滅亡寸前! 弱小国の軟弱王子は、大国の王女(最強剣士)に一騎討ちを申し出る

なかの豹吏

第1話



 この世界には、大小二十三カ国の国々がある。


 その一つ、クエイサー王国は小さな弱小国で、ボクはその第三王子、ハインって言うんだけど………



「――てっ、撤退撤退っ!! 逃げろーーッ!」



 現在死にかけてます………。



「ハイン様! 我々がここで引けば他の軍が挟み討ちにされますぞっ!」


「そんなこと言ったって無理だよ! 死んじゃうって!!」


 二人の兄は奮戦してるみたいだけど、弱くて臆病なボクには限界です……ホントごめんなさい!


「わ、わぁあ!?」


「ハイン様っ!」


「見ろっ! 王子が落馬したぞ!」

「囲めっ!!」


 最悪……。


 剣もダメなら馬術もない。

 向いてないんだよ、戦争なんて……。



「死ねぇぇ!!」


「ひぃぃっ……!」



 た、助けてぇぇえ!!



「ハイン様ぁ!!」



 ボクは必死に逃げた、だって死にたくはないから。



「お、おお! あれだけの数に囲まれて、避け切った!?」


「な、なんだコイツ! ちょこまかと!」


「逃すなっ! 王子の首だぞ!! ―――って………」



 恥も外聞もない、みっともなくても死ぬよりよっぽどいい。



「に、逃げ足速っ……!」



 戻って来てくれていた仲間の馬に飛び乗り、


「たっ、助かった……! ほらっ、早く逃げよう!!」



 命辛々城に逃げ帰る。



 結局戦いくさはボクのせいで負けちゃったけど、まあ……いつもの事だから………。




 ◆




 その夜、国王である父と、二人の兄が軍議を開いていた。


 役立たずのボクはいつも除け者。

 どうせ居ても発言なんてしないからいいけど。



「―――最早、これまでかも知れんな……」



 えっ……?



 部屋に戻って寝ようかと思ったら、重苦しい声で話す父の言葉が聴こえた。



「今までとは違う。 カノープスは本気でこの国を滅ぼそうとしている」


「おのれっ……!」

「去年一部領土を明け渡したのに味をしめたか……!」



 今攻め込まれているのはカノープス王国と言って、前に少し領土を譲って手打ちにした筈の相手だ。

 国力的には中堅だけど、クエイサー王国ボクらに比べれば全然強いよね……。



「このまま、兵や国民を苦しめるのは忍びない………降伏し、我ら王族が投降する他、民を救う道は無いかも知れん……」



 確かに。 皆怪我したり、生活が苦しいって言ってる。



「援軍要請の返事は……?」


「ダメだ、隣国は恐らくカノープスと通じている」



 兄さん達も色々動いてるみたいだけど、上手くいかないみたいだ。



「……邪魔をしない代わりに、いくらかの領土を分けるつもりだろう。 この国が、滅んだ後にな……」



 ………そんな、追い詰められてたんだ………。



 王族の投降、それで国民を救う。


 つまり、王族ボク達は………




 ――――斬首される………。




 ………それしか、皆を救えない。


 そっか……仕方ない、よね。


 でも……




 ――――死にたくないな……ボク、まだ十五だし………。





 ◇◆◇




 翌日、城内で騒ぎが起きた。



「バ、バロネス様っ! 大変ですっ!!」


 血相を変えた兵士が、何か報告を持って玉座の間に駆け込んで来る。


「何だ、どうやら悪い知らせのようだが」


 滅亡まで秒読みの今、これ以上何があると半ば呆れた表情をすると、


「ハイン様がどこにもおりません! それと、馬が一頭……」


「な、なんだと!? ハインの奴、まさか……!」


「昨日の話を聴いていたのか? ……恥知らずな奴だっ!」


 報告に激昂する二人の兄。

 しかし、父バロネスは、


「……よい、あれは怖がりな子だ。 もう限界だったのだろう」


 寂しそうに目を細め、逃げた我が子を責めようとはしなかった。


「身分を隠し、一人生き抜けるとは思えんが……せめて好きにさせてやろう……」


 一国の王ではなく、一人の父親として、弱く生まれた末っ子の身を案じるバロネス。





 ◇◆◇




 そして、数日後――――




( 着いた…… )



