03

昼は暖かいのに日が沈むと急激に冷えるとか、加湿して寝ないと朝喉が痛いとか、部屋に普通に虫が入ってくるので灯を点けたまま寝たらいけないとか加湿器に虫除けのアロマを垂らすとか。

あっという間に日は過ぎて、首都の病院からお迎えが来た。

お世話になった魔術師とお別れして、大きな爬虫類が牽く車のようなものに乗り込むと、エイラと同じように眼帯をした少年が座っていた。

「やあ。はじめまして」

「は、はじめまして…」

藁のような色の髪に薄い青紫の綺麗な瞳。快活な小麦色の肌。見たところ右側に眼帯をしている以外には特に怪我もなく、体調が悪そうな様子もない。一緒に輸送される仲間だろうか。

少年は目を眇めてエイラを無遠慮に観察している。とても居心地が悪い。

「すごいねそれ。立派な角。ちょっと触っていい?」

「いやです」

少年は眇めていた目を見開いた。自分でも驚くほどきっぱりと拒絶してしまい、エイラは動揺して目を逸らす。

「そうだね、ごめんね」

あっさりと謝る少年の声に視線を戻すと、彼は笑顔で席を叩いた。

「ほら、早く座りなよ」

「あ、はい…」

エイラが着席するのを見計らって、少年はエイラの顔を覗き込んだ。

「なんで丁寧語なの?」

「え?」

丁寧語を喋るのに「なんで」も何もあるだろうか。

「あ、そっか。きみ名前なんだっけ」

「え、えぇと…エイラです」

「あー、っぽい。いいね。僕はセルビア。よろしくね~」

「…よろしく…」

ノリについていけない。乗車から数十秒、まだ走り出してもいない車内で、既にエイラは疲れを感じ始めていた。

「セルビアさんもどこか悪いんですか?」

「えっ」

「えっ」

無遠慮に角を見られたこともあって勇気を出して訊いてみたのだが、やはり立ち入った事だった。慌てて誤魔化そうと思考を巡らせかけたが―

「なんでまだ丁寧語なの?もう知らない人じゃないのに」

「???」

先程の唐突な展開はそういう意図があったのか。自己紹介を終えたら即打ち解けられると思っているのだろうか。エイラは恐怖にも似た理解できなさを感じた。

「癖といいますか…地なので、諦めて下さい」

「そうなの?ならいいけど。あ、そうだ。僕はね、」

その時、唐突に扉が開いた。

「セルビアくぅん。君はこっちだよぉ」

「うおっ吃驚した。見つかったか」

白衣の下に目に痛い派手な色のシャツを着た大柄な男性が、セルビアの首根っこを掴まえて車外へと引き摺りだした。

「じゃあまたねエイラ。休憩時間にまた会おう!無事首都迄お連れしますよ~」

「うん、早いとこ準備してね?出発が遅れると色々予定が狂っちゃうから」

「えぇと…」

セルビアを引き摺り出した男性は、そのままエイラの隣に腰を下ろした。

「はいこんにちは。はじめまして。僕はフェディット。これから君の主治医だ。よろしくね」

「宜しくお願いします」

深々と頭を下げる。外見に似合わない柔らかな口調に面食らったが、自分を担当してくれるお医者様とあれば恐いよりは全然いい。

「エイラくんだったね。あってるかな?」

「はい先生」

「うんうん。は~。ちょっと失礼。あー、本当に生えてるんだなぁ。へー」

走り出した車内で、先生はひとしきり角の状態を確認し終えると眼帯に目を止めた。

「うん?目の方は―」

「変色しているので、人目隠しにと眼帯を着けていたのですが…その、取ると眩しくて」

「―あぁそうだっけ。塔の先生から報告を受けてるよ。じゃあ後で診せて貰おう」

そういって身を離すと、先生は車内を漁り始めた。

「えぇと、この辺に用意しといた―…あったあった。よし」

取り出したのは紙束とペン。

「じゃあ移動中に問診の方済ませちゃうね」



今の体調、角の事、眼の事、皮膚の事。発症した時の事。家族の事、生活習慣、好きな食べ物嫌いな食べ物、趣味、その他諸々。関係あるのか疑問に思うような事もたくさん訊かれた。

先生は聞き上手でまとめ上手だったけれど、初対面の人と長時間二人きりで話し続けたのだから、流石に疲れてしまった。

そろそろ一度休憩しようと停まった先は、街ではなくて、自然公園のような場所だった。水の滲む大きな岩とそれを囲む緑。その外側は最早見慣れ始めたさらさらの砂地。適度な間隔で幾つか存在するそれらの岩に、ちらほらと人が集まって湧き出る水を掬っている。

