18話 忍者は作戦会議に参加する

 目的の観光雑誌を買い、本屋を出た佐助達一行は近くのファストフード店にまで来ていた。


 全員が手慣れた様子で注文を終わらせ、商品を受け取り各々席へと向かった。

 佐助は最後に注文を終わらせて同じく商品を受け取るとトレーを持って店内の奥へと向かう。


 その先には赤司と和泉が移動可能なテーブルを寄せ合わせて六人掛けの席にしようとしているのが見える。

 佐助はその作業を終わるのを行儀よく待っていると、同じく席ができるのを待っている依織から声がかかる。


「なんか、佐助っちがハンバーガー食べるのってシュールかも」

「そうだろうか」


 そう言う依織の視線の先には佐助が頼んだハンバーガーとウーロン茶がある

 心の底からそう思っているのだろう、依織は嫌らしさを感じさせない笑みを浮かべている。


 しかし、佐助は日頃からファストフード店をよく利用している。

 忍者は忙しいのだ。

 食事をゆっくりと採っている余裕はない。

 そのため、佐助はコンビニのパンやこういったファストフードで食事を済ませることも多い。


「なんか、和食とか似合いそう」

「和食も好きだがな」


 健全な身体にはバランスのいい食事も必要だ。

 その意味では和食は非常に素晴らしい食事だし佐助も好んでいる。

 そうは言っても忙しさにかまけて積極的に食べようともしていないのだが。


「おう、お待たせ」

「ありがと」

「サンクス斗真、洋輔」


 そうこう話をしている間に赤司と和泉で席の準備を終わらせてくれていた。

 佐助も一言礼を言いつつ椅子を引いて席に座る。


 ソファー側の席に女子二人、座椅子に男子三人という配置だ。

 座椅子には赤司と和泉が率先して座っており、中々紳士的な対応だと佐助は内心感心していた。


 皆が席に着いたことを確認した赤司は近くに置いてあったビニール袋から観光雑誌を取り出しテーブルに広げる。


「よし、ではこれより第一回東京見学作戦会議を始める! 拍手!」

「おー」

「…………」


 赤司の唐突な号令に反応したのは場の半分。

 無言で長い間隔で湿った音を鳴らす和泉。

 そしてよく分かってなさそうな顔をしつつも、とりあえずで拍手しているクロエだけだった。


「おい朧、千浪。お前らノリ悪いな」

「んなこと言われてもね」

「俺は意味が分からない指示に従うのを止めようと自分の心に誓ったばかりだ」

「あれは傑作だった」


 先ほど書店で赤っ恥をかいたのは記憶に新しい。

 クロエの指示で謎のポーズを取ったことを依織に見つかり、爆笑された挙句にスマートフォンのカメラで写真を取られそうになったばかりだ。

 写真を取られるのだけはなんとか阻止したものの、依織の脳内には焼き付いているのか今も依織は歯を見せて笑っている。


「それはともかく、作戦会議をするのだろう」


 佐助は下手に追求されるのは避けたく、場の話を進めるように促した。


「んじゃ、早速だけど始めるぞ。見学ルートは結構自由だが、指定の場所を最低二箇所は選んで行く必要がある。面白味がない場所は大体ここにあるから、まずはここを決めよう。去年の指定場所の一覧はこれだな」