 旅で汚れた顔を上げ、巨大な門の前に立つ細身の少年。


( どうせ殺されるなら、怖い兵隊よりこっちの方がいいもんね )




「―――頼もうっ!! ボク……私はクエイサー王国第三王子ハインっ! ミレイヌ王女に結婚決闘を申し込みに来たっ!!」




 ここは、世界の半分を治める世界一の大国、ラティノス王国。


 そして、その王女ミレイヌとは……



 ―――世界最強の剣士と言われる王女なのだ。





 ◆




「挑戦者とは、久し振りですな」



 筋骨隆々な長身の男が呟く。



「ええ。 続きは後にしましょう」


「……これ以上、自信を失いたくありませんが……」



 男は喉元に寸止めされた剣の切っ先を見つめ、汗を滲ませている。



「安心してティガロ、貴方が世界で二番目に強いわ。 今まで、それ以上に会った事がないから」


「………光栄です」



 凛とした冷やかな声色。

 短い白金の髪を風に揺らす彼女こそ、世界一の大国ラティノスの王女であり、世界最強の剣士。


 大国ラティノスと友好関係を築きたいと各国から縁談が申し込まれる一方、それは国だけではなく、一騎当千と言われ戦場を駆ける、彼女自身が欲しいという思惑も強い。


 そんな日々に辟易した彼女は、世界にこう公言した。


『私は、私より強い者に嫁ぐ。 私が欲しければ、私を倒す事だ』


 その資格は、各国の王子達全てに与えられる事となった。


 しかし、その挑戦者達はことごとく彼女に斬り伏せられてきた。


 そもそも、矛盾した話なのだ。



 ―――世界最強が欲しいなら、世界最強を倒せなどと。





 ◆




 戦いの場は、城内にある部屋の中だった。

 結構広い、決闘専用の部屋なのかな?


 集まった二、三十人程の人。

 多分、偉い人達なんだろうな。



「クエイサー王国? 知らんな」


「第三王子らしいが……何とも、ひ弱な子供ではないか……」



 ボクの国すら知らない人もいる。

 そして、予想通りバカにされてるな。 そりゃそうだよ、小国の上にボクは三番目、それに弱そう……っていうか弱いし。


 別にいいけどね、そもそもこっちは勝つつもりなんてないし。 怖い兵隊に殺されるよりは女の子に殺されたい、それだけなんだから。


 それに、見てみたかったんだよ。 世界最強の剣士が女の子なんて、ちょっと興味あったんだ。


 でも、どうしよう………すごいムキムキの怖いコだったら………。


 やっぱり、やめれば良かったかな………。



「ミレイヌ様が入られる! 道を開けよっ!」



 太く、鋭い声が室内に響いた。


 いよいよご対面か、ボクの―――最後のヒト。



「お待たせした」


「………」



 うそ………



「フム、これはどうしたことか。 貴殿、見たところ丸腰ではないか」




 ――――死んで悔いなし……っ!!




 な、なんだ、全然可愛いよ!?


 身体もゴツくないし、身長だってボクよりちょっと小さいぐらいだし!?


 このヒトがミレイヌ王女? 世界最強の剣士?



 ―――来て良かった!!



 父さん、兄さんごめんなさい……っ! ボクだけこんな良い思いして―――いや、でも結局死んじゃうと思うけど………。



「決闘を申し出て来たのに丸腰とは、どういうつもりだろうか?」


「あっ、それは、その……」



 ど、どうしよう……ボク、ただやられに来ただけだから………



 ――――忘れちゃった。



 マズイぞ、あんまり不真面目だと相手にしてもらえないかも。 うーん――――よしっ!



「勝負に疑いをかけられたくないので、そちらの用意した得物で戦いたい」


 そう言うと、彼女は青く、切れ長な瞳を大きくした。


 ああ、なんてキレイなんだ。

 青い瞳に白金の美しい髪。 また短いトコが戦う王女って感じでカッコいい……っ!!


