13話 忍者、お洒落デビュー
紆余曲折を経て、護衛任務をこなしていた佐助はショッピングモールで自分の買い物をすることになってしまった。
佐助を無理矢理に引っ張り出した由宇と、あくまでも佐助と偶然居合わせたと思っている遥香。
遥香はよほど買い物が好きなのだろうか、こんな突発的な状況に至っても天真爛漫な笑顔を崩すことはない。
一方、勝手の分からない佐助は二人の女子にエスコートされるという情けない状況で賑やかなモールを肩身を狭くして歩いている。
「朧くんは普段どういう服を着てるの?」
「……今着ているような服だ」
お洒落など意識をしたことがない佐助の私服は機能性と隠密性を重視したものしかない。
隠密性に限って言えば由宇から指摘された通り場所を問われることは学んだので、今佐助の服に残されているのは機能性のみである。
「朧くんは運動好きそうだもんね。似合ってると思うよ」
「……そうか」
由宇からはボロボロの評価だったが、遥香の甘い評価が佐助の身に染みる。
蜜のような甘い笑顔で肯定されれば、佐助の傷心も癒されるというものだ。
とはいえ、由宇の言っていたことはもっともであるし、似合っているか場に適しているかは別の話だろう。
「少し……こういう場所でも悪目立ちしない格好がしたくてな」
「そうなんだ。朧くんはシュッとしてるし、お洒落な格好もすごく似合うと思うよ」
「ふむ。シュッとしてるといいことがあるのか?」
「うーん、着れる服は増えるんじゃないかな」
「なるほど」
場に合った服装を意識するとなれば、服の選択肢は多い方がいいのは間違いない。
佐助の身体は厳しい修練により、十代半ばながらスポーツ選手もかくやという身体に仕上がっている。
やはり忍者の修行は偉大だなと佐助は改めて確信した。
「……それにしても」
こうして初めて遥香達と歩いていると、思うことがある。
――視線が集まって、辛い。
遥香はもちろん、由宇もよく見られているのは普段から陰で護衛をしている佐助も知る所である。
二人で出掛けていると声を掛けられることも少なくない。
その度に佐助は気を揉むことになっていたのだが、これまでは由宇がうまく躱していた。
その視線が、隣で歩いている佐助にも向けられているのだ。
佐助一人で歩いている時でも見られることは当然あるが、今受けている視線はそれとは全くの別物。
品定めしてくるようにじっくりと見てくるそれは、影に潜むことを生業とする佐助には非常に居心地の悪いものだった。
「……いつもこうなのか?」
「こうって?」
「かなり視線を感じる」
とうとう我慢できなくなり、佐助は不満を漏らすように質問を吐き出す。
それを聞いた遥香は不思議そうに首を傾げるのみだったが、代わりに由宇が口を開いた。
「遥香は人目を引きますからね。その割に無防備なので」
「むー。無防備なつもりはないよう」
「見られていることに気付いてないのに、そう言われても説得力がありません」
由宇の辛辣な評価に遥香は不満そうに頬を膨らませる。
どうやらこの侍女は佐助だけでなく、主人に対しても厳しいらしい。
「でもでも、今日は朧くんがいるから安心だね」
「いや、かなり見られていると思うのだが」
「そうではなく、声を掛けられる心配がないということです。女性二人だと私がどんなに気を張っても声を掛けてくる男はいますから」
「そういうものなのか」
そう言われると、佐助としても悪い気はしない。
むしろ、陰に隠れているよりもよほど仕事ができているかもしれない。
このような視線を何度も浴びるのは勘弁してもらいたくはあるのだが。
「まぁ、役に立てているなら光栄だ」
「うん、すっごく頼りになるよ」
「朧さんは常にしかめっ面なので男避けとしては最適ですね」
「由宇ちゃん!」
遥香が注意するように名前を呼ぶと、由宇は「失礼」と言葉だけで謝る。
佐助としては顔をしかめているつもりはないのだが、周りから見るとそういう風に映るらしい。
とはいえ、意識しないでこの顔なのだからどうしようもないし、この顔で役に立っているらしいので佐助は満足であった。
「私は朧くんのそういう所……か、かっこいいと思う……よ?」
「大丈夫だ。気にしていない」
「うん、そっか」
遥香は由宇の失礼な言葉を埋めようとしたのだろう、気恥しそうにしながらも佐助を褒めるような言葉でフォローしてくれる。
佐助の礼を聞いた遥香は表情を緩ませた。
「この辺りですね」
こうして会話を楽しんでいる内に、男性用の服が並んでいる区画に入る。
女性向けの区画に比べると色味は控えめではあるものの、佐助が普段着ないような服を来たマネキンが立ち並んでいる。
「このお店なんかどうかな? 結構人気のブランドだと思うよ」
「そうなのか。それなら入ってみることとしよう」
正直、佐助に服の人気不人気など分からないが、遥香が言うならそうなのであろう。
人気のブランドであれば多くの人が利用しているのだろうし、つまり多くの場所で通用する服装であるはずだ。
店に入ると、遥香と由宇は慣れた足取りで中を進んでいく。
一方の佐助は右も左も服だらけでどこから見ていいのかも分からない。
完全にお上りさんだった。
「こういうのとかどう?」
迷子になっている佐助を導くように、遥香が手招きする。
遥香が指しているのは服を着せたマネキンだった。
「……随分と軽装だな」
見ればそのマネキンが着せられているのはシンプルな無地のブイネックシャツにハーフパンツ。
動きやすそうではあるものの、肌が見えている部分も多く装備としては心許ない。
