17話 忍者と黄金の風

 千城高校から最寄り駅まで、徒歩にすると約十分程度。

 東京見学で行く場所を決めるための会議に提案する材料を決める、そんな作戦会議をするために佐助は同班となる赤司と和泉、そしてそれに同行したいと申し出た依織とクロエで歩いていた。


 歩きながら雑談を交えているのは主に赤司と依織だった。

 その二人を中心に、和泉やクロエが相槌や意見を時たま挟んでいる。

 その様子を見て佐助は頭の中に疑問が湧く。

 佐助は和泉の近くまで行き声を小さくして話しかけた。


「赤司は女好きという印象なのだが……千浪は対象に入らないのか?」


 体育の授業では遥香や由宇のことを、そして先ほどはクロエの容姿を褒めている。

 しかし、依織に対しての態度は……まるで男を相手にしているように佐助は感じていた。


「ああ、赤司君と千浪さんは中学一年の時から同じクラスだったらしいよ。だから前からこんな感じみたい」

「なるほど」


 男女の関係というより、友人に近い関係ということだろう。

 事前の調べで依織と赤司が同じ中学出身だったことは佐助も知っていたが、クラスまで同じだったことまでは調べていなかった。


「千浪さんも十分美人さんだと思うけどね。そういう話で名前出てくること少ないけど、僕は各務さんとかクロエさんと同じくらい見た目整ってると思うよ」

「そうなのか」

「その意味だと性格で少し損をしてるのかもね。話しやすくて、そこも千浪さんの魅力だと思うけど」


 確かに依織は男子とも仲良く話しているのを佐助はよく見かけていた。

 遥香も男女分け隔てなく接してはいるが、依織の方がより友人らしい気さくさがある。


 それにしても和泉の話し方は随分と第三者的だ。

 その分佐助にも理解がしやすいが、赤司の主観と欲望に満ちた話と大きな差がある。


「和泉は女性が好きではないのか?」

「ちゃんとノーマルだよ。普通に女の子に興味あるもの」

「そうか、失礼した」


 佐助の失礼とも言える質問に和泉は苦笑いしつつも笑顔で返す。


「というか、朧君こそ女性に興味なさそうじゃないか」

「む、確かにそうだな」

「そこ肯定するんだ」

「いや、しかし男を見ても特に何も思わないぞ」

「そもそも恋愛に興味がなさそうだよね朧君は」


 和泉は観察眼に優れているのだろうか、佐助の内心を言い当てる。

 佐助に恋愛をするつもりがないのは事実だ。

 美醜感覚程度はあるが、赤司や和泉のように誰が良い、誰が可愛い等の感覚の持ち合わせもない。


「僕も女の子に興味はあるけど、恋愛に興味があると言われたら違うからなぁ。と言っても、僕達みたいのの方が例外だとは思うけどね」

「皆が赤司のように貪欲ということか?」

「赤司君のアレは病気」

「……そうか」


 難儀な病気だと佐助は思う。

 そんな病気は聞いたこともないので流石に例えなのは理解できるが、それにしても難儀なものだろう。


「ま、こういうのはマイペースでいいんじゃないかな。僕にはよく分からないけど」


 確かに誰かに急かされてすることでもない。

 今はそれよりも忍者として精進すること、そして任務をこなすことの方が重要だ。

 佐助の父も忍者であるがこうして佐助は生まれているし、いずれその時が来るのだろう。


 そんなことを考えながら話していると、佐助はふと違和感を感じた。


「…………」

「どうしたの?」


 ――視線のようなものを感じる。


 同行しているメンバーではない、遠くからの湿った気配。

 一瞬で消えたが、確かに佐助の鍛え抜かれた五感はそれを感じ取った。


 しかし周りを見回しても気配はどこにもない。

 気の所為ではないだろうが、今深く追う程でもない。

 遥香が近くにいればともかく今は佐助一人しかいないのだ。


「いや、なんでもない」


 佐助は一旦視線の正体の追求を置き、再び皆と歩調を合わせて歩き出した。


 $


 皆と話しながら歩けば目的地まであっと言う間に着いてしまう。

 学校近くの閑静な住宅街はもう見えず、ここは駅から伸びる繁華街である。

 以前にクラス会が行われたのもこの辺りだった。


「そこの本屋に寄って行こうぜ」


