14話 忍者は姫に誘われる
女性二人とのショッピングという戦場をなんとか潜り抜けた佐助は、モールに備え付けられたベンチで休憩していた。
今や佐助の両脇には、自分の服だけでなく遥香の服が入った紙袋がいくつも置かれている。
佐助の服だけでなく遥香達が買った服も含めてだ。
改めて、よくもこんなに買い物をしたものだと感慨深くなる。
服が詰められた紙袋を挟んだ先にいる遥香は満足した表情で座っていた。
忍者としての厳しい訓練を乗り越えてきた佐助がこれだけ疲労を貯めているのに、笑顔を崩さない遥香を見ると女性も案外タフなものだと感心さえしてしまう。
由宇の方はというと、飲み物を買いに行ってくれていた。
佐助と遥香の二人の買い物に付き合ってなお、侍女としての働きを損なわないのは称賛する他ない。
一方の佐助は一生分の買い物はしただろうという気分になり、半ば放心状態であった。
ベンチに座り天を仰いでいる佐助の顔に、遥香は苦笑いを含めた笑みを向ける。
「荷物まで持ってもらっちゃってごめんね。疲れちゃったね」
「いや、このくらいは大したことじゃない。ただ慣れないことをすると……少し、な」
「朧くん、なんでも似合うからつい楽しくなっちゃって。着せ替え人形みたいにしちゃったね」
「いや……いい経験にはなった」
当然ながら試着した服全てを買ってはいないため、どういう恰好の時にどういう評価を得られるのかが分かったのは佐助にとって収穫だった。
今後新しい服を買う際には参考になるだろう。
次の機会は冬服を買う時くらいまで先でいいが。
「各務は十分に買い物できただろうか。俺に付き合って買いそびれているものはないか?」
「うん、私はばっちり。今度の東京見学で着ていこうかな~って」
千城高校では一学期の中間考査が終わってすぐ、一年生は班を作って東京を歩き回る、という行事がある。
普段は制服を着ている佐助達だが、その時は私服で出歩くことになるのだ。
この行事がなんのためにあるのかは佐助には計り知れないが、所在が郊外に位置する千城高校に通う生徒達にとっては評判のいい行事らしい。
「そういえば、そんな行事もあったな」
「朧くんは……その、誰と班になるのかとか……決めた?」
「いや、そんな話を誰かとしたことすらない」
確か班は七、八人で自由に組むんだったろうか。
特に仲のいい友人がいるわけでもないし、佐助はこのままだと人数の足りてない班に入れられることになりそうだ。
とはいえ、それはそれで困ることになるのだが。
遥香と別班だと護衛の任が果たせない。
おそらく行事は休み、陰ながら遥香達の班を尾行することになるだろう。
そう考えた所で遥香から思いもよらぬ提案があった。
「も、もしよかったら私と一緒の班組まない……?」
「いいのか?」
そうであれば佐助としては願ったり叶ったりではる。
任務のためとはいえ学校を休むのには抵抗はあるし、遥香と同じ班であれば護衛もしやすい。
同行することで護衛のしやすさもあるのだと今日学んだばかりだ。
「いいも何も、私としては朧くんと一緒がいいというか、そのために今日の服を決めたというか……」
「今日の服か?」
「うん、男の子と一緒に歩くのって今まであまりなかったから、変に思われない服を着ようかなって」
佐助から見れば遥香は流行の最先端なのだが、遥香は遥香で周りに服を合わせようとしているらしい。
「今もあまり変には思わないが」
「そ、そうかな……朧くんはこういう服、好き?」
「そうだな。好ましいと思う」
「ほ、ほんとに?」
不安な様子で問うた遥香は、佐助の回答を得て顔を明るくさせた。
遥香の服は薄っぺらいし、無駄な装飾もいくつかあるが、余裕が多いのが佐助的にポイントが高い。
「ああ、各務も女性なら護身用の武器は持っているだろう? それらを忍ばせやすそうだ」
「そ、そういう意味じゃなかったんだけど……というか、武器も持ってないかな……」
期待した回答と違ったのか、遥香は苦笑いを浮かべている。
遥香の護衛をしている立場としては、遥香本人にも十全な備えはしてほしいのだが。
「じ、じゃあ今日買った服とかは?」
「ふむ……俺としては、今日買った服の方がいいと思う」
