僕はもうここで
ティコナに背中を流してもらって、初めて女の子に背中とか流してもらって、もちろんすごく恥ずかしくてドキドキもしたものの、それと同時に、リセイはすごくホッとするものを感じていた。なんだかまるで、小さい頃に母親にお風呂に入れてもらった時のような……
その母親も今はいない。
『リセイがこちらに転生したからここにはいない』
という意味じゃなくて、彼の母親は、リセイが小学校の頃に彼を置いて家を出て行ってしまった。今は別の男性と結婚して子供もいると聞いた。
何度か会いに行こうとも考えたけれど、もし、自分と会うことを迷惑だと思っていると感じてしまったらきっと耐えられない気がして勇気が出なかった。
何しろ、子供までいるそうだから。
自分を置いて出て行って、父親とは別の男性との間に子供まで作ってしまうということは、それだけでもう、自分のことは要らないんだろうなと思えてしまうというのもある。
しかも、母親の方から会いに来てくれたことも一度もない。
そんな母親と会うというのは、決定的なものを突き付けられることになる気しかしなかった。
そして父親とは、折り合いが悪かった。まともに会話を交わしたことも数えるほどしかなかったと思う。
母親が出て行った理由を訊いたこともないし、訊けるような相手じゃなかった。
正直、母親が出て行きたくなる気持ちも分かる気がした。
もしかしたら、<子供を置いて出て行くような女の子供>だからそういう態度になってしまうのかもしれないけれど、それを確かめるのも怖かった。
だからはっきり言ってしまうと、向こうの世界に対しては未練もない。
まあ、自分の命にさえ大して執着もないくらいだから、当然か。
だけどそのことについて、深刻になる気もなかった。
『だって、もう、一度死んでるから。僕はもうここで生きていくしかないから』
なんだかそう開き直れてしまった。
その所為か、自分の身の上について誰かに話そうという気にもならない。
もちろんティコナにそれを打ち明けて同情してもらいたいっていう気もない。
でも、彼女にこうして労わってもらえてることは何にも増して嬉しかった。
しかもティコナは、リセイの背中を洗い終えて、
「後は自分でね。私は先にリセイの部屋に行って待ってるから」
と言って出て行ってしまった。
「……はい…?」
『部屋に行って待ってるから』
リセイは決してそういうことを期待しないようにはしていたものの、さすがにその言葉には驚くしかなかった。
けれど―――――
けれど、結論から言うと、思っていたようなことじゃなかった。
単に、疲れた筋肉をほぐしてくれる丁寧なマッサージをしてくれただけなのだった。
普通に、健全なだけの。
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