01
イェソドは他国に比べ独自の発展を遂げている。高度な建築技術、精密な電子機器、道路や水道などの整備、法律の浸透。それらの技術を欲して、国外からの協力・研修要請は多い。しかし、イェソドは独善的で排他的な国である。技術提供に応じる利点がない、と頑として拒み続けている。唯一医術に秀でるケセドとのみ交易がある。
そこへ、なんとか捻じ込んだ。伝手を辿ってケセドの医療関係者を紹介して貰い、それなりの時間を掛けて親しくなった。そして漸く、イェソドへの行商に同行させて貰える事になったのだ。
「は~~~」
入国手続きと検査を終えて高い塀門を潜ると、中は一面の青だった。馴染んだ形の家は無く、やたらと背の高い、四角いばかりの建物が立ち並ぶ。道は平らに舗装され、ちらほらと馴染みのない機械が走っている。
街の中心には、入国前から見えていた、高く国を覆う壁よりも更に高い超高層建築物が天を貫いて聳え立っている。
(ぽっきり折れたりしないんだろうか)
天にも届く建築物といえばコクマにも巨大な塔があるが、あちらはもっと山のように裾が広く安定して見える。
暫く観光してから行商に合流すると、何やら慌ただしい様子だった。
「どうしたんだい?」
「往診を頼まれた。偶にあるんだ」
医療先進国の医療団体が来ているのだ。この機会に診て欲しいという患者はたくさんいる。それを逐一相手にしてはいられない。つまり、相手にするのは金持ちだけだ。そもそも彼らは薬や機材の行商をメインに来ているのだが、医師も同行しているし、ままあるこういった事態に備えて最低限道具は揃えてきている。
「しかし今回はレアケースだぞ」
先ずは、事前に「内々に」と連絡が来ていた。
「国外の者である事を見込んで」と。よくある事のように思えたが、何やらニュアンスの違いを感じていた。
ついで金額が異常だ。診察料にしては桁違いの額が前金として支払われた。
しかして、それらに対する疑念は患者を見て氷解した。
「なんだったんです?」
「………。先生さん、あんた確か塔の人間だったな」
丁度いい、と同行を促され、
「いや、我々にも専門というものがありまして。医療関係で僕がお役に立つとはとても…」
「あぁ、大丈夫だ。そっちに期待はしてねぇよ」
慌てて辞退しようとしたものの、結局連れていかれてしまった。
連れていかれた先は立派な豪邸だった。四角いばかりの建物とは違い、屋根があり庭がある、解りやすいお屋敷だ。奥にはやたら細く尖った屋根が見える。あれは個人用の礼拝堂で、裕福な家には大なり小なりあるものらしい。
家の主人に挨拶をして中へ入る。
「先生さん、患者はこの中だ」
「先生…ではこの方もお医者様で?」
「ぁー、いや違う。この人は、魔術師だ」
紹介を受けた主人も、紹介された本人も、その説明にぎょっとする。入国前から、中ではそうは名乗るなとしつこく言われていた。
「いいんですか、そんなこと言って」
「お互いに口は固い筈さ」
ね、とウィンクされた主人はあたふたと肯いた。
「外の方に頼るとは、そういう事です」
部屋の中は薄暗く、部屋の片隅には頭からすっぽりと布団を被って蹲る人影が一つ。
「エイラ、またお医者様達が来てくれたよ。こっちへ来なさい」
布団の塊は億劫そうに、または不審げに、よたよたと立ち上がってこちらへやってきた。
「娘のエイラです」
エイラと紹介された布団の塊は、恐らく、小さく会釈をした。
「…宜しくお願いします」
幼さの残る可憐な声。
「エイラちゃん、ごめんね。ちょっと患部をみせてくれるかな」
「…はい」
布団を払い、出てきた姿に言葉を失くす。
「先生さんはこんな症状、知ってるかい」
「…いや、聞いた事もないですね」
その言葉にエイラは瞳を伏せる。
「って事だからこの子を連れて帰りたいのさ」
聞いたこともない奇病とあっては、ちゃんとした施設で然るべき対応をしたいワケだが、難しいのはそこなのだ、と医師は言う。
「ケセドはイェソドに対し『医療』の面で交易を許されているんですよね?患者の連れ出しは禁止されているんですか?」
「いいや。過去にも数例ある。イェソドでは治せない病だと申請して、許可が降りれば連れ出せる。ついでにこれ自体はそう厳しい審査があるわけでもない」
では何が問題なのか。
「殺されてしまいます」
此方から問う前に答えたのは、蒼白な顔の父親だった。
