第6話 見世物と異世界

 ガラは、人がごった返して押し合いへし合いになっている中、強引に「どけ。邪魔だ」と前にいる人に体ごと覆いかぶさり、無理やり隙間を作って、その中に自分の体をねじ込んでいる。

 当然、そんなことをされて、黙っているほど礼儀正しい人間はこの街には・・いやこの世界にはいない。「何するんだ。この野郎」とケンカさながらの事態になる。

 何もガラだけが、この乱暴な割り込み方法を特別やっているという訳ではない。あちらこちらで同じように、我先にと前に出て、見世物を見ようとする輩がいて、人垣の中はほとんど乱闘騒ぎになっていた。

 何度かの取っ組み合いを経て、ガラはようやく最前列まで躍り出ることができたようだ。影人も、そうした混乱に乗じて、人の隙間にうまいこと体を滑らせて、最前列まで出ることができた。

 最前列まで行くと、武装した数人の男たちが四方に立ち、前に出ようと興奮している観衆たちを力まかせに止めようとしている。これら兵士たち数人が大通りの中心部を取り囲み、百平方メートルほどの空間が出来上がっていた。

 観衆は、食べ物を前に「待て」をされている獣のように、これから始まる見世物が待ちきれないといった様子で殺気立っていた。

 しばらくすると、兵士たちに取り囲まれている広場の端にある建物から、男たちが数人出てきた。彼らは武装しておらず、影人たち観衆が着ている粗末な服とは違い、様々な宝飾がなされた服を着ていた。

 これほど手の混んだ高価な服を着ているということは、どうやら彼らは、かなりの権力者、おそらく街の評議会の面々だろう。

 評議会の面々は、兵士たちに警備されながら、空間の中央までゆっくりと歩き、立ち止まる。

 観衆たちは、評議会の登場に最初は一層騒がしくなったが、彼らが、中央に近づくにつれて、徐々にその騒ぎも収まっていった。

 真ん中に居並ぶ評議会の一人が、一歩前に出て、大声を張り上げる。

「諸君!我々評議会はこの度、諸君らの栄誉あるこの街の名誉を著しく侮辱していた男を捕らえた。」

 評議会の仰々しい発言に、あちらこちらで興奮した声が上がる。評議員たちが、自分たちが出てきた建物の方を示し合わせたように振り返る。それが合図となっていたのか、その建物から二人の男が出てきた。

 二人とも、異様な格好をしていた。一人は、顔一面がズタ袋のようなもので覆われていて、口と目の部分がわずかに露出している。もうひとりは手枷をされ、ボロ布をまとっている。さしずめ執行人と囚人といったところだろう。門外漢の影人でも、これから行われるであろうことがにわかに頭に浮かんできた。

 観衆たちにも、見世物の内容がはっきりとわかったのか、あたりはより一層罵声と歓喜で騒がしくなってきた。

 後ろを執行人の男が歩き、囚人の男は、その前をノロノロと力なく、評議員たちがいる中央に向かって、歩かされていた。観衆は、日頃の鬱憤を晴らすかのように、「この野郎!」「クソ野郎!」などと囚人に向かって、口々に罵り言葉を浴びせかける。

 観衆たちは、いつも街で見る疲れ切った表情とは打って変わって、嬉々とした笑顔を浮かべていた。

 観衆の前を歩く囚人は、意外にも恐怖で歪んだ表情を浮かべている訳ではなかった。それどころか、興奮している観衆たちとはうってかわってどこか穏やかな表情を浮かべている。

 広場の中央まで来た囚人は、居並ぶ評議員たちの前にひざまずいた。評議員は、囚人を一瞥した後、観衆たちに向き直り、どこか芝居じみた口調で、再び声を張り上げる。

「我らが定めし世俗の法、我らの偉大なる神の代理人たる教会が定めし法。この者は世俗の法に反した罪でこれより、この男の処刑を執り行う。なお、偉大なる神の御慈悲にて此度は断首刑とする。」

 評議員のやたらと形容詞が多い長ったらしい宣言がなされると、観衆の興奮は最高潮に達したようだった。「やれ!」「殺せ!」「はやくしろ!」と、先ほどよりさらに物騒な文言があたりに飛び交う。