 そりゃ稽古着みたいなの着てるし、ヒラヒラのドレスを着たお姫様じゃないけど。


 そ、その、なんてゆーか……



 ―――や、やらしいカラダ、だなぁ……。



「誠実な剣士のようだ。 しかし、従者の者が見当たらないが、まさか……」


「うっ」


 そうだよね、いくら小国と言っても王子単身でなんて……。


 ま、いっか。 こうなったらトコトンカッコつけちゃえ!



「妻を迎えに来るのに、そんなに人が必要かな?」



 なんてね、本当は自国うち今それどころじゃないから。



 ………あれ? なんか、皆静かになっちゃったけど………



「ふ、ふふ……――――あーっはっは!! この小僧、ミレイヌ様を持って帰る気だぞ!?」


「小枝のような身体でよく吠えるっ! これでは怒りも湧かんわ!!」



 あは、ははは………どうやら、ウケたみたい………だね。



 室内に笑い声と野次が飛び交う。


 まあ当然か。

 でもね、ボク笑われるのは慣れてるんだ。


 周りなんか気にしない、お目当は彼女だけなんだか―――



「静まれっ!!」



「「「「――ッ!!」」」」



 いつ収まるとも知れないその声達を、凛々しい号令が掻き消した。



 ―――か、カッコいい……!!



 たった一声で静寂をもたらす迫力と存在感。

 これが、世界最強かぁ。



「ティガロ、この者は本当に……」


「はっ、王家の印は確認済みです。 間違いなくクエイサー王国の第三王子、ハイン様です」


「そうか」



 なんだろ? すごく強そうな大っきい人と内緒話してるな。



「よいかっ! ハイン殿は正当な資格ある王族! そしてたった一人勇敢に大国ラティノスにやって来たのだ! それを嘲るような物言いはラティノスの恥、皆深く胸に刻め!!」




「「「「は、ははっ!!」」」」




 うーん、これは………




 ――――惚れた。




 彼女は最高だ。

 これよく考えたら、何だかいい人生かも。


 だって、好きな女の子をお嫁さんにするか死ぬってことでしょ? それも彼女の手で送ってもらえるんだからね。


 でも、欲を言えば………二人きりがいいなぁ。


 ―――そうだっ!



「ミレイヌ王女、一つ頼みがある」


「頼み?」


「決闘には、一族秘伝の奥義を持って臨むことになる。 人払いを願いたい」



 奥義そんなのないけどね。



「立会いなしだと?」

「奥義? さては、何か仕込んでいるのか?」



 室内が騒つく。

 やっぱり無理かぁ。 決闘って立会い必要だもんね、多分。



「わかった」


 ――おしっ!


「ミ、ミレイヌ様!」

「それは納得出来ませんぞっ!」


 臣下の皆さんは不服そうだけど、彼女がいいって言ってるんだからさぁ。


「私が信用出来ないのか?」


「そ、そうではありませんが……」


 そうだそうだ、相手は世界最強だよ? こっちは多分最弱王子なんだからねっ。



 王女のお陰でボクの願いは聞き入れられ、遂に、ボク達は二人きりになった。



「さあ、始めようか。 同じ剣を用意した、これで良いかな?」


「ああ」


 剣なんかいらないけどね。 何しろボク、人斬ったことなんてないから。 この喋り方も疲れるな。 二人きりだし、いつも通りいこう。


「あのさ、まさかキミがこんなに可愛い――」

「いくぞっ!」


「――えっ? わ、わぁ!?」


 あ、あぶな……っ、いきなり逝っちゃうとこだったよ……。


「ふふ、なんだ、素早いじゃないか」


 嬉しそうな顔して。 避けなかったら頭から真っ二つだよっ。


「さあ続きを楽しもう、クエイサーのハインっ!」


「わっ! ひっ、びぇえ!!」


 ちょ、ちょっと、楽しもうって言ったのにっ!

 これじゃお話も出来ないよ!