「ころ…!?」
「この国には『人間』しか住んでない。異形に対しあまりにも過敏なんだ」
「申請には必ず『面会』があります。こんな姿を見られたら、必ず『悪魔だ』とされて処断されてしまいます」
そんな馬鹿な。と笑い飛ばすには、この場の雰囲気はあまりに重かった。大枚叩いて『外』の人間に助けを求めたのは、国内の人間に知られれば処断されると―少なくともこの家族は―信じているからだ。カーテンを閉め切った暗い部屋も、広い屋敷なのに使用人が見当たらないのも、そういう理由なのだろう。
(―あぁ、だから。『口が固い』、か)
沈痛な面持ちで俯くエイラの頭部に視線を落とす。その左側頭部からは、大きく捻れた角が生えていた。
左眼の周りの皮膚は赤黒く変色し、硬化して、こめかみの辺りから角になっている。捻れた大きな巻角に。左の眼球も異色と化して、確かに化け物と呼ばれても仕方がない有様だ。右半身の可憐さが更に異容を際立たせている。これまで全く普通の姿だったのに、ある日突然、短時間の内に変化したのだという。
「それで…どうするんです?」
「病の原因を探るにも角の―…暫定的に角と呼ぶが、これの切除を試みるにも、取り敢えずマルジュへ連れて行きたい」
それには『面会』を凌がなくてはならない。
「書類は適当にでっち上げられるが、問題はこの誤魔化しきれない外見だ。言い換えれば、外見が誤魔化せればどうにか出来る。なぁ先生さん」
「なるほど。それなら僕の専門ですね」
エイラとその父親が理解の及ばない顔をしている傍で、二人の異邦人は「どんな外見に見せたいか」の打ち合わせを始める。
勿論角は無し。眼球の色もいただけない。現実との乖離はなるべく少ない方がいい。白濁くらいにしておこう。皮膚も引き攣っている程度にしておく。
ああだこうだと言い合う度に、エイラの患部が変化していく。
かくして、「左眼周辺から側頭部にかけての皮膚疾患」という、言葉上嘘のない姿が出来上がった。
「こんな感じでしょうか」
「いいと思うけどなぁ、大したもんだ。ご主人、どうでしょう」
「これは…!?角は、な、治ったのですか…!」
興奮する父親に、エイラはきょとんとしている。
「落ち着いて下さい。残念ながら治ってはいないです。これは、幻覚ですから」
「幻、覚?」
はい、と頷いて指を鳴らす。するとあぁ、残念ながら醜く角を生やした娘の姿に戻ってしまった。
「光をちょっと弄って見え方を誤魔化すの得意なんです。受取手に施術するワケじゃないので不特定多数への誤魔化しにも有効です」
ふふんと胸を張っているが、この不審な魔術師の言を理解できる者は此処にはいない。
「それは、ずっとそう見えるようにしておく事は出来ませんか」
「う~ん。そうすると僕がくたくたになってしまうので」
申請が通って面会の日が決まったらまた来ますと告げて、医師と魔術師は屋敷を後にした。
『見え方を変化させる』。物自体を変化させる事なく、受容体側に変化を与えるでもなく、実物とは違うものを見せる。悪事に利用しようと思ったらこれほど便利なことはない。
たいしたものだと褒めはしたが、その力はかなり恐ろしいもののように感じた。まぁ当の本人は、それを娯楽に費やす事しか考えていないようなのだが。
あの金の髪に白い肌、青い瞳を持つ典型的なティフェレト美人の魔術師は、世界最大の学問機関に講師として籍を置く魔術師である。
そこは通称『塔』と呼ばれていて、所在地であるコクマ国を中心に世界中から優秀な学者・研究者が集まっている。当人たち曰く、魔術とは、世界の仕組み・万物の変化の法則を導き出し、人為的にそれを引き起こす事―というが、残念ながら万人に理解し得るものではない。
ようするにまぁ、イカレたほど頭のイイ奴らの集まりだ。そう認識している。
神頼みでなく、自身で技術を研鑽していく。そう言ってみれば、ケセドの医療とも近しいのかもしれない。実際塔で薬学と錬金を修めた者がケセドで薬剤師をしている事もある。
何はともあれ、今回幻術の得意な魔術師を同行させていて良かった。前代未聞の症例だ。今の処生命に別状はなさそうだが、他にどんな症状があるのかも調べてみないと解らない。
差し当たり、面会を乗り切れるか。それに掛ってはいるのだが。
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