日本人転移者シャイニングブルー武本勇利さんと英雄カール・ゴッチ



 プロレスが大好きなお爺ちゃん。


 僕は、プロレスの神様に会いましたよ。

お爺ちゃんの持ってる、古いプロレス漫画に出てくる人達よりも、ずっと昔のプロレスラーで、大きな身体で怖い人なのかな? って最初は思っていたのですが、とても紳士な方でした。


 お弟子さんは、すごく変わった人だったのですが、とても良い人そうに見えました。


 受験で忙しかったので、誘われても行けませんでしたが。

日本に帰ったら、夏休みにプロレス観戦に連れて行って欲しいです。


  当時の風間拓斗の心の声を一部抜粋。




 若松先生の猛特訓を、何とかこなして修練場の床に寝転んだ。


 僕が吐いたカレーチャーハン味のゲロは、若松先生が片付けてくれた。申し訳ないです。


「風間君。どうだった? 吐くまで動ける体は。」


 そんな事を言われた。


「思いっ切り動けるって、最高です。」


 何年ぶりなんだろう、思いっ切り走ったのも、思いっ切り飛び跳ねたのも、転んだのも。


「そう、それなら良かった。飲み物を取ってくるから少し待っててね。」


 技能講習が終わった途端、若松先生は凄く優しくなった。

 講習中は、ずっと鞭をビシッビシッて鳴らしてて、怖かったけど。


 そんな若松先生が、飲み物を取りに行ってくれてる間に、黒髪でタレ目がちなムキムキの白人さんと、少しぽっちゃりした背の高い男の人が修練場に入って来た。


「Hey!ユーリ。するよトレーニング。スクワットから始めよう。」


 うわあ、凄く陽気だ。

ギャグ漫画で出てくる陽気な外人さんだ。


「はい!師匠。スクワット1万回始めます。」


 服を脱いで、タンクトップとスパッツだけになった、ぽっちゃり系男子がスクワットを始めたんだけど、1万回?


「Hey!ユーリ。1回毎にフォームを修正して。」

「はい!師匠。」

「Hey!ユーリ。1回毎に全身のマッスルを意識して。」

「はい!師匠。」

「No!ユーリ。そうじゃない、もっと激しく。そして繊細に。」

「はい!師匠。」


 え〜と、なんと言えば良いのか。

スクワット1回毎に、アドバイス1つとでも言えば良いんだろうか?


「Yes!ユーリ。それだよ。そのフォームを維持して。」

「はい!師匠。」

「No!フォームが崩れた。右手の指先が違うよ。」

「はい!師匠。」


 指先って、スクワットに関係あるのかな?


「Hey!ユーリ。飛び上がったらダメよ、地面から足は離さなーい。」

「はい!師匠。」

「Hey!ユーリ。もっと背中を意識して。もっとお尻を意識して。」

「はい!師匠。」


 そんな感じでアドバイスを受けながら、延々とスクワットをしてる、ぽっちゃり系男子の日本人。

 手首から先と首から上が日焼けして真っ黒なのに、体は白くて、Tシャツを着てるみたいだ。


 アドバイスをしてる陽気な外人さんも、ユーリと呼ばれてる日本人と一緒にスクワットをしてるんだけど、毎回同じフォームで、毎回同じように筋肉が膨れ上がって、毎回同じタイミングで上下してるように見えた。


