12話 忍者がお洒落している暇はない
四月も終わりに差し掛かり、世間ではゴールデンウィークを迎えている。
佐助の通う千城高校もその例に漏れず、暦通りの連休期間に入っていた。
途中に平日を挟むため大型連休とは言い難いが、それを大型連休にするために意図して休みを増やす者も多い。
そのためか、中日も午前中で授業が終わる予定となっており、暦通りの休みを取る者も比較的穏やかな期間となっている。
佐助にとって、必ずしもそれは当てはまらないが。
世間の休暇に合わせて忍者が休暇など取れるわけもなかった。
むしろ世間が休みだからこそ、それを支える裏の世界は忙しくなるのである。
クラスメイトと遊びに行ったりする時間など取れるわけもない。
そもそも、残念ながら誘われていないのだが。
連絡先を交換した依織、クロエ、そして遥香とも多少のやり取りをしただけであるし、この三人にもそれぞれに同性の友人がいくらでもいる。
それ以外のクラスメイトとはまともな会話すらしていないので、遊びに誘われるわけもなかった。
ともあれ、現在における佐助の任務は遥香を影から護衛すること。
遥香が出掛ければ佐助もそこに赴くことになる。
本日は暦上の休日で、ここは学校から一時間程もかかる大型のショッピングモール。
最寄り駅からも程遠くない場所に位置しており、ゴールデンウィークということもあって非常に賑わっていた。
今日の遥香は由宇とここで買い物だ。
佐助は人混みに紛れ、二人から離れた場所で見守っていた。
「あ、由宇ちゃん見て見て。これかわいい〜」
「遥香はこういうの好きですものね」
由宇は遥香といる時は名前で呼んでいる。
佐助に対してはお嬢様と呼ぶが、あくまで外向きの呼び方なのだろう。
二人は主に服を探しているようだ。
遥香は店に入っては物色し、こうして可愛いと評することが多い。
どれもこれもが可愛いという評価になっているのを佐助は理解できないが、その佐助もどれもこれも大差ないように感じるので同じようなものだ。
「うーん。でも、今日はいつもの服買いに来たわけじゃないもんね。次行ってみよう」
遥香達はずっとこの調子だ。
これでもないあれでもないと、店から店へと梯子している。
「…………」
そんな遥香達を見ていると、ふと由宇と目が合った。
遥香には絶対に見つからないように警戒しているが、由宇はこうして周りを見ていることも多く、しばしば目が合うこともある。
おそらくは他の護衛の位置を確認しているのだろう。
護衛において、仲間との連携は非常に大切である。
佐助は「大丈夫だ。ちゃんと見ている」という意味を込めて由宇に頷いた。
「これとかどう思う?」
「普段よりもシンプルな感じですね。似合うと思いますよ。こっちのと合わせるのはどうですか」
「うんうん。なるほど」
次の店では、二人はやや真剣な面持ちで話し合っている。
さっきのが可愛いのであれば今のも可愛いでいいんじゃないかと佐助としては思うのだが、二人の中ではそう簡単にはいかないらしい。
「…………」
すると、また由宇と目が合った。
佐助は「任せておけ。しっかり見ている」という意味を込めて由宇に頷いた。
「これは攻めすぎかなぁ」
「少し大人っぽいかもしれないですね。遥香はスタイルもいいので着こなせるとは思いますが、周りから少し浮きそうです」
「確かに。でも、男の子ってこういうの好きそうじゃない?」
「一般的な男性であればそうかもしれません。一般的な男性であれば」
「うーん……それならやめとこうかな」
難しい顔をして遥香は服とにらめっこしている。
遥香が男なら好きだろうという服は、その男の内の一人である佐助にとって相変わらず良し悪しが分からない。
「…………」
そして、またもや佐助と由宇の目が合った。
佐助は今日はやけに由宇と目が合うと思いながらも「抜かりはない。穴を空けるほどに見ている」という意味を込めて由宇に頷いた。
「遥香、少し待っていてください」
「ん? 分かった」
すると由宇は遥香から離れて店を出る。