エイラたちが乗ってきたのと似たような車も何台か停まっている。恐らくパーキングエリア、のような扱いの場所、なのだろう。

「エイラ!」

セルビアが駆け寄って来る。そういえば、休憩時間にまた会おうなどと言っていた。

正直、この無礼な少年に割く心の余裕はないのだが。あまりにも嬉しそうに寄ってくるので、無碍にするのは躊躇われた。

「どうだった?酔ったりしてない?慎重に飛ばせたから大丈夫だとは思うけど」

「ありがとうございます、大丈夫でした。振動も感じないほどで…」

ふと、本当に振動を感じなかった事に今更ながら想い至った。路がずっとあの柔らかな砂地だったにせよ、動物が牽いているのだし、多少は揺れたりするものだ。出発時と到着時、フワッとイヤな感覚と大きめの衝撃があったが──

「え、これ、空を…?」

「そうだよー!景色キレイだったでしょ~」

残念ながら見ちゃいない。偶に視界に入るのは空ばかりだなとは思いはしたが。

「セルビアくんの調教した子はホントに優秀でね。上空は突風だって吹くしもっともっと揺れるもんだけど、上手に飛んでくれるんだよねぇ。はい、お水」

「あ。ありがとうございます」

「あいさつする?」

「え?」

「そうだね、あと半分くらいあるし、挨拶もしといた方がいいかもね?」


エイラ達を運んでくれていたのは、一匹の大きなトカゲ…ではなかったようだ。

「良い子だろ?見てよ、小さいけどほら、君とよく似た角が生えてる」

さらさらのトカゲ肌に、大きく艶々した、けれど鋭利な印象の瞳。ぴったり閉じられた水気のない口元。大きな体に対してかなり小振りな、エイラと同じくらいかそれよりも小さな、黒の巻角。

厭な予感に小さく震える。

だって、トカゲじゃないならばこれは、角が有って空を飛ぶ爬虫類なんていったらこれは。

「翼もなく空を飛ぶドラゴンっていうとコルード辺りが有名だけど、こいつらも中々友好的な種でー…」

「ドラ、ゴン…!」

「…あ。」

ああ、やはり。ドラゴン。幼い頃から物語や教会の教えの中に出てくる、悪の権化。

悪魔の牽く乗り物だった!悪魔に身を委ねてしまった!この少年は悪魔使いだった!それよりも!

「先生!コレっ、この角ッ!はや、早く切り落としてっ!切り落として下さい!」

「エイラくん、落ち着いて。落ち着いて」

落ち着いてなんていられない。これは悪魔の角だった。嗚呼聖霊よ、私は悪だったのでしょうか…!毎日欠かさずあなたに祈りを捧げ、教えを尊び遵守してきたこの身は、何故に悪を宿したのでしょう!


「どうしちゃったの、エイラ」

セルビアは目を瞬かせてフェディットに尋ねた。

「ええとね、うーん、エイラくんはイェソドの出身でね…察して」

「イェソド。あっ!『ドラゴン撲滅運動』!」

セルビアは怒り気味にその単語を口にした。

数十年前、イェソドで盛んに行われたドラゴン狩り、種の絶滅を意図した大虐殺である。その非道は世界からもバッシングを受け、当時戴冠直後だった大国ケテルの煌王が発令した『ドラゴン撲滅運動撲滅運動』によって終息した。

何か言いたげなセルビアを手で制して、フェディットはエイラを座席に押し込んだ。

「エイラくん、落ち着いて。それはドラゴンの角という訳じゃないし、ここで直ぐには切れないし、取り敢えず病院まではあの子に運んで貰わないといけない」

完全にパニックを起こしているエイラは、でも、でも…と要領を得ない言葉を繰り返す。

「善であれ悪であれ、あれはよく調教されているので。大丈夫、心配要らない!はい、水でも飲んでちょっとゆっくりしてて」

そう言って一度また外に出る。今度はセルビアのフォローをしなくては。

「いやぁごめんねセルビアくん。下手を打った」

「生き物に善も悪も無いよ。なにあれ!」

ドラゴンの首筋を優しく撫でながら、セルビアは口を尖らせる。

「まぁ、ローチがキライ!みたいなものさ。刷り込みだね。いや~そうだったそうだった、彼らはドラゴンが苦手だったんだったな~…は~」

「………」

セルビアは少し目線を逸らせて暫し沈黙すると、ひらりと御者台に乗り込んだ。

「あと半分」

「あぁ、宜しく頼むよ」

エイラは名前を聞くまで、姿を見ていてもドラゴンと解っていなかった。つまりはそれが、南の現状ー…ドラゴン撲滅運動の成果なのだろう。

「…ぁあッ、くそッ!」

名状し難い苛立ちとモヤモヤを抱えたまま、ドラゴン嫌いの少女を乗せて竜車は砂地を走り出した。

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