「Hey!ユーリをその調子だよ。そのまま維持して。全身を意識して。」

「はい!師匠。」

「Yes!ユーリ。Excellent!」

「Thanks!師匠。」


 そんな2人に触発されて、僕もスクワットを始めた。

喉はカラカラで、足もプルプルしてたけど、2人の声を聞いてたら、なんか楽しくなってきた。


「Hey!ユーリ。あっちのBoyもスクワットを始めたよ。ユーリは負けちゃダメね。」

「はい!師匠。負けません。」

「Hey!ユーリ。Hey!boy。二人とも1つ1つの筋肉に力を入れて。」

「はい!師匠。」

「はい!」


 なんか僕までアドバイスを貰ったし、僕も返事をしてしまった。

でも……


 若松先生の猛特訓を受けてた僕は、すぐに足が動かなくなった。


「Hey!ユーリ。Youの勝利だよ。そのまま自分に負けちゃダメ。Fight!」

「はい!師匠。」


 座り込んだ僕に親指を立てて、いい笑顔をしてくれた黒髪の白人さん。

 僕の方にまで気を回す余裕が無い、ぽっちゃり系男子のユーリって呼ばれてる日本人。


 若松先生が飲み物を取ってきてくれるまで、何回こなしたのか分からない程に、ずっとスクワットをしていた。



「お待たせ風間君。あら、カレルと勇利君じゃないの。Hey!カレル。」


「Oh......フーユー!ヤバいね、ユーリ!Meは逃げるよ〜。」


 え?どういう事?若松先生を見てカレルって呼ばれた白人さんが逃げ出しちゃった。


 猛ダッシュで……


「若松先生!御指導よろしくお願いします。」


 逃げ出したカレルさんの代わりに若松に指導を頼んだ勇利さん、息切れして凄く辛そうなのに、笑顔でお願いしてる。


「分かったわ、少し待ってね。風間君、はい、ポーション。」


 そう言って、若松先生が僕に小さな瓶を渡して、勇利さんの指導を始めた。


 スクワット1回毎に、鞭をピシッと打ち鳴らすのが凄く怖かった。



 そんなスクワットだけど4600回くらいで、ぽっちゃり勇利さんが気絶して終わったんだ。


「勇利君。昨日の貴方を超えたじゃないの、おめでとう。」


 そう言って若松先生が、勇利さんの手首を掴んで引きずって修練場の隅まで連れて行ってくれてた。


 身長150ちょっとの細身のおばちゃんが、背の高くてぽっちゃりな勇利さんを引き摺れる物なのだろうか? だけど……


 床と擦れてる部分が凄く痛そう。


「風間君、さっきのがノースタウンの特級ダンジョンボスのカール・ゴッチよ。イケメンだったでしょ?」


 若松先生の目付きがヤバい、獲物を見付けた猛禽類の目になってる。


「凄いテンションの方でしたね。スクワットのフォームが凄く綺麗だったのも驚きましたけど。」


 それにしても……


「でも勇利さんって生きてるんですか? 突然崩れ落ちましたけど。」


「限界を超えて、自分の体をいじめ抜いてるからね。彼は彼で大きな目標があるみたいだから。」


 そんな話を若松先生としてたら、キツそうな性格の女の人が修練場に入って来て、勇利さんの脇腹を蹴って起こしてた。


「あんた生意気に気絶して家事を疎かにするってどう言う事? さっさと起きて洗濯しなさいよ。」


「ああ、すまないね。直ぐに動く。」


 凄い剣幕で怒ってた女の人が僕や若松先生を睨みつけながら、修練場からズカズカ出て行ったんだけど、勇利さんは重そうに体を動かして、僕に挨拶までして行ってくれた。


「シャイニングブルー・武本 勇利だ。初めまして少年。」


 疲労困憊なのに、いい笑顔でサムズアップして。


「風間 拓斗です。武本さん宜しくお願いします。」


 そう答えたら……


「NO!シャイニングブルー・武本 勇利だ。間違わないで貰えるかな? 愛称で呼びたいならシャイニングブルーと呼んでくれよ。」


 凄く丁寧な人かと思ったら、少しだけウザかった。


「風間君。今日の講習は終わりだから、私は勇利君に付いて行くわ。少しだけ心配だもの。」


「はい!お疲れ様でした若松先生。次も宜しくお願いします。」


 そう言って1人で修練場に残ったんだ。

残った理由ってのが、さっきから修練場の反対側の出入口の所から、顔だけ出してるカール・ゴッチさんと権之助師匠が居たから。


「冬子さんは帰ってこないよな? ビックリしたよ、まさかこんな所で出会うなんて。」


「ホントにじゃ、若松女史に出会うなんて、にも程がある。」


 どういう事?若松先生って何者だ?


「拓斗。こやつがカールじゃ。カールおじさんと呼んでやれ。」


「No!ゴン。本名はカレルね。だからカレルおじさんって呼んでくれたまえ。ハッハッハ。」


 勇利さんより勇利さんの師匠の方が、ずっとウザかった。


「カレルさん、初めまして。風間 拓斗です。宜しくお願いします。」


 握手を求めてみた、だって外人さんってじゃなくてなんだよね?


 そしたら……


「Hey拓斗。よろしくね!」


 と言われて、ベアハッグ的な感じの体勢で頬にキスをされた。


「それを若松女史にやってしもうてのう。ことある事にオシオキされてしまうのじゃカールは。」


「拗らせたバージン程キツイのは無いね。」


 若松先生の、そんな情報いりませんでした。


 どれいっちょと言って、権之助師匠とカレルさんが模擬戦をやるってなった。


 あれ?師匠ってプロレス出来るの?


