日本人転移者の東海林 翔さんと賢人・若松冬子
我が心の友・大誠。
日本の法律は、日本で暮らす為の物なんだって思い知ったよ。
ちょっとした事で
ルールとマナーを普通に守って暮らせば、何の問題も起きずに済む話なんだけどな。
たとえ子供でも、容赦なく地獄に落とされる世界の方が、僕には過ごしやすいんだ。
高校生活はどんな感じなんだろう、中学迄と変わらないのかな?
風間拓斗の心の声より一部抜粋
異世界に来て1週間が過ぎた。
その間は、2日目に支給された支度金で、生活雑貨を揃えたり、装備を揃えたりしてた。
自分の体に合わせた革鎧と、穂先が15cmくらいの鉄の刃が付いた槍と、ごついブーツをオーダーメイドで作ってもらった。
25万円支給されたんだけど、5万円くらいしか使ってない。
全部5階にある売店で揃えたんだけど、売店の装備品は初心者向けらしくて、本格的にダンジョンに潜り始めたら皆が買い換えるらしい。
それでも、初めての鎧と武器に心はウキウキだ。
ウキウキしながらも、カーペットやカーテン、ベッドや布団なんかが掛けてくる状態異常のせいで、うなされて殆ど眠れない。そんな日々が続いてる。
レベルが10を超えたら、状態異常耐性が付いて、何も気にならなくなるらしいんだけど、何時になるんだろ?
「おはようございます師匠、アマリエッタさん。」
僕の部屋の隣の8畳間で、師匠とアマリエッタさんが普通に生活してる。
「おはよ、たっくん。今日の朝ごはんは、社食でお願い。さっきまで起きてたから眠くて。ごめんね。」
師匠なんか
アマリエッタさんを起こしてしまったのが申し訳ない。
「今日から研修が始まるから、朝ごはん食べたら、3階にある研修室に行ってね。」
3階の研修室。うん、覚えた。
「はい、それじゃ行ってきます。」
階段で行こう。今の体に慣れないとだし、体を動かしたいんだよな、健康体になったから。
6階から2階まで階段で降りてるんだけど、少しだけ不安だな。
「健康っていいなあ。胸が苦しく無いし、しっかり歩けるし。」
健康体ってのも有難いけど、それより有難いのが。
「日本人は、みんな味方か……虐められたりしないよね。」
小学2年生の二学期末に、家が火事になって、その時の火事で大火傷をした僕は、3年生に上がるまで休んでたんだ。
肺が焼けて片方は摘出して、喉も大火傷したせいで声がかすれてて、足の指も手の指も、数本が酷い状態だったから切り落として、顔や体に火傷の跡が沢山残ってしまった僕が、久々に学校に行ったら、虐めの対象になった。
虐められても学校に行き続けたのは、僕を助ける為に、燃え上がる炎の中で僕に覆いかぶさって、僕より酷い火傷をした父さんが、両目を失明したのに、出来ることを1つ1つ確認しながら前に進んでるのを見てたから。
父さんと一緒に頑張ろうって思えたから。
そして夢が出来た。
テレビで見たんだ、脳波を検知して音楽を奏でるシステムを作り上げた人達が居るって。
それなら僕は、脳波に直接視覚を送れるシステムを作りたいって思った。
脳波に直接聴覚を送り届けるシステムを作りたいって思った。
僕の母さんは、生まれつき耳が聞こえないんだ。
だから手話で会話してる。
でも父さんの目が見えなくなってから、母さんと父さんが話せなくなった。
僕や妹が居る時は通訳になるから良いけど、父さんと母さんだけになったら……。
日本に帰る条件を達成したら、何かしら願い事を叶えて貰えるらしいから。
僕は父さんと母さんに、光と音を届けられるシステムを作れるようになりたい、と願うつもりなんだ。
だから、色んな事をちゃんと覚えて、これから先に役立てて行こう。
そんな事を考えてたら、社食についた。
「朝ごはんは、バイキングにしようかな?でも、うどん美味しかったよな……。」
この間は聞き取れなかった色んな会話が、今日はちゃんと理解出来る。
来てる人の殆どが、どのメニューが美味しいとか、お腹いっぱい食べるならアレとか話してる。
そんな中で、日本人街にある鉄板焼き屋さんの、お好み焼きが美味しいって聞こえてきた。
「朝からお好み焼きって、食べた事無いからチャレンジしてみよう。」
そう思って、ミックス・チーズ明太トッピングを頼んだ。ご飯とお味噌汁もセットで。
番号札を渡されて、コップを持って座る所を探してたら、声をかけられた。
「君は日本人だよね?ここの食事を食べて大丈夫なら現地人じゃ無いだろうし。一緒にどうだい?」
絵に書いた様な、爽やかなイケメンだ。
