魔王
「あーはははははは♡ ははははははははは♡」
両手を大きく広げて、光を放ちながら、クォ=ヨ=ムイはスポットライトを浴びる役者のように高らかに笑う。
その彼女の背後で空間が捻れ、渦を巻き、歪んでいくのが分かる。
そこから噴き出す途方もない<何か>。
蒸気のような、煙のような、しかし間違いなくおぞましい気配を放つもの。
吸い込んだだけで体のすべてが穢れそうな、嫌悪感そのもの。
その奥でぞわぞわと何物かが蠢いている。風になびく毛のようにも見えつつ、しかし明らかに一つ一つが意思を持つかのように勝手に動いているのだ。
もう吐きそうだ。
「く……っ!」
けれどリセイは耐えた。精神そのものが嬲りつくされるかのような空気の中でも自分を強く保った。
そうしなければ間違いなく頭がおかしくなっていただろう。
なにしろ闇の中で蠢いている<毛>のようなものが無数の<手>だと悟ってしまったのだから。
人間のそれにも見えつつ歪に捻れた黒い手がぞあぞあと虚空に伸ばされる。必死に何かを求め、掴もうとするかのように。
そして、
「っどぉおおれぇええぇぇえあぁあぁああぁぁぁぁ~っっ!!」
<それ>は声を上げた。
『……誰かを呼んでる……?』
その声を耳にした瞬間、リセイはそんなことを思った。
濁り、潰れ、ごりごりと軋みながらも、確かに誰かの名を呼んでいるようにリセイには思えてしまった。
それに気付いた瞬間、蠢く無数の手も、誰かを激しく求めて、触れようとして、探そうとして、救い出そうとして、必死にもがいているようにも思えてしまう。
「魔王……」
気を失った<魔人の少女>を抱き上げながら、次々と襲いかかるベルフの攻撃を躱しながら、リセイは無意識のうちに呟いていた。
何故か、憎悪や嫌悪よりも、別の感情が湧き上がってきてしまう。
胸が締め付けられるような……
リセイ自身にも判然としない感情。無理に近いものを上げるとすれば、それはたぶん……
<悲しみ>
何故か分からないけれど、そう思えてしまうのだ。
「ど…どぉ……どぉ、おおれぇええぇぇえあぁあぁああぁぁぁぁ~っっ!!」
魔王が再び声を上げる。その声さえ、泣き声のようにもリセイには聞こえてしまった。
誰かを求めて、探して、でも見付けられなくて、助けられなくて、慟哭を上げているような……
『この魔王も、コヨミの楽しみのために用意された<舞台装置>……?』
そんな考えが頭をよぎる。何の根拠もないけれどそう思えてしまった。
そして、魔王と共に無数の影も溢れ出てくる。
魔獣だった。
ベルフ、ジュオフス、アムギフだけじゃない。初めて見る魔獣の姿もあったのだった。
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