「なんでもアリ。武器の使用だけダメ。」


「わかっとるわい、身に寸鉄も帯びちゃおらん。」


 カレルさんはブリーフとリングシューズ、師匠はふんどし1枚……


 最初は5mくらいあった2人の距離が、じわじわと2mくらいまで縮まった所でカレルさんが仕掛けた。


 低い体勢からのタックル。

それを避けようともしない権之助師匠。

そして、師匠が1歩踏み込んだ。


 ゴリッって音がしてカールさんの顔面に師匠の膝がめり込んだと思ったら、そのまま師匠の脛を握ったカレルさんが、身体ごと一回転して、へし折りに行った。


「ふんっ!甘い。」


 師匠も自分から飛んだのか回ったのか分からないけど、カレルさんと一緒に一回転して、カレルさんの後頭部に肘を叩き込んでた。師匠の体って柔らかいな。


 だけど……


「アマーい!」


 どうやって後ろに回り込んだのか、僕の目には見えなかった。

一瞬で師匠の背後に回ったカレルさんが、師匠の腰に両手を回して……


 グシャッて音がして師匠の後頭部が床に叩き付けられた。


 その時の技は、ジャーマンスープレックス。


 体育の授業が自習の時に、マットの上で気絶するまで、延々と同級生達にされ続けた事はあるけど、見たのは初めてだった。


 綺麗な放物線を書いてぐるっと回った師匠と、叩き付けた後も綺麗なブリッジを維持したままで、全く体勢の崩れないカレルさん。


「凄い……。」


 そんな言葉しか出なかった。


 だけど……


「No!ゴン。ティムポはダメよぉ……。」


 床に叩きつけられて負けたと思った師匠の左足の指が、カレルさんの大きなカレルさんを親指と人差し指で掴んでいた……


「両手で受身を取らなんだら、死んどるわ!なんて技を使いよる!それに竿を握り潰しただけじゃ。ポーションで治るわい。」


 後頭部に大きなコブを作って痛そうにしている師匠と、カレルさんの大きなカレルさんを両手で抑えるカレルさん……カオスひきわけらしい


 そんな2人のやり取りも、アマリエッタさんが見に来てくれたから終わっちゃったんだ。


「拓斗、ワシらは飲みに行ってくる。飯食って風呂入ってポーション飲んで寝とけ。」


 そう言って3人でどっかに行っちゃった。

でも言われて気付いた、左手にポーション瓶を持ったまんまだ。


「とりあえずご飯食べに行こうかな……」


 1人で社食でご飯を食べた。今日の夜ご飯は背脂ギトギトの豚骨ラーメンの大盛り。


「大盛りを食べきれた。ふふっ。」


 うっぷってなりながらだったけど、初めて大盛りを食べきれて嬉しかった。


 その後に部屋に帰って着替えを持って、お風呂場に来たんだけど、武本さんシャイニングブルーも来てた。


「さっきはどうもですシャイニングブルーさん。」


「おお!タクトん。さっきはどうもだ。情けない姿を見せてしまったね。」


 すっぽんぽんで前を一切隠さ無い勇利さんは、意外と筋肉質って言うのかな? 足とか腕とか張りがあるんだよな。


「情けない姿っていったい?」


「プロレスラーは、ファンに弱い所を見せちゃいけないのさ!まあ私のこだわりだ。気にしないでくれ。」


 そう言って豪快に笑った後に、湯船に飛び込んだんだけど……。


「あっつううううう!誰だ湯船を50℃に設定したやつは!」


 なんて言いながら、冷たいシャワーを浴びようとして……


「ひゃーーー!こっちは氷水じゃないか!誰だこんなイタズラしたのは。」


 入口を見たら、ロキ様がニヤニヤしてた。

多分あのかみだな。


 首から下は真っ赤なんだけど、唇は紫って言う不思議な状態になった勇利さんと2人でお風呂から上がって、脱衣所で渡されたポーションをフルーツ牛乳みたく一気飲みしたんだ。


「オロオロオロオロオロオロオロオロ。」


「タクトん! 飯の後の下級ポーションはダメだ!」


 時すでに遅し、さっき少し無理して汁まで飲み干した豚骨ラーメンが殆ど出て来た。


「まずぅぅぅぅ。」


「そりゃそうだろ。下級ポーションなんて半分はで出来てるんだぞ。」


「優しさじゃないんですか?」


 口の中に豚骨ラーメンと、その前に食べたカレーチャーハンの味がミックスされてて、そこにポーションの味が混ざってえぐかった。


「そんな優しい世界じゃないさ。優しくなるのは探索者になってからだ。」


 ゲロを片付けて、もう一度風呂に入り直して、1人で部屋に帰ってきたら、師匠達も帰ってきてた。


「拓斗。おぬしホントにポーション飲んだのか? あれはかけるだけで効果があるんじゃぞ。」


 歯磨きしたけど、匂いが残ってる気がする僕の表情を読んで、師匠が教えてくれた。


「若松先生に騙された。」


「そりゃ若松女史じゃからのう。」


「冬子って、真性のドSだもんね。今頃ほくそ笑んでるわ。」


 早く教えて下さいよ。


 その後は、部屋に戻って寝た。でも少しだけ、布団が掛けてくる状態異常が弱くなってた気がした。

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