34話 侍る忍者

 中間考査の学年順位が廊下に張り出された。

 佐助達は混み合っている時間帯を避け、時間を潰して先ほど教室を出たばかりだ。

 前に依織、遥香、そしてクロエの三人が並んで歩き、その後ろを佐助と由宇が陣取った。


 教室でも雑談していたにもかかわらず、今も会話しながらゆっくり歩く女子三人の後ろ姿を眺めながら佐助は歩調を合わせがら歩く。

 よくも話題が尽きないものだと感心していると、ふと横から視線があることに気付く。


「なんだ」

「いえ、幸せとはなんだろうなぁと」

「何故俺の顔を見ながらそう思うんだ……」


 由宇はどことなく冷たい目で佐助の顔をまじまじと見ている。

 随分と哲学的なことを考えているが、その思考の中に佐助が関連しているのは状況から推測できる。


「一応私を含めて女子四人を侍らせる男として、何か思う所はありますか?」

「……特にない。が、ひとつ訂正するなら侍っているのは俺の方だろう」


 由宇に言われて初めて自らが置かれている状況を再認識した。

 確かに赤司が近くにいれば「羨ましい」だの「抜け駆け」だだの言われる状況かもしれない。

 とはいえ、それで幸せに感じるかと言われたらそんなこともなく、どちらかと言えば早めに終わらないかと考えているくらいだ。

 それを遥香の前では言えないが。


 少なくとも、侍らせているというのは大きな誤解だ。

 そもそも佐助は最初行く気がなかったのだ。

 それが気付けば佐助も当然のように行く流れになっており、女子達の話術にしてやられた感覚が強い。


「問題は周りからどう見えているかですよ」

「……気にしておこう」


 確かに佐助一人で歩くよりも視線を感じるのは事実。

 その中身のほとんどは好奇の目だが、中には敵意に近いものも混じっている。

 佐助本人はもてはやされているなどと考えてはいないが、それを他の者が知る術などないし誤解を解こうにもその対象が多すぎる。


 廊下の角を曲がると順位が貼られている掲示板が見えてくる。

 当初より人が減ってはいるはずだが、それでも人だかりと表現できるくらいには大勢の人が集まっていた。

 多くの者が未だ掲示板の前におり、名前を指して喜んでいたりスマートフォンで写真を撮ったりしている。


 そこに近づいていくと、遥香達に気付いた周りの生徒がこちらに視線を送ってくる。


「…………」


 佐助は思わず顔を顰める。

 遥香達に気付いた者達は皆一様に前の女子達を見て顔を明るくし、そして次の瞬間には後ろの佐助を見て微妙な顔をするのだ。

 佐助を見た時の反応は様々だが、ただ興味深く見てくる者もいれば、ぎょっと驚く者もいるし、中には何か残念そうな顔をしている者もいる。


 これは確かに気にした方がよさそうだ。

 といっても、対策案など浮かばないので機会があれば依織に聞いてみよう。

 佐助がそう思ったその時。


「おー遥香すごい! 二位じゃん!」


 前にいる依織は既に遥香の名前を見つけたようだ。

 佐助も掲示板の方を見てみれば、その上の方に大きく各務遥香の名前が二番目に連なっている。


「えへへ。やったね」


 そのことに遥香も素直に喜んでいるようで手でブイサインを作って嫌味のない笑顔を浮かべている。


「うむむむ、流石は遥香です。おめでとうございます」

「あ、クロエがなろう系ヒロインになった」

「素直にそう思っただけですっ!」

「はいはい、かわいいかわいい」


 難しい顔をしながらもクロエは遥香を祝福するが、それを依織が茶化す。

 クロエは歯を出して反論するもどういう流れか依織にもみくちゃにされている。


 依織とクロエが戯れている光景を不思議に思いながら眺めていると、また隣にいる由宇から視線を感じる。


「コメントをどうぞ」


 一瞬何のことか分からなかったが、由宇の視線が遥香に戻ったのを見て察した。

 遥香を見ると何か物欲しそうに佐助を見ていたが、佐助と目が合うとすぐに目を逸らしてしまった。


「おめでとう。すごいな」

「うんっ。ありがとう!」


 佐助が素直に賞賛すると遥香は顔を殊更に明るくさせる。

 あまり遥香からは承認欲求のようなものは感じたことがなかったが多少はあるらしい。


「みんなでやった勉強会のお陰だね」

「各務は教えていることの方が多かったし、純粋に実力だろう」

「んーん。人に教えるのも勉強のうちだし、過去問見れたのも良かったよ」


 確かに人に教えることで、自分の復習にもなるというのはよく聞く話だ。

 佐助も勉強会で何度かその機会を持つことでそれを実感していた。


「佐助くんはどうかな、載ってるといいな」


 遥香は掲示板の方に視線を戻し顔をやや固くして浮き足立ちながら掲示板を見ている。

 先ほどの方が堂々としていたのだが、自分のことが終わってからの方が気になるらしい。


 といっても、掲示板の前にはまだ残っている者もおり女子の背では上から舐めていくのは一苦労だろう。

 現に遥香も背伸びして首を伸ばしながら名前を探している。