 それにしても、すごく速い斬撃だ。

 避けるのがやっと。 いつもの事だけど。



 その後も彼女の猛攻は続き、ボクは何とかそれを躱して生き延びた。


 ふぅ、意外と避けれるもんだな。


 縦、横、斜めと、あらゆる角度から襲ってくる刃を避けながら、



「あの、ボクキミに会いたかったんだっ」


「ふっ!」


「すごいよね、世界最強なんて!」


「はっ!」


「それがまさかこんな美人だったなんてびっくりだよ!」


「ふんっ!」


「わっ、と……!」



 ボクは彼女と会話していた。



「………」



 あれ、どうしたのかな?

 攻撃が止まっちゃった。



「どうやら、ただ者ではないようだ」


「え?」


「本気でやらなければ、剣も振ってくれなさそうだな」



 いや、そうじゃなくて、振る気が無いだけなんだけど……話してたし。



「っ……!?」



 な、なんだ? 急に重い圧を感じる。

 彼女のキレイな瞳が殺気を帯びて……。



「実力を測るような真似をしてすまなかった」


「えっと、どういうこと?」


「全力でお相手する」



 え……まだ本気じゃなかったのか。

 どうりで避けれると思った。



「ラティノス王国第一王女、ミレイヌ―――参る」



 す、すごい剣気……っていうのかな?

 これはさすがに、クエイサー王国第三王子、ハイン―――参っちゃう、な……。



 もう、次は避けきれないかも知れない。

 せめて悔いの無い人生にしたいけど……あっ、そう言えば彼女って、



「ミレイヌ王女、一つ訊いていいかな?」


「……なんだ?」



「キミ、いくつ?」



「……十七だが」


「へーボクより二つ上だ」



 結婚出来たら姉さん女房かぁ。

 それも良いね。



 ――――来世に期待しよう。



「変わった男だな、


「あ……」



 わ、笑った………――――可愛いっ!!


 これは、死にたくなくなったな。



「本気でいくよ、ボクも」


「!?」



 ボクは剣を捨てた。



「奥義、というやつか。 まさか、無手とは……」



 違うね、そんなのないもん。

 ただ、一分一秒でも長くキミと居る為には……



 ――――こんな物避けるのに邪魔なんだ!



「はぁぁぁっ!!」



 上段……―――速いっ!



 よ、避けれた……!

 けど、さっきまでと段違いだ!



「ふっ!」



 くっ、剣が跳ね上がる!

 これじゃ胴が真っ二つ………でも、



 ――――避けれる。



「っ!?」



 ふぅ、後ろに飛んで何とか逃げれた。

 あっ、でも服が切れてる。



「……世界は広い、な」


「えっ? あ、うん。 そうだよね、ボクなんか怖くてあんまり国から出たことなくてさ。 でも、その、キミとなら、どこにでも行けそう」


 何しろ世界最強だからね、身の安全は保証される。 ミレイヌ王女と旅行かぁ。 つまり、し、 “新婚旅行” ってやつ!?


「まだ貴殿のような猛者が居るとは」


「猛者?」


 ボクがそんな強かったら、父さんも降伏なんか考えないと思うけど。


 あ、でも、ボク誰も斬ったことないけど、



 ―――斬られたこともないんだよね。





 ◆




「……長いな」


「うむ。 あんな男、ミレイヌ様にかかれば一分も持たん筈だが……」


 部屋の外に出された者達は、予想外に開かない扉を見つめ怪訝な表情で話し始めた。


( 確かに長い……が、ミレイヌ様に限って不覚はあり得ん )


 その腕を世界で二番手と言われたティガロは、戦場で鬼神の如く敵を蹴散らすその様を一番近くで見て来た。


( 私でさえ届かんのだ、あんな子供に何が出来る )


 そして、普段から手合わせしているからこそ、ミレイヌの実力に絶対の自信を持っている。





 ◆




「はぁ、はぁ……」



 ふぅ、大分息が上がってきたな。




 ――――彼女。




 大丈夫かな?

 でもなんか、これも色っぽいなぁ!