 東京見学の行き先選定のため赤司は観光雑誌を買おうとしているようだ。

 赤司を先頭に全員で書店の中に入る。

 中は書店特有の紙とインクの匂いで充満していた。


「この辺か。色々あるな」


 目当ての書棚を見つけると、そこには様々な観光地が特集された雑誌が並んでいる。

 それだけでなく東京周辺だけでも色々な種類があるようだ。

 表紙を見ただけでは佐助には中身の違いまでは分からない。

 雑誌を買おうと言い出した赤司はいくつかの本を手に取り軽く目を通している。

 多少時間がかかりそうだ。


「私、ちょっと他のコーナーも見てきていいですか?」

「ああいいぜ。全員で探しても仕方ないしな」

「サンクス、斗真」


 クロエは別行動を取るようで礼を言って店内の奥へと入っていく。

 実際、赤司の言う通り五人全員で見ても仕方がない。

 佐助にもできることはないだろう。


「俺も他を見てくる」

「ああ」


 佐助も一言断りを入れて店の奥の方へと進んだ。

 あまり書店に入ることはないが佐助も参考書や小説を購入したことくらいはある。


 定期考査も近いことだし参考書でも見てみようか。

 佐助はそう考えて参考書が置かれている書棚へと向かう。


 すると、その近くに設置されている漫画棚の前でクロエが真剣な表情で手に取った本を睨んでいる。


 そういえば、とふと思う。

 約一か月間、普通にクロエと学校で過ごしていたが彼女は留学生である。

 それも、高校入学と同時に来日したらしい。


 日本語を読むのに不自由はないのだろうかと佐助は気になった。

 クロエが持っているのは佐助でも知っているような、今人気の少年向けの漫画のようだ。

 無遠慮に見すぎたのだろうかクロエが佐助の視線に気づいて顔を向ける。


「佐助も漫画を見に来たのですか?」

「いや、俺はそこの参考書でも見ようと思ってな」

「オー、真面目ですね」

「クロエは日本の漫画が好きなのか?」

「はい、日本語は漫画やアニメで覚えました」


 海外でも英語版の漫画やアニメも出ているだろうに、わざわざ日本語版を選ぶとはよほど好きなのだろう。


「こっちでは向こうで売られていない漫画が沢山あって、私ものすごくハッピーです」

「そうか」

「佐助が読んでるのとか、ありますか?」

「いや、俺はこういうのは読まない」


 佐助は有名な漫画であれば存在を知っている程度で、漫画以前に絵付きの本はほとんど見たことがない。


「それはもったいないです! これとかお勧めですよ」

「これは?」

「忍者の漫画です!」


 クロエは佐助の実情を聞くと平置きにされている本の中から一冊取り出した。

 同じタイトルの本が何十冊と並んでおり、長く続いているシリーズ物のようだ。


 本の表紙を見せるクロエの顔は生き生きとしており、本当に漫画が好きなのだと思わせる。

 その顔の周りにある黄金の髪も相まって、煌めく星が周囲に浮かんでいるかと錯覚するほどだ。


 しかし、本の表紙を見た佐助は顔をしかめてしまう。


「……忍者、か」


 表紙に映っているのは派手な服を着て、派手な頭の少年で、到底人の目から隠れられるような服装ではない。

 少年の両手は何か形を作るように結ばれているのだが、何のためにこんなポーズを取っているのか分からない。

 極めつけは口に巻物を咥えており、唾液で使い物になってしまいそうだ。

 そもそも巻物なんて何に使うのかも不明だが。


「まあまあ、ちょっと読んで見てください」


 言いながらクロエは佐助に本を手渡す。

 ビニールのカバーはされておらず、よく見れば手垢もついている。

 試し読み用の一冊のようだ。


 佐助は本を受け取り、手早くページをめくっていく。

 内容は細かく見ていない。ただ、この本で忍者がどう描かれているかは分かる。


「少し、俺には合わないかもしれないな」


 ページをめくればめくるほど佐助の知っている忍者とは違う忍者が出てくるのだ。


 手品のように無から有を生み出す、街中で爆発を起こすような危険な真似をする、忍者同士の戦いなのに派手すぎる、手裏剣の投げ方も適当すぎる、生き物が喋る、登場人物が全員個性的で覚えやすい、その他諸々と指摘したい所が山ほどある。