「一応、理由を聞いておこうかな?」
遥香が買った服は、佐助が買ったように比較的シンプルな物だったはずだ。
同じ店で買っているので系統は似ている。
「動きを阻害しないのがいいな。有事の際、最後に頼れるのはやはり自分の身体だ」
「うぅ、なんでそんなに襲われる前提になってるんだろう……いや心当たりはあるけど」
佐助が知っている範囲で二度ほど襲われているのは事実である。
備えておいた方がいいのは間違いがない。
そのためには暗器を忍ばせられる場所も欲しいが、身体を満足に動かせなければ意味はない。
できる限り両立したいが、どちらか選ぶなら動きやすさだろう。
「まぁ、いっか。せっかくだし今日買った服着ていこうかな」
完全に納得した様子ではないが遥香から一定の理解は得られたらしい。
一瞬気落ちした様だったが今は持ち直したようだ。
「ところで俺としては各務と同じ班なのは助かるが、本当にいいのだろうか。各務であれば、他からも誘いがあるだろう? 自分で言うのもなんだが、俺はあまり喋る方ではないぞ」
「え、そんなの全然気にしないよ!」
「各務は気にしないかもしれないが……」
学校生活では班行動は少なくないが、あまり佐助はいい思い出はない。
佐助自身に原因もあるのだが、過去を思い起こせば佐助と同じ班になった者達が気まずそうにしていたのくらいは佐助も分かっていた。
「うーん、大丈夫じゃないかな。由宇ちゃんとか依織ちゃんと同じ班になろうねって話はしてるし。由宇ちゃんは私が朧くんを誘うこと知ってるから。男の子とはまだそういう話は誰ともしてないから分からないけど、同じ男の子だし」
「そうなのか」
由宇と依織であれば佐助と話はできるし、問題ないように思える。
「まぁ、そういうことであれば是非頼む」
「ほんとに!? やったあ!」
ちょうど話が落ち着いた所で、ふと遥香のバッグからバイブレーション音が響く。
遥香がバッグから出したスマートフォンは先日壊れてしまったものとは違い、今は最新型のものだ。
「由宇ちゃんからだ。結構並んでて、少し遅くなるって」
時刻はもう夕方に差し掛かっている。
飲食店はそろそろ混み始める時間だろう。
「あ、そうだ。遅くなったけど、連絡先教えてくれてありがとうね。依織ちゃんから教えてもらったよ」
「いや、別に隠しているものでもない」
遥香とは直接交換してはいないが、依織経由で佐助の連絡先は伝わっている。
むしろ佐助の方が遥香の連絡先を知っていていいのかが不安なくらいだった。
友人同士で定時連絡をするものではないと学んだので、遥香には特に連絡してはいなかったが。
「そ、それで……その依織ちゃんなんだけど、朧くんのこと名前で読んでるじゃない?」
「まぁ、そうだな」
逢坂との一件以来、佐助は依織から下の名前で呼ばれている。
特に拘りもないためそのままだ。
「そ、その……私も佐助くんって呼んでいいかな?」
「ああ、特に構わないが」
意を決したように言う遥香だったが、佐助はやはり呼ばれ方に拘りはない。
断る理由など無かった。
「そっか……良かったぁ」
「……そんなに断りそうだろうか」
心底安堵している様子の遥香を見ていると、よもや佐助が名前で呼ばれたら怒り狂いそうに思われていそうである。
「というより、特別な相手じゃないと気を許さない感じかな……?」
「油断はしないようにしているな」
「それ、なんか分かるかも」
佐助の答えに遥香は苦笑いで応じる。
とはいえ、忍者たるもの常駐戦陣の心構えは必要である。
これを崩すつもりは佐助にない。
「佐助くん……えへへ。佐助くんかぁ……」
「なんだ?」
「んーん。なんでもない」
「……そうか」
呼ばれたから応じたのだが、遥香に笑顔で躱されてしまう。
本当に、女の心は海よりも深い。
佐助が心象を掌握できる気がしなかった。
「とにかく、東京見学でもよろしくねっ。佐助くん」
「ああ、よろしく頼む」
とはいえ、こうして花のような笑顔を向けられれば、悪い気もしない。
佐助は快く了承するのであった。
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