 赤司は鞄の中から冊子を取り出し、テーブルに広げる。


「用意がいいんだね」

「部活の先輩から貰ったんだよ」

「なるほど」


 話し方や普段の態度から雑な印象がある赤司だが思いの外用意がいい。

 こうした準備のための作戦会議を開こうと言い出したのも赤司であるし実は細かい性格なのかもしれない。

 声を上げた和泉を始め、場にいる全員が感心の表情を浮かべている。


「ちょっと見ていい?」

「おう」


 和泉はテーブルに出された冊子を手早く捲る。


「やっぱ有名所が多いねー。浅草寺に明治神宮、皇居。東京タワーにスカイツリーとかは定番中の定番って感じ。後は美術館とか博物館」

「とまぁ、こんな感じだ。この時点でどこか行きたい所とかあるか?」


 赤司の質問に反応する者はいない。

 和泉が持っていた冊子は依織の手に渡り、依織も中身を読んでいるが表情に変化はなかった。


「私は積極的に行きたい所とかはあんまないかなー。しいて言うならスカイツリー?」

「スカイツリーはやめとけって先輩に言われたな。大勢で行っても楽しい場所じゃないし、当日うちの生徒で溢れかえるらしい。考えることはみんな一緒ってことだ」

「あー、それだとあんま行きたくはないかもね」


 溢れかえるというのは比喩だろうが、それでも多くの生徒が行くのだろう。


 佐助としてもスカイツリーや東京タワーにはあまり行きたくはない。

 というのも、護衛において有事の際には脱出経路の確保が非常に重要だ。

 それよりは寺や神社の方がよほどいい。


「お寺とかはどうなんですか?」

「選ぶ人はいるだろうが、楽しいかと言われると……人によるだろうなぁ」

「オー、そうですか……」


 クロエの質問に赤司は曖昧な回答をする。

 外国人であるクロエからすれば寺や神社は興味深い場所なのは想像に難くないが日本人からすれば別だろう。


 とはいえ、候補の中から佐助が選びたい場所でもある。


「俺は寺や神社だとありがたい」

「佐助! 話が分かりますね!」

「まぁ美術館とか行くよりはいいけどなぁ。寺行って楽しいかぁ?」

「クロエは楽しみにしてそうだぞ」


 佐助の援護射撃にクロエは顔を明るくする。

 一方の赤司は渋るような顔だが、目の前の女子が行きたそうにしているなら赤司も無下にはしないだろうという期待が佐助にはあった。


「クロエさんの話聞いて思ったんだけど。すごく今更なんだけどさ、クロエさんってもう班決まってるの?」

「いくつか誘われてるとは言ってたよね」

「なにっ!? まだ決まってなかったのか!」


 話を途中で挟んだのは和泉だ。

 それに依織がクロエの代わりに回答する。

 赤司はクロエが別班で決まっていると思ったのだろう、驚きの表情を隠さない。


 和泉は「あ、意見を言ってほしくないとかじゃなくて」と補足を加えて話を続ける。


「もし決まってないなら一緒の班になるのはどうかなって。そしたらもう一箇所は決まったものじゃない? 正直僕はどこでもいいし。クロエさんと赤司君がそれでよければだけど」