「初めまして、風間拓斗と言います。よろしくお願いします。」
とりあえず挨拶はしないとな。
「うん、丁寧にありがとう。
うわあ、握手を求めて来る人を初めて見た。
差し出された右手を見て、少しだけビックリしたけど、握手しといた。
何処かで見た事がある気がするんだよな、
「
細かくは研修で聞けるからって、掻い摘んでざっと説明してくれたんだけど、凄くわかり易かった。
「教えるの上手いですね。すごくわかりやすいです。」
家庭教師のアルバイトをしてたらしい。
しかも現役の京大生だったらしい。
「卒業は?」
「卒業論文を書いてる時に死んでしまってさ。だから卒業はしてないんだ。」
あ! 前にテレビで見た人だ。
「研修の時間は8時半からだろ?まだ余裕があるから1つ良いものを渡しとくよ。使い方も説明する。」
そう言って腕時計を渡された。
「これはバイタルメーターって言うアイテムなんだけど、通常のポーション一個分だけ、死にそうになったら回復してくれるアイテムなんだ。」
おお!時計機能も付いた復活の羽みたいな物か! でもいいのかな?
「これの1つ上のアイテムを手に入れてね。もう使う事も無いから、使ってくれる人に渡す方が良いと思ってさ。」
お好み焼きが来たから、食べながら説明して貰った。
ダンジョンに入る前に、ガラスにポーションの瓶を当てると、ポーションの能力を移せるらしい。
「ありがとうございます。このお礼は、いつか必ず。」
気にしなくていい、後輩が出来て嬉しいんだよ。なんて言われた。
「僕の後に冒険者候補として来たのは、拓斗君が初めてなんだ。初めての後輩なんだから少しくらい良くしてもいいだろ?」
「有難うございます!」
笑顔が爽やかなイケメン東海林さん、覚えました。
「それじゃ研修に行きますね。また。」
8時15分、少しだけ早めに研修室に行っておこう。
研修室は、3階。
体力作りも兼ねて、階段を使って移動する。
階段を上ってる途中で、綺麗なエルフさんとすれ違った。
何故か僕を、ずっと見てた。
エルフに知り合いは居ないはず。
研修室のドアを開けて、研修室の中を見る。
誰も居ない。僕一人みたいだ。
ホワイトボードとプロジェクターが置いてある。
教材なんかは貰ってないから、手持ち無沙汰になっちゃった。
東海林さんから貰った腕時計を触ってみるけど、ガチャガチャで当たりそうな、安っぽい見た目の腕時計って感じだ。
8時27分になって、先生らしき人が入って来た。
どこかで見た事があるような、ないような……
そんな感じの人が、僕を見ながら微笑んでる。
「お久しぶり、風間拓斗君。覚えてる? 若松冬子です。3年生の時の担任の。」
3年生…………
「あっ! 覚えてます。若松先生、お久しぶりです。」
お母さんって、間違えて呼んだ事のある先生だ。
「貴方に、
「若松先生、よろしくお願いします。」
ニコッと微笑んだ若松先生は、担任だった頃より少しだけ老けてたけど、担任だった頃より、ずっと優しそうに見えた。
見えただけだった。
「少しでも間違えば鞭ですからね。」
トゲトゲの付いてる鞭をビュンビュン鳴らす若松先生。
「先生、ビュンビュンうるさいです。」
「あら、失礼。つい癖で音を出しちゃうのよ。」
ホワイトボードに若松先生が書いた事を、渡されたノートに写す時に、僕の手に持った鉛筆のカリカリと言う音に合わせて、ムチの音を鳴らす若松先生。
たまにパシッと鳴る音にビックリする。
「
「鞭で叩くんですか?」
「勿論よ、当たった時に肉が弾けるの。イッちゃいそうな程に快感よ。」
うふふって微笑みながら、怖い事を言われた。
常識に関する講習が90分、20分の休憩を挟んで、法律の講習が、90分。
終わったら、1時30分まで昼休みで、その後に修練場に移動して、実地講習らしい。
そして今は20分の休み時間。
「でも風間君も
「いえ、早く帰りたいです。やりたい事があるので。」
若松先生が驚いた顔をしてる。
「そっか、風間君はやっぱり強い子ね。」
若松先生が少し悲しそうな顔をした。
「私は自分に負けちゃったから、少しだけ羨ましいな。」
その言葉の後に、後半の講習で使う教材を渡された。
今度はプロジェクターを使って、法律を教えてくれる。
「
通貨も日本円で、物価も日本と変わらないし。
何が違うのか疑問だ
「1番の違いだけどね。日本から転移してきた人、転生した人以外は、何か少しでも悪い事をしたら即死刑って所かな。私も含めてね。」
「鞭で叩くのは悪い事じゃ無いんですか?」
暴力だよな? 暴力は悪い事だよな?
