第28話 仕事としての戦争

 男の年齢はいったい何歳なのだろうか。

 一見すれば、老人にしか見えない。

 だが、おそらく実際は、自分と10歳ほどしか離れていないのではないだろうか。


 隣にいる傭兵も油の乗った壮年の男といった印象だが、下手をすれば自分より若いかもしれない。

 この世界に来て、おそらく既に数年の月日が経ったが、それでも、自分が外見から判断する年齢と実年齢のギャップには未だに慣れない。


 だが、まあ・・それもいずれは気にならなくなるだろう。

 この世界の人々が抱く時間の感覚に、自分も除々に慣れてきているのだから。

 現に、自分がこの世界で正確に何年の月日を過ごしたのかすら、最近では真面目に数える気が失せてきている。


 時計すら滅多にお目にかかることができず、正確な年月を記録した書物すらない世界では、年月を気にする方が無理というものだ。

 そもそもにおいて、王国内どころか、都市の間ですら、用いている歴が違うのだ。


 だから、庶民はもちろん貴族階級ですら、今がいったい何年なのか正確に答えられるものなどいない。

 年月はおろか、日々の生活でも、今が何時なのか、誰も正確に把握などしていない。


 だから、人々は、太陽と月、星々の満ち欠けによって、大雑把に時間の流れというものを捉えているに過ぎない。

 そんな世界にいるのだから、今まで自分が抱いていた漠然とした時間の概念〜どこにいても、誰もが共有する普遍的なもので、常に今が何時なのかが頭の片隅にある〜が変わるものも当然かもしれない。


 もっとも、時間を意識する機会がはるかに減ったとはいえ影人は、この世界の住民と異なり、年月のことはときおり考えざるを得ない。

 なぜならば、影人には、未だに正確に時間を把握しなければならない必要性がいくつか生じているからだ。


 一つは、自分の残された時間、つまり寿命を把握するためだ。

 影人の寿命を決める最も大きな要因は、体内のナノボットがどれくらい正常に作動し続けるのか、それにつきる。


 体内のナノボットは、もといた世界ではオンライン経由で、常時その動作に異常がないかのチェックを受けていた。

 とはいえ、それはあくまでも万一に備えてのことで、エラーがないことが前提となっている。


 頭の片隅に残った記憶の断片では、ナノボットの機能は理論的には数百年は持つという情報をどこかで読み取った気がする。

 その記憶が正しいとすれば、まだ大分時間の猶予は残されているはずだ。


 だが、特定の情報を一切拡張していない原始的な脳で意識的に記憶する〜つまり親世代がやっていた、覚えるという行為〜ということをしたことがないから、自分の記憶力にはまるで自信を持てない。


 2つ目の理由・・・こちらの方がより重要なのだが・・・は、タリのように、ナノボットに適応できる人間を見極めるためだ。

 ナノボットを他人に移植した際に、その者が、ナノボットに適応できるか否かは年齢が決定的に重要になる。


 そのことは、この数年で何百人もの人間に、移植を試したことで、ようやく経験則的にわかってきたことだった。

 だが、この世界では、自分の年齢すら把握していないものがほとんどだ。

 かといって、影人の常識で判断する外見年齢は、あてにならない。


 結局、今はタリのようなこの世界の住民に、被験者の外見を見てもらい、年齢を聞いているのが、現状だ。


「いくつか・・・聞きたいことがあるのですが・・よろしいですかな?」


 老人に話しかけられて、影人の思考は一時中断される。

 老人は、一応遠慮がちな素振りを見せている。

 しかし、それはウワベだけで、実際には、好奇心を抑えられないといった表情が見え隠れしている。


「何でも聞いてください。ニロさんは、もうわたしたちの仲間なのですから。」


 ニッコリと笑顔を浮かべる。

 いかにも温厚そうな指導者の仮面を演じるのもこの数年で、大分慣れてきたことの一つだ。


「では・・・失礼して。まず、この街を巡回していた者たち。彼らは傭兵なのですかな?なんというか・・・私が知っている傭兵たちとはだいぶ雰囲気を異にしていたもので・・・どうしても気になりましてな・・・」