「くっ……! いやぁぁっ!!」


 お、おおっ! すごい連続突き!


 うわぁ……胸が揺れる揺れる。

 ちょっと、触っちゃおっかな……め、冥土の土産に………



「んっ……」



 ―――や、やわらか……



「ご、ごめん! わざとじゃないんだっ!」



 彼女の突きを躱しながら、戦いのアクシデントを装う。


 はぁぁ、初めて女の子の胸触っちゃった……―――最早悔いなしっ!!


 ……と、思ったんだけど。



「んぁっ……」



 うわっ、すごい弾力。

 結構おしり大っきいんだなぁ。 でも、このムチムチがまた……



「やっ……」



 くびれって、いい……。

 減り張りが堪らない。



 彼女の猛攻を避けながら、ボクはこの世の未練を成就させていく。



「はぁ……はぁ………」



 ああ、なんてキレイな顔。

 疲弊した弱々しい瞳が、ボクの何かをくすぐる。



「さあ、楽しもうミレイヌ王女! どんどん来てよっ!」


「……くっ……」



 ん? どうしのかな? もしかして………飽きちゃった?


 そんな、まだまだ終わりたくないよっ、ほらっ、打ってきて? ボクまだ出来るよ?



 気付けば、だらんと腕を下ろした彼女の前に立ち。

 そのふっくらとした、艶やかな唇に見とれ、吸い込まれるように顔を近付けていた。


 キレイだなぁ……。


 き、キスしたら、さすがに怒るよね。

 でも、もし出来たらホント、死んでもいい!

 いや多分死ぬけど。



 あれ? 彼女、目を瞑った。

 まさか、これって………いいの!?



「………斬れ」


「えっ?」



 目を閉じたまま、突然不思議な事を言い出す彼女。



「私の――――負けだ」


「へ?」



 ―――負け? 誰が?



「一太刀も届かなかった。 貴殿は、もう何度私を仕留められただろうな」



 仕留める? そんなの出来ないよ、だってボク――― “逃げ専門” だから。



おごっていた。 自分が負けるなどと、考えもしなかった」



 ミレイヌ王女が負けた? 世界最強なのに?



「負けない、そう思ってこんな決闘での求婚を定めたが、私は女としては見習いだ。 貴殿程の男なら、もっと相応しい妻を娶るだろう」



「……ボクの、勝ち、なの?」



 よくわからないけど、決闘してたのはボクだし……。



「当然だ。 さあ、好きにしてくれ」


「えっ!? す、好きにしていいのっ!?」



「ああ……」





 ◆




「ええいっ! もう待てん!!」


「中に入るぞ!」



 余りの遅さに痺れを切らした臣下達が扉に駆け寄るが、



「ぬおっ!?」



 それを吹き飛ばし、ティガロが扉に手をかけた。



( そんな筈はないっ! だが、遅過ぎる!! )



 信頼と疑念との葛藤が渦巻き、乱暴に扉を開いたティガロが見たのは―――



「――なっ!!?」



 締まった腰に手を回され、もう一方の手でさりげなく尻に手を置かれた王女が、




 ―――ひ弱な少年と唇を重ねている所だった。




「「「「…………」」」」




 衝撃の光景にティガロ含め、臣下達も茫然と二人の抱擁を眺めている。



 ゆっくりと唇が離れ、蕩けた瞳で入り口に視線を向けたミレイヌは、



「………私は、クエイサー王国のハインに、嫁ぐ……」



 世界最強の剣士は、世界最弱の王子に嫁ぐと宣言した。



「ミレイヌ、やっぱりキミは最高だよ」


「……ハイン、こんな私だが、どうかよろしく頼む」



 もう、最高。

 脳が溶けそうな、柔らかい唇だった。



「一つ、訊いても?」


「いいよ? 夫婦になるんだから、なんでも訊いてっ」



「その、ハインが言っていた、 “奥義” 、とは……」



 ああ、それか。

 うーん、どうしよう。 そんなの無いんだよなぁ。



「えっとね、それは……」


「ええ」



「今夜、眠る時に教えてあげるよ」


「………そ、そうか、何分なにぶん見習いなので、お、お手柔らかに、な……」



 あはっ、大丈夫!