 評議員たちは、執行人と囚人たちから離れて、広場の脇へと退場する。その様は、まるで、芝居の一コマを見ているのかと錯覚してしまうほど、段取りがしっかりとなされていた。観衆の注目を一心に浴びることになった執行人は、近くにいた兵士から、大ぶりの斧を手渡される。

 脇にいる評議員たちが、執行人の方を見て、静かに頷く。それが執行の合図だったようだ。

 執行人が斧を高らかに持ち上げて、囚人の首を目掛けて振り下ろす。


 観衆の短い歓喜の雄叫びがあたりに木霊した後、すぐにその歓喜は罵声と嘲笑へと変わっていった。彼らは、ニヤニヤしながら、「この下手くそ!」、「俺に替われ!」と執行人を罵っていた。

 影人は、執行の瞬間、思わず目をそらしてしまったので、観衆が何を言っているのかはじめはよくわからなかった。だが、囚人を見れば、彼らが何を言わんとしているのかは明らかだった。

 囚人の首はまだつながっていた。いやそれどころか、「うぐう!!!」と今まで聞いたこともない奇妙な叫びとも悲鳴とも呼べぬ音を出しながら、体をよじりながらのたうち回っていた。

 観衆たちにとっては、囚人のその様子は心底可笑しいものだったらしい。みな大声を上げて、嘲っている。執行人は、観衆の罵りに少し慌てた様子で、懐から短剣を取り出し、暴れている囚人の首元に突き刺す。

 囚人は一瞬、体をばたつかせると、そのまま動かなくなった。囚人の絶命を合図にしたかのように、観衆たちの熱気は急速に失われていった。ものの数分もしないうちに、人でごった返していた空間も、まばらになってきた。


影人が、しばし呆然とその場に立ち尽くしていると、ガラが何食わぬ顔で声を掛けてきた。

「今日のはイマイチだったな。にしても、あの執行人はとんだ素人だな」 

 スポーツ観戦をした後に選手のパフォーマンスを話すようなガラの態度に対して、どう反応してよいかわからずにいた。

 影人は何も答えずに、閑散となった広場の方を向く。ちょうど、執行人たちが、囚人の亡骸をゴミでも回収するかのように、大きな布に包んで、持ち運ぼうとしているところだった。返事がない影人に、しびれをきらしたのか、背中からガラの声が聞こえた。

「・・・俺はもう行くから娘の件は、頼んだぞ。お前の腕なら問題ないと思うが、一応用心しろよ。」

 この世界の住民の見た目は、みすぼらしくて汚らしいとはいえ、影人がいた世界の人々と基本的には変わらない。当然だ。同じ、人なのだから・・・

 しかし、それにも関わらず、影人の心は、彼らのことを自分と同じ知性ある人間と認めることを拒んでいた。それほどに、影人が持つ価値観や倫理観と、この世界の住民の持つそれは違っていた。彼らが、人に化けたエイリアンだと言われた方が、はるかにしっくりくる。

 得体のしれない気持ち悪さが全身に沸き立つ。

 影人は、何事もなかったかのように、いつもどおりの様子に戻った大通りで、強烈な孤独感に全身を襲われて、一人立ち尽くしていた。

 

 ガラの娘の家までの道のりは、順調だった。門の外で単独で行動するということに対して、不安と緊張を覚えるだろうと影人は予測していた。だが、そういった感情は意外にも湧き上がってこなかった。

 おそらくそれよりも、先ほどの見世物が影人の心に与えた衝撃の方が大きかったからだろう。街道を歩いている途中、影人の頭の中を占めていたのは、観衆のあの嬉々とした顔だった。

 あの群衆たちの生き生きとした顔を思い出す度に、街道で野盗たちに襲われるのではという心配など些細なことに思えるほど言いようのない不安感に襲われてしまう。

 ガラも彼らと同類なのだ・・・ 

 そんな思いに苛まされていると、昨日はあれほど長いと思っていた行程も、あっさりと踏破していた。いつのまにか、街道から離れた遠くの方に昨日のボロ家が視界に入っていた。