「おう、クロエが一緒なら寺でも神社でもどこにでも行こうぜ!」

「流石の変わり身だね」

「こういう所でポイント稼ぐんだよ!」

「それを本人の前で言ったらダメだと思うけどね」


 赤司と和泉の漫才を前にして当のクロエは苦笑いを浮かべている。

 しかし、憎からず思っているようでその顔は朗らかだ。


「そうですね。良ければ私も入れてください」

「マジか! やったぜ!」

「でもいいの? 言い出した僕が言うのもなんだけど、他からも誘われてるんでしょ?」

「はい、他に候補がなければでいいと言われてるので」

「よっしゃあ! じゃあ決まりだな!」


 赤司は右手で作った拳を逆の掌に打ち付けて音を鳴らす。


「いや、それこそ赤司君もいいの? 僕は正直美術館行くのとあまり変わらないと思うけど」

「寺でも神社でもおみくじ引いたりとかのイベントはあるだろ。喋れないわけでもない。浅草寺なら昼飯はもんじゃとかお好み焼きでもいいかもな。美術館にはそれがない」

「あ、もんじゃいいね。私も食べたい!」

「ジャパニーズもんじゃですね!」


 赤司の言葉に依織とクロエが盛り上がり始める。

 テーブルに置いてそのままだった観光雑誌を手に取り、今から浅草寺周辺にある飲食店を調べているようだ。


「じゃあ一箇所はこんな感じでいいだろ。他にも候補はあるし、別に行きたい所があれば言ってくれ」

「はい、そうします。サンクス斗真」

「ぐへへへ」

「ちょっといい奴感出てたのに、その笑い方で台無しだよ赤司君」


 クロエの太陽のような笑顔に気をよくした赤司はその鼻の下を限界まで伸ばしていた。

 和泉に注意されて引き締めるが、残念ながら後の祭りである。


「ともかくだ、後は一箇所だな。俺のおすすめがあるから聞いてくれ」


 赤司はそう言うと冊子の方ではなく依織の手にあった観光雑誌に手を伸ばし「ちょっと借りるぞ」と雑誌を取り上げてページを捲っていく。


「ここだ。東京オリンピック記念ヒルズ!」


 赤司が開いたページには背の高いビルの隣に巨大な競技場が隣接されている施設だった。


 この施設なら佐助も知っている。

 近々開催される東京オリンピックに向けて建てられた施設だ。

 ビルには各種店舗が立ち並び、オフィスフロアもある。

 また、その隣には競技会場となるスタジアムが併設された総合商業施設である。


「あれ? ここって指定場所にないんじゃない?」

「そりゃそうだ。記念ヒルズができたのはここ一年以内だからな」


 赤司の持ってきた冊子は去年の冊子であるため、それよりも新しい施設が載っているわけもない。

 疑問を上げた依織も頷くが。


「んじゃあ、ここが今年の指定場所に入るとも限らないんじゃない?」


 新たな疑問も出る。

 今年の東京見学の見学先候補はまだ未発表のはずだ。

 そもそも内輪で班を決めているだけで、正式には班分けも決まっていない。


「ふふん、俺のリサーチ力を甘く見るなよ。記念ヒルズが今年から候補に上がるのは先生に確認済みだ。というか、オリンピック関連の場所はおおよそ追加らしいぜ」


 赤司は本当に事前の準備が得意らしい。

 昨年の冊子だけでなく今年の新情報まで仕入れてるのは流石だ。


「他にも色々あるけどな、お台場とか。でもどうせだから新しい所の方がいいだろ?」

「それこそ、みんな同じこと考えそうではあるけどね」

「スカイツリーより広い場所だろうし、まぁいいだろ」

「流石のアバウトさだね」

「照れるぜ」

「褒めてないよ」


 ともあれ、赤司提案の記念ヒルズは検討の土台には上がるらしい。

 女子二人の感触も悪くないようだ。


 $


 その後も全員でオリンピック関連の名所を観光雑誌を通して調べることになった。

 会議は踊るも記念ヒルズと比較すると面白味に欠ける、というのが佐助を除く四人の見解である。

 競技場がほとんどで、近くにめぼしい商業施設がないのが大きいらしい。


 当の佐助は護衛に際してどこも変わらないように見えており、どこでも問題はなかった。


 ともあれ、日も下がった時間になった所で会議は終了した。

 赤司はルート決めのホームルームには浅草寺、そして東京オリンピック記念ヒルズを持っていくことに決めたようだ。


「んじゃ、今日はこれにてお開き! お疲れさん!」

「お疲れ様」

「お疲れー」


 赤司の号令で今日は解散となった。

 テーブルの上を片付け、配置を元に戻して全員で外を出る。


「みんな電車か?」


 繁華街の通りから駅へと出る道まで来ると先頭を歩く赤司が問う。

 皆が頷いてる所を見ると、どうやら全員が電車で通学しているようだ。


 佐助も電車通学ではあるのだが、少し所用があった。


「すまん、忘れ物をしたようだ。俺は一度学校に戻る」

「なんだよ。マジで忘れ物してたのか」

「すまんな。先に帰ってくれ」


 学校を出る前に赤司達から忘れ物を心配されていたからだろう、赤司達は呆れたように佐助を見る。

 その視線が少し居心地悪く、思わず謝罪の言葉が口に出る。


「気を付けて帰れよ」

「朧君、もう暗いし気を付けてね」

「ああ」


 赤司は呆れながらも、佐助を心配するように言った。

 和泉も同様だ。


「佐助、今日は楽しかったです」

「また明日ねー佐助っち」

「ああ、またな」


 依織とクロエからは笑顔で挨拶を送られる。

 佐助は変わらず無表情で返したが。


 ともあれ、佐助は駅へと向かって歩く四人の背中をその場で見送った。


「……さて、と」


 四人が見えなくなった所で佐助は学校の方へと静かに歩き出す。


 本日通算で三度目となる通学路だが、朝と放課後とは雰囲気が大きく異なる。

 繁華街から遠ざかる程に道を照らす光は薄くなっていき、人の気配も遠ざかる。


 しかし佐助は気づいていた。

 放課後から佐助を見ている者がいることを。

 一度だけであれば捨て置くつもりだった。

 しかし、先ほどの友人達と訪れた書店とファストフード店でも佐助を見ている存在を感じた。


 舐めるような陰湿な目。

 人に紛れれば見つけにくいが、こうして孤立すればはっきり分かる。


 相手は玄人プロだ。

 それも、佐助同じ裏の世界の住人。


 佐助を狙う理由は分からない。

 しかし、狙われる心当たりがないわけではない。

 それだけの修羅場を佐助は過去に潜り抜けてきた。


 放置をすれば遥香はもちろん、他のクラスメイトに危険が及ぶ可能性もある。

 危険の芽を摘み取る以外の選択肢はない。


 佐助は途中で幅の小さい小道に入る。

 学校への近道だ。

 もちろん、学校へ行くことが目的ではない。


 この道は暗く、狭い。


 佐助が小道に入れば佐助を見る視線が途切れる。

 相手は再び佐助を視野に収めるために追ってくるだろう。


 やがて小道の入り口に男が現れた。

 大柄の西洋人だ。

 スーツで身を包んでいるが、その内にある肥大化した筋肉は隠しきれていない。


 男は警戒しながらも小道を大股で大胆に歩いていく。


 男の視線の先には佐助はいない。

 それ故に、男は早く佐助に追いつこうと急いで歩く。


 ――もう既に、佐助が後ろにいるとも気付かずに。


「動くな。両手を挙げろ」

「……っ!?」


 佐助は男の首に、冷えた金属を突き立てた。

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