感触

明らかに害意を持った何者かの襲撃を受けた瞬間、魔人の少女は一切の躊躇なくその<何者か>の首筋に牙を立てていた。


リセイですら止める暇もない、本当に一瞬のことだった。


その何者かの首の骨が噛み砕かれる音がはっきりと耳に届いてしまう。


「ああ……!」


思わず声を上げるリセイの目の前で、ボロ布をまとったホームレスらしき男性が魔人の少女に喰らい付かれて地面に倒れ、ビクビクと断末魔の痙攣を起こしていた。


もう助からないことが、素人のリセイにも分かってしまう。


確かに、強い<害意>、いや、まぎれもない<殺意>を向けられていたことはリセイも察していた。だから身を守るためには抵抗するしかなかった。


それは分かっている。


ましてや魔人の少女にとっては人間のルールや常識や良識はそれこそ埒外だろう。責任があるとすれば問答無用で襲い掛かってきた男性の方で、次いで少女を監督する立場だったリセイだろうか。


少女に責任はない。


とは言え、


「もういいよ、やめて……」


断末魔の痙攣を起こす男性に喰らいついている少女の肩に手を掛けて、リセイは祈るように<お願い>した。


「……」


すると少女も、これといって歯向かうでもなく素直に従ってくれた。


『ごめんなさい……』


救急医療体制の整った向こうの世界でならもしかしたら救うチャンスはあったかもしれないものの、医学の知識のないリセイではどうすることもできないのは分かってしまって、ただ心の中で詫びるしかできなかった。


もっとも、リセイの<能力>であれば、ただ願うだけで助けることもできたのだが、そこまで頭が回らなかった。


自分達に強い殺意を向けて襲い掛かってくるような相手だっただけに。


が、そんなリセイの悔恨などまるで理解できない少女は、


「オニイチャン……?」


と不思議そうに彼を見上げていただけだった。


しかし、次の瞬間、


「!?」


二人の体に再び緊張が奔る。


だが今度は、少女を抑えることができた。彼女の体を抱き上げて、リセイは力の限り跳び退く。


<それ>と距離を取るために。


すると<それ>は、再びビクビクと体を震わせた。もっとも今度のは、明らかに断末魔のものでないことも察せられる。


『生き返った……!? こいつも人間じゃない……っ!?』


そう悟ったリセイに向けて、<それ>は手を伸ばしてきた。人間なら絶対に届くはずのない距離なのに、少女を抱いたリセイの左腕が掴まれる。


「っ!? こいつ……!?」


腕を掴んできたそれの手の感触が、リセイの脳裏に呼び覚ます記憶。


『こいつ、<魔王>か……!?』


そう。掴まれた時の感触が、今のこの場所に来る前に魔王に掴まれた時のそれと同じだったのである。


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