よくある展開

ライラに襲い掛かり、しかしリセイの蹴りによって弾かれた<何か>。


「人間……っ!?」


ライラは声を上げたが、毛皮で作られたらしき服のようなものを着ているとは言っても、


<足の指の力だけで樹の幹に掴まって垂直に立っていられる人間>


など、いるものだろうか?


まあ、今のリセイなら、イメージさえできれば可能かもしれないが、普通はいない。だから、ライラも、


「いや、<魔人>…か……!?」


明らかに蒼白となった顔で、そう言った。


『魔人……? そんなのもいるのか……でも……』


ライラの言葉に緊張はしながらも、リセイは戸惑っていた。なにしろ、その<魔人>と思しき存在は、赤い髪をライオンのたてがみのように大きく逆立てた、と同時に明らかに自分より年下の、せいぜい十一とか十二くらいの<少女>にしか見えなかったからだ。


が、少女に見えるのは、体の大きさとその顔の造形だけで、ライラや自分を睨み付ける表情などは、なるほどとても人間のそれとは思えなかった。


「かーっ!!」


と開かれた口には、まぎれもない<牙>も覗く。


およそ知性の類を感じさせない、見た目だけは人間の少女にも見えるだけの、


<ジュオフスの上位互換の魔獣>


だと言われた方がずっと納得できる<怪物>だった。


<上位互換>と感じたのは、そこから発せられている気配だけでも、心臓を鷲掴みにされるような、物理的にさえ感じ取れそうな<圧>があって、体が竦んでしまうからだ。


『見た目に騙されるな……! こいつはとんでもない化け物だ……!!』


リセイも自分自身に言い聞かせた。


そうしないとそれこそ恐怖で体が動かなくなりそうだったから。


けれど、リセイ以外、いや、リセイとライラとレイ以外は、すでに完全にこの<怪物>が発する気配に呑まれていただろう。


もっとも、同時にジュオフスらも委縮してしまっていたようで、それで何とかバランスが取れていたようだが、


『こいつは僕でないと倒せない……!』


リセイはそう直感的に悟り、自らの精神に鞭を入れた。


この時点で出しうる全力で地面を蹴ると、表面に積もった腐葉土の層がまるで豆腐のようにぐしゃりと潰れて抉れる。


その分、勢いはがれてしまったが、それでもロケット砲のような勢いでリセイの体が<怪物>に迫った。


右の拳を容赦なく叩きつける。相手が<小学生高学年くらいの女の子>にも見えることにも構わずに。そんなことを意識して手加減しては間違いなく自分以外は全員助からないというのが察せられてしまったから。


ここでリセイが力を出し切らなければ、彼の<能力>がそれを現実に変えてしまう。


『主人公の力が及ばずに仲間を失い、打ちひしがれる』


という<よくある展開>を。


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