 この老人はやはり頭がキレるようだ。

 街の警護をしている兵たちの様子を抜け目なく観察し、その際に違和感を感じて、彼らが他の街のような傭兵たちではないことに気付いている。


 タリにいじめられていた隣にいる長身の傭兵は、ようやく普段の調子を取り戻したのか、老人の話しには興味がなさそうに飄々とした顔を浮かべて、庭の方を向いている。

 だが、その実、男は、一言も聞き漏らすまいと、こちらの方に注意深く耳をそばだてている。

 この傭兵もなかなか使えそうだ。


「ああ・・・それはそうでしょう。彼らは、傭兵ではありません。この街に住んでいる市民から成る常駐の兵ですから。」


「・・・それは!・・本当ですか!この街は、傭兵に頼らずに、自ら兵を組織していると・・」


 老人は予想した通りに、かなり驚いているようだ。

 傭兵の男も、顔にこそはあからさまな表情を出さなかったが、体をピクリと動かして、驚きを隠せないといった様子だった。


 それも当然だろう。ケナスのような力のある都市ですら、兵を自前で持ってはいない。

 だから、いざ都市間で紛争が生じた場合にも、まずは傭兵を雇い、兵を揃えなければならない。


 だが、傭兵はもともと金で雇われているに過ぎないから、自分の命を危険に晒してまで、闘う気はサラサラない。

 だれだって、避けられるのならば、金を稼ぐために、命を賭けたくはない。

 だから、ここらの都市間の争いは、たいてい無駄に時だけが経ち、本当の戦闘は滅多に行われない。

 

 傭兵を雇用する者にとってさらに厄介なのは、彼らが独自のネットワークを持っていることだ。

 彼らは、不文律の様々な掟を共有し、それらの決まりを守ることを各傭兵たちに求める。

 そして、掟を犯した者たちは、傭兵たちのコミュニティから容赦なく追放される。


 彼らはいわば、一種の職人集団、ギルドのようなものだ。

 ただし、傭兵たちのネットワークは、一般の職人ギルドよりも、ずっと広範囲に及び、街をまたいだ繋がりを持っている。

 

 たとえ、まったく見知らぬ街に行ったとしても、傭兵内の然るべき人間の保証があれば、彼はそこで、傭兵たちのコミュニティから、様々な便宜を受けることができ、最低限の食い扶持は確保することができる。


 これほど各地に根を張る広いネットワークを持っている集団は、教会を除いてほとんどいない。

 傭兵たちが、これほどの強固な繋がりを維持できたのは、彼らが一般の社会で、煙たがれ、蔑視されていることが原因なのかもしれない。


 社会から後ろ指を刺される少数派だからこそ、生き抜くために、はぐれ者同士で、団結せざるを得なかったのだろう。

 いずれにせよ、たとえ赤の他人であっても、「傭兵」である以上、彼らは、強い仲間意識を持っている。


 つまり、仕事上、一応敵対する関係になったとしても、それは一時的なものであり、彼らの根底には同じ仲間だという意識がある。

 そんな彼らが、外側の人間たち、貴族、王、聖職者といった自分たちとはまるでかけ離れた存在である権力者たちの争いのために、本気になって、仲間同士で戦闘をする訳がないのだ。


 自治都市が乱立するこの地方では、紛争、戦争の類は年がら年中起きてはいるが、その割には傭兵たちの戦死率は驚くほど低い。

 つまるところ、ほとんど八百長の戦闘ばかりという訳だ。


 そういう訳で、傭兵頼みの戦争しか行うことができないこの地方の都市は、たとえ、金銭的に潤っていても、なかなか領土を拡大することができない。

 そして、たまたまある戦争に勝利して、勢力を一時的に拡大することはあっても、決してその攻勢は、長続きしない。


 傭兵たちにとっては、一つの都市が、この地方一帯を支配するほどの力を持つことは、争いがなくなることを意味し、それは、仕事がなくなること=食えなくなることと、同意義なのだ。


