お墓の前で
「トレアに……」
「…え……?」
「トレアに近付くなぁっっっ!!」
<向こう>で見たそれとは違い、まだ辛うじて人間のようにも見える姿をした<魔王>が叫び、リセイは意味が呑み込めず困惑した。
しかし理由は分からないもののとにかく魔王が何らかの意図を持って行動していることだけは分かる。
そして、
『そうか……! 『ドーレーア』は、魔王自身のことじゃない…! 『トレア』って誰かの名前を呼んでたんだ……!!』
と閃く。
しかも<魔王>は、リセイが気になった小さな<土が盛り上がった場所>を庇うように位置取る。
『あれは…やっぱり<お墓>か……? そこに眠る誰かを守ろうとして、魔王は……』
一目見て何となくそう思った。
『お墓……?』
と。それを確かめようとして、はっきりと確認できる確証はなかったもののとにかく近付いてみれば何か分かるかもと思ってつい足を向けてしまったのだ。
「がうっ!!」
リセイが僅かに戸惑っている間にも、少女が彼の腕を掴んでいた魔王の手を力一杯払い除け、何とか逃れることができた。
さらに跳び退いて距離を取り、
「ごめんなさい! あなたの大事なものだって知らなかったから! でももう近付きません! ごめんなさい!!」
じりじりと下がりながら謝った。
すると<魔王>の方も、伸び放題に伸びた髪が顔を完全に覆っていたから表情までは分からなかったものの、強い敵意までは感じさせなくなっていた。腕の長さも普通の人間程度のそれに戻っている。
「……」
十分に距離が離れたのを確認できたのか、<魔王>はリセイ達の方じゃなくあの<墓>らしき小さな土の盛り上がりの方に向き直って、そこに蹲った。
『泣いてる……』
生い茂った草の影から辛うじて見える位置に立って様子を窺い、リセイはそう思う。彼の目には泣いているように見えた。
ボロ布をまとった男性が大切な人のお墓の前で泣き崩れているように……
首の骨を噛み砕かれても生き返り、腕を伸ばして掴みかかってきたのだから普通の人間ではないのは確かだ。けれど、少なくとも誰かを想って悲しみに暮れるだけの<心>は持ち合わせているようにも思えた。
『それがあんな異形の怪物にまでなるには、どれだけの時間が必要なんだろう……』
そんなことも思う。
さらには、
『これもきっと、あのコヨミの仕業なんだろうな……』
そう思うと、<魔王>自身に対する怒りのようなものは湧いてこなかった。
ただただのコヨミに対する憤りだけが込み上げてくる。
だからあの<邪神>を探し出したいとも思った。
とは言え、現状ではその当てもない。
『くそ……っ!』
墓の前で蹲る<魔王>の姿を遠くに見ながら己の無力さに唇を噛み締めるしかできないリセイを、魔人の少女が黙って見上げていたのだった。
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