 佐助も背が高いというわけではないが、全貌が見えないわけではない。

 順位を上から見ていくと、少ししてから見慣れた名前を見つけた。


「北条が三十二位だな」

「わあ! やったね由宇ちゃん!」

「ありがとうございます」


 勉強会でも教える立場が多かった由宇がこの位置にいるのは順当だろう。

 由宇も涼しい顔を崩さないままである。


 更にその下。


「和泉が七十四位」


 ここにはいないが、和泉の名前も載っている。

 和泉も勉強会では教える側として活躍することも多かったので、納得の順位だ。


 そして、貼られている順位の一番端。


「クロエが百位。ちょうどだな」

「やりました!」

「きゃー! すごいじゃんクロエも!」


 実際、慣れない日本語でのテストに苦戦していたのは一緒に勉強をした佐助達も知っている。

 その場にいる全員が自分のことのように喜んだ。


 ここまで依織の名前はないが、その依織もクロエに抱きついている。

 しかし不意にクロエに頬を摺り寄せていた依織の顔が止まった。


「ってあれ? 佐助っちもいるじゃん。九十九位」

「そのようだ」


 クロエのちょうど上。

 そこに朧佐助の名前がある。

 なんとなしに佐助が名前を読み上げていたが、自分の名前を読むのが気恥ずかしかったのだ。


「佐助は私のお隣ですね」

「ん? そうだな」


 クロエは何が嬉しいのか、先ほどとは違う種類の笑顔を浮かべていた。

 目を細めて微笑むクロエは天使を彷彿とさせるようで、不覚にも少しどきりとさせられる。


「佐助くんもすごいね。おめでとう」

「ああ」


 遥香からも祝福の言葉が佐助に贈られる。

 その表情は喜びつつもどこか安堵しているようで、少し固かった表情が解けていた。


「俺の方こそ皆に教えてもらった結果だな」

「うんうん、よく頑張りましたっ」

「ああ、そうだな」


 遥香は花のような笑顔を浮かべて佐助を労った。

 そんな遥香を見て佐助はどこか満たされるような、不思議な気持ちが湧いてくる。


 佐助も承認欲求がない方だと思っていたが、こうして実際に褒められると存外に嬉しいものだ。


 そんな感慨に浸っていると、ふと変な視線に気付く。

 今度は由宇ではない。

 遥香は佐助の隣で変わらずにこにこと笑っている。


 視線の正体は、依織とクロエだった。


「どうした急に」


 二人は開いた口が塞がらないといった様子で、珍しい物を見たかのように呆けている。

 佐助が怪訝な顔で尋ねると、やっと二人は動き出した。


「……明日は雪でも降るのかな?」

「佐助、もう一回! もう一回お願いします!」


 依織は変わらず驚いた表情を保ち、クロエは慌てたように佐助に懇願する。

 そう言われても、クロエに頼まれている内容が分からず佐助は困惑するばかりだ。


「もう一回笑ってください!」

「――っ」


 ぐいと乗り出すクロエの言葉に佐助ははっとする。

 どうやら不覚にも頬が緩んでいたらしい。

 緩んでいた頬とともに気を引き締め直すと、今度はクロエが顔をしかめた。


「なんでいつもの仏頂面に戻るんですか!」

「そう言われてもな」


 忍者たるもの常駐戦陣の心構えであるべし、である。

 そして何よりも。


「俺が笑うのも変だろう」


 佐助も普段から鏡くらいは見ているが自分の笑った顔は似合わないと思っている。

 かつて師匠である父にも言われ、笑顔の練習をしたこともあったのだが佐助が作る笑顔はぎこちない。


 しかし、この場でそう思っているのは佐助だけのようで。


「私はすごく素敵だと思いましたよ!」

「わ、私も! 佐助くんの笑った顔……すごくいい、と思うよ?」

「ギャップ萌えを狙えるレベルではあったな……」


 三者三様の反応ではあるが、肯定的に捉えられているようだった。

 この場で無表情を保っているのは由宇だけだ。


 佐助の思惑とは異なる反応に戸惑い、その由宇に助けを求めるように視線を送る。

 それに気づいた由宇が一言。


「ノーコメントです」


 それを聞いて佐助は自分が孤軍であることを察した。

 そのことに絶望していると、捨て置けない言葉が佐助の耳に届く。


「くすぐったりしたらまた笑わないかな」

「それはちょっと違うような?」

「う、うん。くすぐるのはちょっとかわいそうかも……」


 依織とクロエが意地の悪い顔をしながら指を触手のように動かして隙を伺っている。

 遥香とクロエは苦笑いを浮かべて言葉で制止しているが、依織はそれを意に介していない。


「頼むからやめてくれ……」


 鍛えているのでくすぐられたからといって笑ったりはしないが、公の場で戯れるのを周りに見られたくもなく、佐助はただ懇願するしかできなかった。

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令和に生きる忍者の俺が恋愛をしている暇はない ぬま @numa_h

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