 ボクだって見習いだからさっ!



「でもね、今ボクの国が攻められてて、すぐに帰らなきゃいけないんだ。 だから、一緒に眠れないかも……」


「――そんなっ!! ティガロ、すぐに兵を集めなさい! ハインの、いえ、私達の国に向かいますっ!!」


「は?」


「一刻の猶予もありません、貴方も来なさい!」


「は、はいっ!!」



 ふっふっふ………。

 まさか、こんな事になるとはね。



 待っててよ父さん、兄さん達っ!



 ボク、よくわかんないけど勝ったよ!


 すぐに世界一の大国と、




 ――――世界最強の剣士お嫁さんを連れて行くからねっ!!





 ◆




 自国に帰る道中、ボクはミレイヌ王女と一緒に居たかったけど、


「正式に夫婦となるまでは許されません」


 すごい睨みを利かせた側近のティガロさんに遠ざけられた。


 まあ、仕方ないけど……



 ―――でもティガロさんこの人寝る時もボクと一緒なんだよ!?



 はっきり言って怖い!

 明らかに敵意を感じるしっ!


 こんな強そうな人に睨まれて、ボク、殺されるんじゃないかな………。




 数日後―――



 やっと故郷に着く。

 馬術の苦手なボクは、ミレイヌ王女の後ろに乗せてもらっていた。


 ムフフ、こ、この腰が……


「ハ、ハイン……くすぐったい……」


「ああ、ごめん。 落ちないようにしてたらさ」


 ティガロさんは先頭で軍を先導してるし、今しかないんだよぉ。



 早く新婚生活、始めたいなぁ。


 ……いい匂い。



 彼女の髪に鼻先を寄せ幸せを感じていると、遂にクエイサー王国が見えてきた。


 でも―――



「えっ、な、なんで!?」



 王都に旗が掲げられていた。




 ―――カノープスの旗がっ!!




 まさか、も、もう降伏しちゃったの!?


「そんな……父さんっ! 兄さんっ!!」




「……なんだ? ――っ!! ラ、ラティノスの旗!?」



 入り口の門兵がボクらに気付き騒ぎ出した。

 でも、ボクはもう気が気じゃなくて、


「あっ、ハイン!」



 馬を降りて駆け出していた。



「ティガロ! 道を開けっ!!」


「はっ!」



 王女の指示でティガロさんが一騎駆けした。


 門にはカノープスの兵が増えていたけど、どれも突然現れたラティノスの旗に狼狽えている。



「ぬぅおおおおッ!!」



 分厚く、長い大剣を振り被り、放たれた一撃は門兵達をまとめてなぎ払った。


 す、すごい……。

 この人が世界最強なんじゃないの?



 ―――よし、道が出来た!



 その横を抜き去り、ボクは急いだ。



( 速いっ……! さすが私の夫、でも…… )



「ついて行きますッ!」



 城下にもカノープスの兵がいる。

 くそっ、間に合わなかったのか!?



「な、なんだコイツは!?」


「うるさいっ! どいてよッ!」



 敵兵を躱し、とにかく城へと向かった。

 そりゃ一度は捨てた故郷だけど、無責任だったと思うけど、ボクだって……




 ―――助けられるなら助けたいんだっ!!