 傭兵たちは、それを心得ているから、どこかの都市が勝ちすぎたのなら、その都市から離れて、別の側の都市につく。

 そうした傭兵たちの行為によって、この地方は長年、奇妙な勢力均衡状態が保たれている。


 むろん、権力者の側も、そうした傭兵たちの問題点に気付いていて、なんとかしたいと考えている。

 しかし、傭兵なくしては、都市はおろか、王国ですら戦争を行うことができないのが、実情だ。


 たとえ名目上であっても広大な領土を所有し、主従関係にある騎士を多数抱えている王ならば、なんとか数千人規模の兵士をかき集めることはできるかもしれない。

 だが、騎士とて、自分の所領がある身だ。

 物語のように忠誠心を持ち、意気揚々と主の元に馳せ参じるという訳ではない。


 騎士と王の関係は、もっと、合理的、そう皮肉にも、影人がいた世界の雇用関係、いやライブラリで見た昔の会社と・・・セイ社員という人々の雇用関係に似ている。

 つまり、騎士は、一定の労働〜兵として収集に応じる〜をする代わりに、王は、原則、彼らの生活全般の面倒を継続的に負うこと〜騎士の永続的な所領安堵〜を約束する。


 だが、そうした雇用関係が、今ではオンラインのライブラリの中でしか見られない歴史の遺物になったように、この方式は最適という訳ではない。

 要は・・・彼らは、決められた日数は、会社に行くけれど、しっかりと働いてくれるかは、わからないという訳だ。


 一時的に収集に応じても、数週間遠征に帯同すれば、義務は果たしたとばかりに、さっさと自身の所領に戻ってしまう。

 それに、もし騎士が、戦場で相手方の人質にでもなれば、王は、主として、解放のための交渉をして、金を払わなければならない。


 王がそのことに文句を言いたくても、そこまでの力はない。

 王は、無数にいる諸侯の中で一定の支持があり、少しばかりの歴史と権威を持っているだけの存在に過ぎない。


 王が、これまで続いてきた騎士と王の関係を踏みにじる行為、例えば、長期にわたっての遠征を強行し、騎士たちを無理やり引き回したり、身代金の支払いを拒めば、その王の支持はなくなり、いずれ諸侯の誰かに寝首をかられる羽目になる。


 結局のところ王であっても、いざ兵を動員するとなれば、昔の雇用関係なみに様々な制約に縛られるという訳だ。

 当然、王は、〜かつての企業がそうであったように〜もっと制約がなく無制限に使える兵を求める。

 そのニーズに応えたのが、傭兵たちという訳だ。


 傭兵たちは、金さえ出せば、いつまでも戦闘をしてくれるし、彼らに対して、王は何らの義務も負わない。

 士気の問題を除けば、兵としての練度も年がら年中、戦をやっている傭兵の方が、騎士よりもマシなくらいだ。


 それに、彼ら傭兵たちは悪評がむしろ商売の糧になる輩だから、騎士のようなメンツに拘る必要もなく、卑怯だとか、神の教えに反するだのといった批判をものともせずに、単純に敵を倒すために最も合理的な戦い方をする。


 だから、傭兵たちを中心に構成された軍は、当初騎士のみで構成された軍に対して、圧倒的な戦果を誇った。

 となれば、当然相手方も、傭兵たちを雇うことになる。

 もちろん、騎士たちは、身分の低い傭兵たちが自分たちの代わりを務めることに、反対した。


 だが、騎士たちの本音のところでは、むしろ主が行う戦争の兵からお役御免になることを喜んでいた節がある。

 戦争に帯同する費用は、決して安くはないのだ。

 馬、武具の調達、管理、それらの面倒を見る従者たちの生活全般の費用、それをまかなうのは、騎士たちにとっては、頭が痛い問題だった。


 騎士たちも、それぞれ近隣の騎士たちと所領を巡って、日々小競り合いをしている。

 王が、自らの権威を誇示するために行う大言壮語な遠征〜異教徒を成敗するためだとか、神の威光を蛮族の地に広めるだとか〜に付き合っている暇はないのだ。


 だから、騎士たちにとっては、傭兵たちが、王の勝手きままに行う遠征の兵を代わりに努めてくれるというならば、ありがたい話しなのだ。

 需要と供給は一致した・・とばかりに、あっとういまに、戦場の主役は騎士から傭兵へと変わっていった。

 そして、今に至るという訳だ。


 一度、変化が起きてしまいその利点に気づいてしまえば、たとえその後に多少の問題点に気付いたとしても、もう元に戻すのは難しい。


 コンピュータが生体データに基づいて計算した答えに従うような不自然な行為は辞めて、自分の自由意思で、人生を自然に選択しよう・・・と言っても多くの人は、そんな馬鹿げたことには従わないように。


 戦争をするためには、いくら欠点があろうとも、今や傭兵を使うしかない。

 そもそも、新興勢力である都市は、いくら商売で稼いで、金を持っていても、その成り立ちからいって、騎士たちすらいないのだ。

 いざ戦争となれば、完全に、傭兵に頼らざるを得ない。


 都市には数千人という規模の住民たちが、住み着いていて、その人の数は商売をする上では、強みになる。

 しかし、軍事面ではたいして役にたたない。

 要は、彼ら住民たちは、兵としてはまったくあてにはできないのだ。


 自らの街を守るために、兵になってくれと権力者たちがいくら頼んでも、誰もそれに答えるものはいないだろう。

 彼らの大半は、農村よりは、生活環境が比較的マシだから都市に住んでいるだけだ。


 食い詰めない程度の金をなんとか稼ぐことができて、周辺の騎士たちに略奪されるのを日夜心配しないでも済むから、都市にいるのだ。

 つまり、実利があるからいるだけで、自分たちの都市が存亡の危機に陥っても、敵兵が街にやってくる前に、さっさと逃げ出すだろう。


 そもそも、自分たちの街・・という意識があるのは、一部の権力者たちだけであって、大半の住民たちは街にそんな大層な帰属意識などない。

 

 そうかつての、ニザンのように・・・

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