06

「というわけだからエイラくん、悪いけど付き合って貰っていいかな?」

「………え、」

フェディットから話を聞いたエイラは、何故か目を丸くして頬を染めた。

「…?」

今度は何を踏んでしまったのだろうかと、フェディットは笑顔の裏で冷や汗を流す。

「……お、…おっ……」

目をグルグルさせながら、真っ赤になって絞り出したのは

「男の人とふたりきりで旅行と言うのは…ッ!あ、そ、それとも先生は私を貰ってくれるつもりでしょうかっ!?」

「………」

どっと冷や汗が表面化する。

「エイラくん、落ち着いて。うん、落ち着こう。落ち着こう」

自分に言い聞かせる如くそう繰り返し、細く長く息を吐いて目を閉じた。

──そうだった、そうだった。

検査の時にも何度か味わったのに、すっかり失念してしまっていた。

イェソドに限らず南方の人間は、性別を強く意識している。異性としか恋も結婚もしないと聞く。同性であればセクハラも許容されてしまうとか。

性別の所為で四十路を越えた自分が十四の子供にそんな風に思われるのは心外だ。確かに研究熱心が祟って未だ独り身ではあるが、断じてそんな趣味はない。

「親子ほども年の差がある、しかも患者に、手は出さないよ…。そういう心配は要らないから。ほんと、それだけは大丈夫だから!」

「…年の差は…珍しくない程度だと思いますが…はい」

こころなしか、頷くエイラは少しムスッとしている。慌てて全力で拒否してしまった事は失礼だったなと思い至りつつ、大人しく納得してくれたことに安堵した。

「それで、取り敢えずターミナルでホドまで行って海路を取ろうかと思うんだけど」

「それだと着いてからが大変じゃない?」

突然割り込んだ声に目を向けると、本を抱えた少年が立っていた。

「セルビアくん。来てたのか」

「そろそろ次の本渡そうと思って。入っていい?」

入室の許可を求められ、フェディットはエイラへ視線を向けた。此処は彼女の個室だ。許可を出すのは彼ではない。

「あ、はい。どうぞ」

「お邪魔しまーす」

抱えていた本を適当な所へ下ろすと、フェディットの隣へ座り込んだ。

「僕を雇えばいいと思うんだよね」

「それが出来れば楽なんだけどね」

セルビアはドラゴンの調教師にして優秀な御者だ。知らぬ仲でもないし、専属で雇えるならこれほど便利な事はない。だがそうすると帰路もターミナルが使えなくなる。そして何より、この極度のドラゴン嫌いを説得しなくてはならない。

「帰りはターミナル使えばいいよ。荷がなくなれば速く飛べるし、ひとりでも戻ってきてくれるから」

エイラは解ってない顔で成り行きを見守っている。

「そうしたら『ふたりきり』じゃあなくなるよ」

「「!!!」」



エイラを病院まで輸送したものより大きめの、中で三人横になれる程度の竜車を用意した。牽いてくれるドラゴンも大型でスタミナのある種類だ。万が一の野宿にも対応できる。やはり自家用車があるというのは心強い。

「エイラどうしたの?」

おとなしく──というより意気消沈した状態でぼんやりと車に乗り込んだ姿を見て、セルビアはフェディットに尋ねた。

「んー、実はね」

出立前にと強い希望を受けて遂に除角に踏み切ったのだが、驚いたことに切除後数時間で角は再度生えてきた。初めて生えた時のような痛みはなかったが、やはり一瞬で形成されたその角は、こころなし以前より大きく硬くなっていた。

「だからちょっと落ち込んでるんだ。暫くそっとしておいてあげて」

実際は大層な取り乱しようで『ちょっと落ち込む』どころではなかったが。その原因と治療法を探しに行くんだよと説得して今に至る。

「ふーん…」

チラと車内を気にしながら、セルビアは御者台に乗り込んだ。

「取り敢えず最短空路で直線的に南下、休憩は三時間後。それでいい?」

「そうだね。釈迦に説法とは思うけど、ティフェレトの飛行規定には注意してね」

「了解」

ティフェレトではいくつかの都市部上空の飛行に制限が課されている。他国からの飛行体がその制限に反した場合、撃ち落とされる可能性もある。南北の戦争で板挟みにあった苦い経験から生まれた防衛策だ。世界の中心に位置する国にもたらされるのは、豊かさだけではない。



心に余裕が出てきたのだと、そう思った。

男性と二人で旅なんて破廉恥な。そんなことを考えられるくらいには。今は深くうちひしがれて、狭い車内でふたりきりで揺られていても、ドキドキしたりは出来そうにない。

角は切り落としてもすぐに生えてくる。もしも。もしも解決法が見つからなかったら。もう家には帰れない。外国に行ったまま娘が帰らないなんて、両親は周りから酷い扱いを受けるかも知れない。先生に貰ってもらえるなら、やはりそれは良いことのように思う。ケセドの医者ならイェソドとも繋がっていられるし、お医者様に嫁いだとなれば両親にも迷惑は掛からないだろう。

提案を受けた時とは全く別の、何処か意識に靄がかかったような不思議な冷静さで、エイラはぐるぐるとそんなことを考えていた。


こういった思考の迷走は、『現実逃避』と呼ばれている。

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