 ◆




 中央広場では国民達の見守る中、見せしめのように手を後ろに縛られた、国王バロネスと兄達が膝をついていた。



「今日クエイサー王国は終わるっ!! 皆明日からはカノープスの民として生きるのだっ!!」



 この国は変わる。

 それを分からせる檄を飛ばし、項垂れる王と王子達の首を落として国民に理解させるつもりだ。


 男が腕を空に向けて上げる。

 その腕を下ろした時、クエイサー王国の歴史も幕を下ろす事になるだろう。



「願わくば、民に安寧を……」



 バロネス王が最後の言葉を呟く。



 そして、処刑執行を告げる腕が鎌の如く振り下ろされた。



「まま、まってぇえええッ!!!」




「「「「――っ!?」」」」



 張り詰めた空気の中、広場に響いた間の抜けた情け無い声。



「……ハイン、お前、何故……?」



 顔を上げると、逃げた筈の息子が目に映る。

 戻っても殺されるだけだと言うのに。



「バカな……」



 罪悪感に駆られて舞い戻ったのか。

 寧ろ、生きて欲しかった。


 悲痛な表情でバロネスが目を閉じた時―――



「ぐぁっ!」

「ぶっ……」

「うっ……ぅ……」



 三人の処刑人が呻き声と共に地面に倒れた。



「私の家族に剣を向けるとは、終わるのはカノープスのようだな」



「なっ、なんだ貴様はッ!!」



 号令を掛けたカノープスの軍人は、突然現れた白金の少女の正体をまだ知らない。



「た、大変だっ! ラティノスが攻めてきたぞっ!!」



 その知らせが、彼女が誰であるかを連想させる。



「なっ……! ラティノスが……では………」



「父さんっ、兄さんっ! ボクねっ」


「あっ」



 彼女の肩を抱き、弱く生まれ育った末っ子は、



「ラティノスのミレイヌ王女と結婚するんだっ!!」



 処刑執行の日。

 父と兄達は、結婚の報告を受ける。




「「「………は?」」」




「ハ、ハイン……お義父様達の前で……」



 抱き寄せられた新しい妃は、頬を染めた最強の剣士。



 そして、



「えっ、でも、好きにしていいって言ったよ?」



 国を救った英雄は、最弱の―――いや、最速の王子だった。



「……ええ、でも、お、お手柔らかに………」





 ◆




 かくして、滅亡の危機から世界一の大国、ラティノス王国と同盟国となったクエイサー王国。



 国は救われ、安寧を取り戻した……が―――



「なんでッ!? どうして王女と部屋別なのさっ!」


「まだ正式な夫婦となっておりません。 それに、今回は緊急故に兵を動かしましたが、明日にはここを立ち、国王様にその説明と、何よりミレイヌ様との結婚をご報告し、認めてもらわなければなりません」


 ……ぉのれ〜〜……っ!!


「ティガロ、ハインは私に勝ったのだ。 認めてもらう必要などない」


 まあ、勝った手応えは無かったけどね。


「そうだよっ、なんで――」


「そ・れ・で・もっ!」



「――ぐっ……!」



 そ、そんな大っきな身体で圧かけないでよねっ!



「一度お二人共ラティノスに戻って頂きます。 良い機会です、カノープスなど私の部下達だけで滅ぼして見せましょう」


 ってことは、ティガロさんは一緒に来るのか……。


「案ずるな、ハイン」


「ミレイヌ……」


「お父様もきっと喜んでくれる。 何より、その、私は……貴方しか……」



 ―――世界最強に可愛いな。



「あっ……」


「わかったよ、ミレイヌ」


 ボクは彼女を抱きしめて、わざとティガロさんに視線を送った。



「ぐぐっ……!!」



 へへーん、そんな怖い顔しても怖くないよっ。

 ミレイヌがくっついてたら手が出ないでしょ?



「それじゃあ、帰って来たばかりだけど、明日行ってきますっ!」


「あ、ああ……」

「何が、どうなったら、こうなるんだ?」



 兄さん、 “逃げるが勝ち” って……意味違うかな?



「事情はわかった………けっ! 私の―――自慢の息子よっ!!」



 ………父さん、さすがにそれは無理があるよ……。




「すまん、ティガロは堅物で……」


「いいよ。 それに、言ったでしょ?」


「??」



「キミとなら、どこにでも行けるって」


「……ハインっ」



 おわっ………ムフフ、いい人生だなぁ。



「ぬぬぅっ……!!」



 せめて今日だけでも、 “人払い” してくれないかなぁ。 じゃないと、 “奥義” が使えないよ……なんてねっ!


 さあ、明日はまたラティノスへ出発だ!



 もう死にに行くつもりはないよっ、今度は……




 ―――― “最高の花嫁” を貰いに行くんだっ!!



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