 街道から外れて、藪の中に入った段階でようやく目の前のことに意識が向くようになったのか、影人の脳裏にある疑問が生じた。

 影人一人が家にたずねてきて、あの少女は驚かないだろうか。昨日初めてみた男が何の前触れもなく隠れ住んでいる家に来たら、かなり警戒するのではないだろうか。

 そんな当たり前のことに今さらながら気付き、藪を掻き分けて進む中、どうしたものかと考えをめぐらせる。

 野盗と間違えられて、逃げられたり、抵抗されたりしたら、それこそ困ってしまう。むろん自分の素性を証明するような都合の良い代物は当然身につけていない。

 結局、考えあぐねて、出した答えは、何のひねりもない単純なものだった。影人は、藪から這い出て、家の前にたどり着くと、一呼吸置いた。

「あの・・突然すいません・・昨日お父様と一緒にいたものですが・・・お父様から頼まれて、物を届けにきたのですが・・・」

と、家の前でありったけの大声を張り上げる。しばらく待ってみるが、家の中からは何の反応もなく、あたりは虫と鳥の鳴き声しか聞こえない。

 もう一度、声を張り上げようと思っていたところで、ガタついた玄関の扉が開き、中から少女が出てきた。

 一瞬、昨日の少女と別人かと見間違えてしまうところだった。昨日と服装がまるで違う。先ほどの評議員ほどではないが、模様が描かれた色鮮やかな服を着ていて、肌もやけに露出している。

 街で歩いている女性を見る限りでは、その服装は、基本的に肌の露出を必要最小限にとどめている。そして、長く着られれば良いという実用重視で、色という色もないに等しい地味なものがほとんどだ。いつも街で目にする女性の格好との違いに目をしばたたかせていると、少女の方から話しかけてきた。

「影人様ですね?お待ちしておりました。今日はこんなところまで、わざわざお越し頂きありがとうございます。」

 少女はうやうやしく、影人にお辞儀をする。本当に別人ではないのかと影人は今一度マジマジと少女を見つめてしまった。それほど、服装はもちろんのこと、少女が醸し出す雰囲気も異なっていた。非常に明るく、快活な印象を受ける。ガラの背中に隠れて、疑り深くこちらを見ていた少女と同一とはとても思えない。

 それに・・・昨日の地味な服装の時でも、外見の美しさは見て取れたが、艶やかな服装に着飾り、表情豊かに微笑んでいると、余計にその美貌が際立って見える。

「あ・・・はい。影人といいます。ガラ・・・いえお父様から頼まれまして・・・」

 少女は、影人の失礼ともとれる不躾な視線にも、不快な表情を一切見せずに、慣れた様子で、微笑を浮かべている。

「父からうかがっております。どうぞ中に」

 少女は、たっぷりと相手に自分を鑑賞する時間を与えるかのように、しばらく間を置いた。そして、先ほどと同じようにやけに畏まった言葉を話し、影人を家の中へと招き入れる。

 言葉だけはなく、その振る舞いもやけに仰々しい。少女から視線を外して、室内を見渡すと、昨日と同じように、大半はホコリまみれだったが、様子が少し異なっていた。部屋の隅に横になっていた椅子や机が、動かされていて、中央にしっかりとセッティングされている。

 少女は、「どうぞお座りください」と椅子の方に片手を広げる。影人は、「あ・・はい」と案内されるがままに、椅子に座る。影人が席に着くと、少女も、対面の椅子に座る。

 テーブルの大きさは、せいぜい縦横一メートル程度なので、少女との距離はかなり近い。この距離で、顔を向き合わせたままでいるのは、ずいぶんと気恥ずかしいものがある。

「・・・あの・・・これが持ってきたものですので・・・」と、背負っていたズタ袋をテーブルに置く。

「ありがとうございます。では・・これ・・・父に渡してください。」

 少女が、テーブルの隅にある布切れのようなものを影人に渡す。貰った布切れを見てみると、文字と記号が刻印されている。なるほど・・・受領の証か。つまり、影人が、荷物をちゃんと運び届けたかどうかの証明書になるという訳だ。

 確かにそういう証がなければ、仕事をしっかりと行ったのかどうか確認のしようがない。影人が、街で酒を飲んで、何食わぬ顔で、日暮れにガラの下に来て、仕事をしたとうそぶいても、それが本当か嘘かはわからない。

 ともあれ、これで、仕事の半分は終わった。日が高いうちにさっさと街に戻ってしまおう。

「・・・では。これで失礼します。」

布切れを手に取り、席を立とうとする。

「ちょ、ちょっと・・・待って・・お待ちください・・・」

影人の行動は少女にとって予想外だったのか、慌てた様子で、引き止める。

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