04
辿り着いたのは大きな白い建物。二階建てくらいだろうか、ひたすら横に広いこの建物群が、目指してきた「病院」らしい。
宛がわれた病室は一人部屋で、やっぱり少し広くて落ち着かなかった。
それからは検査、検査、検査。結果は全て、「問題なし」。外見の変質以外、人体として何ら異常はない、ということらしい。それならそれで構わないが、とにかくその外見の変質こそを治して欲しい。そう訴えているのだが。
「角の切除はまぁ出来る…けど…うーん。目の回りの皮膚は移植することになるけど、なんにせよこの辺り、美容整形手術になるからねぇ。…で、そこまでやっても、眼球の変色に関しては打つ手がない」
と、先生はあまり乗り気ではない。
「理由が解らないんだよねぇ、変質の理由。角質の硬化、なんてレベルでもないし。それが解れば打つ手も出てくるかも知れない…かなぁ?」
「………」
エイラは押し黙る。
理由なんて解らない。あの日特別変わった事をしたわけでもないし、その前も、全くいつも通りの日常だった。
「処でエイラくん、眼帯を外して何日か経つけど、まだ眩しさは感じるかな?」
「あ、はい。変わらないです」
ホテルで一度眼帯を外した時に感じた眼を刺す様な眩しさは、病院に着いて眼帯を外したまま過ごすようになっても一向に慣れる気配は無かった。
先生は悩ましげに唸る。
「検査では異常はないんだけどな~。心因性の視覚過敏…? でも左目だけってなぁ…」
これもまた、原因不明だ。
何処までも続いているような、中身のぎっしり詰まった本棚の回廊。時の流れさえ異なって感じる独特の雰囲気の中、近付いてくる足音が一人分。
「おや珍しい。君が必要とする本なんて、もう此処には無いんじゃないか?」
知恵の塔の知識の貯蔵庫、世界最大の図書館の管理人は、見事な赤髪を揺らして訪問者に問いかけた。
「今や君が幻術における最先駆者だ。世界最先端の研究者。学ぶ先が無いのは大変だろう」
「いえいえ。何処からでも、学び取れる事はあるんですよ。学ぶ気さえあればね」
「殊勝だな。つまらん。で? 苦労しているようだが、何をお探しで?」
この司書は、この図書館の膨大な貯蔵書を全て覚えている。まぁ勿論、精確さには多少の揺らぎは有るにせよ、何しろ量が量なのだから十二分に称賛に値する。
「人間に角が生えた、というような話は聞いたことありませんか?」
司書は暫く眼を閉じてトン、トン、トン…と数度指を動かした。
「…言い伝え、民話、童話の類いであれば有った気がする。いづれも同一のタイトルが付く。『片角の魔王』と呼ばれる南の逸話だな」
「片角…!」
眼を見開いた幻術師に、司書は多少の興味をそそられたらしい。幻術師はイェソドで体験した珍事を司書にざっと説明した。
「なるほど。君、解き明かして書に纏めるといい」
「いやいや、多分ケセドの医者たちがそのつもりでしょう。譲りますよ」
そりゃそうかと笑う司書の元に、空を舞って三冊の本がやってきた。
「待たせたな。残念ながら一冊は相当な古書だ。貸出は出来ない。この場で読んでいけ」
「ありがとうございます」
別々に手渡された二冊と一冊を受け取って、テーブルへ向かう。その背に司書は一声かける。
「顛末は教えてくれよ」
「いやちゃんと、何か解ればいいんですけどね」
検査の隙間時間は暇だろうという事で、先生はいつも適当に本を置いていってくれる。児童書だったり哲学書だったりするので、本当にテキトーに選んでくれているらしい。これはこれで、今回はどんなセレクトだろう、という楽しみも生まれている。
因みにこの国の文字は、偶に読めない。喋る言葉は同じなのに不思議だと思ったが、よくよく見て考えると読み解けたりするから、強い癖字のようなものだ。物語などだと大体の流れは解るから文字も予測しやすい。
持ってきて貰った本を漁る。眼を引いたのは、ピンク色の風船みたいな生き物が表紙の児童書だ。釣り上げられたピンクの化物が軍人に助けられて、人に化けて会いに行き、自らの鱗で作った防具で彼を援けるも、正体がバレて逃げ出す──…そんな話みたいだ。魚の化物だろうか。人に化けるなんておぞましい。化物に情けなんてかけるから化かされるのだ。そうなってはいけないという教訓の童話なのだろう。しかし何故化物をこんなに可愛らしく描くのだろう。
そんなことを考えていると、じわじわ眠たくなってきた。最近眼を使うと直ぐに疲れて眠くなってしまう気がする。これも報告しなくては。
間もなく、エイラの意識は落ちた。
眼が覚めると違和感があった。
とても久し振りな感覚。
ああそうだ。眩しく、ない。
この変質した左眼が、漸く光に慣れたのか。窓から外の様子を眺めてみる。
「………え」
眩しくはない代わりに、変なものが見えた。小さな小さな青色の、半分透けた犬のようなものが空中を駆け回っている。他にも、やはり半分透けた白い鳥や黄緑の虫が空を悠々と泳いでいる。
―――幻覚…?
その透け具合は魔術師が見せてくれた手品によく似ていた。
―――あぁそうか。私、まだ起きていないのかも知れない。
眼を擦ってベッドへ戻る。夢。きっと夢だ。色々あって疲れているから、こんな変な夢も見るかも知れない。
そうしてもう一度眠りに落ちる。次に目が覚めた時には、やはり世界は眩しくて、『変なもの』は見えなくなっていた。
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