「朧さんはスタイルがいいので、こういうシンプルなのが似合いそうですね」
「うんうん、由宇ちゃんもそう思うよね」
「そうなのか」
普段の佐助なら絶対に選ばないような服だが、こういうものこそお洒落らしい。
お洒落とは難しいものだと佐助が思っていると、由宇が近くにある服をいくつか手に取り、近くの店員へと声をかける。
由宇は店員と多少のやり取りをした後、こちらへ戻ってきた。
「シャツも試着していいそうですよ。この辺り着てみてください」
「し、試着か……」
「うん、私も見てみたいな」
佐助はこの手の店で試着したことがなく、ただ試着というだけでも尻込みしてしまう。
しかし、佐助が戸惑う理由は他にもあった。
それを由宇に伝えるべく、遥香には聞こえないよう声を細める。
「服の下に暗器を忍ばせている。あまりこういう所で服を脱ぎ着するのは……」
暗器――隠し武器の総称である。
世間で知られている武器では手裏剣などもそれに含まれ、佐助も様々な武器を服の下に忍ばせていた。
佐助がこの時期になってもパーカーを着ているのは、暗器を隠しやすい服だという理由もある。
「そんな物まで持ち込んでいるんですか」
「護衛なのだから当たり前だろう」
「それはそうですが……人に見せられない物もあるんですか?」
「見せられる物の方が少ない」
佐助の報告を聞き、由宇は頭痛でもしているように頭を抱える。
佐助が持っている暗器は護身用の武器に収まる物はほとんどない。
明確な殺意を持てば、簡単に人を殺せる物だ。
それを表の世界で公にすれば、持っているだけでも警察沙汰になることくらいは佐助も知っている。
「どうしたの?」
「いえ、朧さんは試着室を使ったことないようで。使い方を少し」
小声で話す佐助と由宇を不思議に思った遥香から疑問の声が上がるが、そこを由宇がフォローする。
伝えていない事実が含まれてるのが悲しい。
「……ひとまずは試着室の奥に今着ている上着でも被せておけば大丈夫です。後で夏でも着れるような上着も見繕って持って行きます」
「了解した」
ともあれ、由宇の指示通りにやるしかない。
後から上着も持ってきてくれるならありがたい。
由宇が選んだ服だけは暗器を隠すのは到底不可能なので、買った後で上着は必要になる。
「では行ってくる」
「行ってらっしゃい」
店員に案内された先、遥香に見送られながら佐助は狭い試着室の中へと入った。
服を脱ぎながら忍ばせていた暗器達を音を立てないように注意しながらも、隅の方に重ねていく。
本当は平置きしたいのだが、利用できる空間には限りがあるから仕方がない。
一通りの物を出し終えてから、最後に由宇に言われた通りパーカーで被せて隠す。
「本当に大丈夫か……?」
こんもりと膨らんだパーカーの姿に不安になるものの、他に隠す場所がないのだからどうしようもない。
ともあれ、佐助は由宇に手渡された服から一着選んだ。
「朧くん、大丈夫そう?」
ちょうど着終わった所で遥香の心配そうな声が聞こえる。
ただの着替えに少し時間を掛けすぎたかもしれない。
佐助は急いで着替えを終わらせ、試着室のカーテンを開けた。
「わあ! すごく似合ってるよ!」
「そうか? 非常に落ち着かないのだが……」
佐助の変身した姿を見て遥香は目を丸くする。
しかし、佐助の方は居心地が悪い。
身体が普段よりもかなり軽いからだ。
動きやすさだけを考えればいいことなのだが、外した暗器達は佐助の相棒であり、余計な荷物ではない。
それがないのだから、あるべき物がない喪失感に襲われていた。
「すごいねぇ。見違えるものだねぇ」
遥香は身体を左右に動かしながら、様々な角度で佐助を見る。
いつ暗器を隠したパーカーに気付かれないかと気が気でなかったが、遥香はそれを指摘しなかった。
「お待たせし……ど、どれだけ隠し持っていたんですか……」
「ん? どうしたの由宇ちゃん」
「い、いえ。なんでもありません」
ちょうど上着を持ってきてくれた由宇がやってきて、佐助の後ろにある黒い塊を見て身を固める。
ひとまず遥香には怪しまれていないようだが、やはり人に驚かれる程度には物量があるらしい。
普段冷静な由宇が一瞬固まる程度には。
「こほん。上にこういうのを着るのもいいと思いますよ」
ともあれ、佐助は由宇が持ってきたもらった上着を受け取った。
どれも夏用なので丈が短いが、全くないよりもよほどいい。
「うんうん、この方がかっこいいかも」
「そうですね。よくお似合いです」
「……そうか」
姿見に映る自分を見ても違和感しかないのだが、女子二人からは好評のようだ。
「こっちのシャツはどうかな?」
「それならこっちのパンツと合わせるのが良さそうです」
「あっいいね!」
そこからこんなやり取りが始まり。
「次はあっちのお店にも行ってみようよ!」
「朧さんならこの系統も着こなせそうですね」
店から店へと移動をして、また同じように試着をしていき。
「あっ、この服私が着るのにいいかも。朧くん、こういう服とかどう思う?」
「ふむ? こういうのは比較的俺は好みだな」
「ちょっと試着してくるね!!」
いつの間にか遥香の服も探す流れになり。
「んー、楽しかったね~」
「はい、いい買い物ができました」
「つ、疲れた……」
こうして、ようやく買い物を満足に終えることができたのであった。
といっても、満足しているのは女子二人の方で、佐助は慣れないことをして精神的な疲れに襲われているのであるが。
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