「これは愛の鞭だから大丈夫よ。理不尽な暴力はダメだけどね。」
鞭で叩くのは理不尽だと思います。
「怪我をしない程度でギリギリかな? 怪我をさせたら即死刑よ。他にも、1円でも盗んだり奪ったりしたら死刑ね。」
「厳しいんですね、更生する機会は与えて貰えないんですか?」
刑務所的な物は、無いんだろうか?
「この世界に来れた事が更生する機会なのよ。だって現地人や講師達は、全て地獄からきてるのよ。」
「それじゃ若松先生も地獄から来たんですか?」
確か師匠も地獄から来たんだよな……
「ええ、私は自分を殺したの。そして地獄に落ちた。」
自分をって自殺って事?
「理由を聞いても良いですか?」
「もちろんよ。長くなるけど良い?」
首を縦に振って、先生が話してくれる事を理解しようと、真剣になって聞いてみた。
「私はね、皆から嫌われてたわ。同僚の教師からも、生徒からも、父兄からも、家族からも。家族と言っても未婚だったから親兄妹だけどね。」
嫌いだなんて、思った事も無かったけどな。
「仕事の事を相談しても、我慢しろとしか言わない教頭や校長。独身で50を過ぎた私を避ける同僚の教師達。私の授業に一切興味を持ってくれない子供達。」
う〜ん、僕は楽しかったけどな。
特に理科の実験とかさ、先生が教えてくれた、べっこう飴の作り方とか、家で試した事だってあるもん。
「聞き分けのない生徒を怒れば、怒鳴り込んで来る父兄。仕事をしながら、実家で両親の面倒を見ているのに、何も手伝ってくれないどころか、親の遺産を分けろと言ってくる兄妹。遺産なんて介護費用で何も残ってなかったのにね。」
そう言われてみれば、何人か親が学校に乗り込んで来て、若松先生に床に手を着いて謝罪させたって聞いた事がある。
親兄妹の事は、僕には分からないや。
「風間君の担任をしていた頃までだったわ。私が普通で居られたのは。次の年から、精神安定剤無しで生活が出来なくなっちゃうくらいに弱ってたの。心がね。」
確か4年生の時に、廊下で挨拶をしたら、泣きそうな顔をして挨拶を返してくれたよな……
「そして、自分で自分を終わらせたの。風間君が中学校に上がった頃にね。簡単だったわ、屋上から1歩前に踏み出すだけだったから。」
飛び降り自殺……
「そして地獄で苦しんでたらスカウトされたの。髪の薄いオジサンと、日焼けした40歳くらいのお兄さんにね。」
40歳くらいはオジサンじゃないのかな?
「少し先の未来で、貴方の教え子が、私達の守護する世界で辛い人生を歩むことになります。その子を助けてあげてください。って言われてね。」
教え子って僕だよな、辛い人生だと?
「貴方の事よ風間拓斗君。私の授業を、よそ見もせずに、ちゃんと聞いててくれた最後の教え子。」
ごめんなさい若松先生。
実を言うと、あの頃の僕はいじめられてて、クラスの皆に、こっちを見たら殴るって言われて、前しか見れなかったんです。
「だから、ビシバシ鍛えてあげるわ。セントラル1級ダンジョン・剛炎魔窟のボスの私が。」
「え?若松先生もダンジョンボスなんですか? しかも1級の?」
師匠と同じ1級のダンジョンボスなんて!
「ええ、未だに踏破者なんて1人も居ない、セントラルシティ最難関の1級ダンジョンなのよ。剛炎魔窟はね。」
え? 誰も攻略してないの?
「先生って戦えたんですね。」
「ええ。若い頃から、薙刀と琉球空手をやっていたわ。」
知らなかった……
「どちらも師範代だったのよ。」
雑談の後に修練場で、吐くまで運動させられて、腕時計に付いてる機能も発動したみたいだ。
お昼ご飯に社食で食べた、カレーチャーハン味のゲロの味が、忘れらない味になった。
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