すと、やはりそういうものなようで、皆同じように食している。
「………」
食前の祈りだけは済ませ、エイラも覚悟を決めてパンに手を伸ばす。
熱い。
千切ろうと力を込めればよりパンの熱が指に伝わり、持っていられなくなる。
「熱いけど、焼きたての内が美味しいんだ」
エイラがグラスを握って指を冷やしているのを見て、セルビアは自分のパンを千切って差し出した。エイラは眉をしかめてそれを断ると、スプーンを手に取りスープに挑み直した。
それはエイラが国を出て直ぐの事だった。中央から下った指示に国中が騒ぎだした。
内容は、尋ね人。
国内にいる筈の角の生えた少女を探しだし、中央へ引き渡せ──というものだった。理由は開示されなかったため、市民は口性なく噂した。それは悪魔に違いない、悪魔が入り込んだのだ。そうして、一部過激派による『魔女狩り』が始まった。
角の生えた、16才未満の女性。恐らくは信心深い者。情報はそれだけだ。充分すぎるほど特徴的だが、角は隠せるのではないかという噂が拡がり、16才未満の女性は街中から姿を消した。
「……あなた」
「大丈夫、大丈夫だ。あの子は国を出た。特徴を外れるまで帰ってこない。大丈夫、大丈夫だ」
蒼白な顔面で、大丈夫と呟き続ける。
もしも。バレたら。あの子も私たちも、どうなってしまうのか。
そんな不安を飲み込んで、エイラの両親は震えていた。
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