 佐助は手に持った本を返すために差し出すも、クロエはそれを受け取らずに不思議そうな顔を浮かべている。


「あれ? 佐助は忍者に興味なかったですか?」

「そうだな」

「おかしいですね。佐助は絶対に好きだと思ったんですが」

「どうしてそう思った?」


 佐助本人は忍者だが、こういった創作の忍者に興味があるかと問われれば絶対に否である。

 佐助は普段から自分が忍者であることは悟られないようにしているし今まで興味を示したこともない。


 そのため単純に気になってクロエに質問したのだが、そのクロエは顎に人差し指を当てて上を見ながら考え事をしている。


「まぁ、日本人なら忍者が好きなものだと思ったんですよ」

「そういうイメージがあるのか?」

「母国ではみんな日本の忍者はクールだって言ってますね」

「それを言ってるのは日本人ではないだろう」


 佐助の指摘にクロエは「それもそうですね」と頷いて、佐助から返された本を受け取り棚に戻した。


「では、こちらの本はどうです? これも日本人なら好きだと聞きましたよ」

「……なんというか、一層すごい絵だな」


 クロエが次に差し出したのは西欧人が謎のポーズを取っている表紙の漫画だった。

 とはいえ、佐助からすれば先ほどの忍者漫画よりも飲み込める。

 よもや西欧人全員がこのようなポーズを取るわけではないだろうが、中にはいるかもしれない。


「このシーンとかすごいんです! メメタァって蛙を潰す勢いで殴っても、蛙は元気なままなんです!」

「どういう仕組みなんだ」

「ここの立ち方とかすごくないですか? 特に手! 私このポーズ練習したんですよ!」


 そう言ってクロエは漫画の登場人物と同じポーズを取ると「ドドドドド……」と謎の擬音を口から発する。

 この音が何を意味するのかは分からないが、異様な迫力を生み出しているようには感じる。

 少し恥ずかしいから止めてほしいが。


 しかし、クロエが強調していた手の形は確かに一見の価値がある。

 身体中の筋肉を自在に操るための訓練を積んでいる佐助ですらどうやっているのか分からないほどだ。


 試しに佐助も自分の手で形を作ってみる。


「こうか?」

「ノー! 佐助、これは手だけでは成り立たないのです! 足は内股に! 左肩だけ少し下げて、手は腰に巻き付ける!」

「……それはやらないといけないのだろうか」

「オフコース! 身体全体で表現して初めて完成です!」

「いや、別に完成させたいわけではないのだが……」

「ダメです! やってください!」

「お、おう……」


 仰け反る程のクロエの勢いに思わず佐助は了承してしまう。

 こう返事をした以上、毒を食らわばの精神でクロエの言う通りにしてみることにした。


「……どうだ」


 実際にやってみると羞恥は感じるが、その分中々の再現度ではないだろうか。

 しかし、クロエはお気に召さなかったらしい。


「惜しいです! 脇はもっと締めて……もっと肘を内側に!」

「こ、こうか?」

「腰の右側だけもう少し上げてください!」

「難しいな……」

「左の膝が伸びてます! 少し曲げて!」

「……うむ」

「イエスッ! これでばっちりです!」


 いくつか指摘を受けた部分を修正してようやく完成したようだ。

 もう十分だろうとポーズを解こうと力を抜くと、それを察したクロエが佐助を制止する。


「フリーズ!!」

「何故だ」

「私も一緒にやります。私がいいと言うまでそのままにしてください」

「……何故だ」


 ポーズを続ける意味も分からないし、一緒にポーズを取る意味も分からない。


 クロエは佐助の質問に答えず代わりに深く息を吐くと足を肩幅に開く。

 そして足は内股にし、左肩だけ少し下げ、その先にある左手は腰に巻き付ける。

 仕上げとばかりに右手で形を作って顔の前に持ち上げて。


「バァァーーン!!」

「……これはなんだ」


 まったく意味が分からない。


 佐助としては早く終わりにしたいのだが、クロエの許可が出るまでポーズを保てと言われているため動けない。

 律儀に言いつけを守る必要があるかは分からないが。


 しばしの間、沈黙が流れる。

 すると後方から聞いたことのある足音がやってきた。


「おーい、クロエと佐助っちー。もう行く――って何してんのあんた達」


 佐助はポーズをしたままなので後ろを振り返れないが、そこには白けた顔をした依織がいることは想像に難くなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る