トイレにでも行くのだろうか。
佐助はそう思い、より遥香の周囲を注視する。
由宇がいなくなれば遥香は一人だ。
先日のこともあるため油断はできない。
先ほどよりも一層神経を研ぎ澄ませていると、まっすぐに佐助の方向に進んでくる人物がいる。
誰かと思い焦点を合わせると、それは先ほどまで遥香の隣にいた由宇であった。
トイレの位置はこちらではない。
しばらく待っていると本当に佐助に用があったようで、由宇は佐助の目の前で止まる。
「朧さん」
「どうした。火急の用件か」
こうして直接言いにくるほどの一大事でも起こったのだろうか。
佐助が見ている限り、特に問題があるようには思えなかったのだが。
元々由宇は表情に乏しい所はあるが、表情も平時と変わらないように見える。
「違います。朧さん、目立ちすぎです」
「……なに?」
いきなりの指摘に佐助は戸惑う。
そんな馬鹿な。
いや、佐助の潜伏は完璧だ。
現に遥香は佐助がいるとは思ってもいないはず。
遥香の視界に入るような失敗もしていない。
「その服装です」
そう言われて佐助は頭を下に向ける。
ランニングシューズに機能的なジャージ。
黒いパーカーを羽織り、フードを被る。
いつもの潜伏スタイルだ。
暖色等は使われておらず、人目を引かない非常に地味な格好である。
動きやすいので荒事になったとしても敵に後れをとることもない。
今の護衛の仕方に最も適した格好であると佐助は自負している。
「何か問題があるだろうか」
「……周りの人の服装を見てみてください」
佐助は下げていた頭を上げて、今度は首を左右に振ってみる。
そこにはモールに買い物にきた若者達や、家族で睦まじく歩いている姿が目に入ってきた。
佐助の服装とは異なり、今から走れ、戦えと言われたら戸惑われるような、そんな恰好だ。
「動きにくそうな格好をしているな」
「判断基準そこなんですか」
由宇は表情を変えないまま溜息を吐いた。
そう言われても、佐助と比較したらそういう評価をせざるを得ない。
必ずしも全員ではないが、皆一様に重そうな靴を履いているし、伸縮性のなさそうな衣服を着用している。
「ここはショッピングモールです。多くの人の目的は買い物で、運動ではありません。そのため、お洒落をして来ています。分かりますか?」
「動きにくい服装がお洒落なのか」
「例外はありますが、朧さんの価値観だとそうなります」
なるほど。
そう言われてみれば、ここはお洒落な人が多い場所ということになる。
「つまり、朧さんの服装は場違いすぎます。こういう場には、適した服装というものがあるのです。朧さんの恰好では一歩間違えればテロでも起こしそうな危険人物です」
「なん……だと……」
由宇のはっきりとした物言いに、流石の佐助も危機感を覚える。
潜伏の必要がある人間が目立ってしまっては意味がない。
「と、いうわけで行きますよ」
「……どこに?」
「朧さんの服を買いに。ここはショッピングモールなので都合もいいです」
「すまん、言っている意味が分からん」
今は護衛の任務中で、任務を放棄して自分の買い物をするような選択肢は佐助にない。
それは由宇も同じはずだ。
「お嬢様には朧さんが護衛であることがバレなければ問題ありません。また、他に同行している人もいないわけですから、朧さんの注意が他に逸れることもありません。別々に行動する意味がありません」
「そ、それはそうだが……」
由宇の説明に理解できる点はあるものの、それとは別の問題がある。
「そもそも、各務だって自分の買い物があるだろう。俺の同行を許すとも思えないのだが」
「そこは全く問題ありません。同行を断られることはまずありませんし、お嬢様の買い物は朧さんがいた方が早く終わります」
「何を根拠に……」
遥香はこれまで一点の買い物もしておらず、佐助がいたら余計に時間がかかるようにしか思えない。
それに男の同行を許すとも思い難い。
遥香が学校の男子生徒や通りすがりの男に声を掛けられているのは佐助も何度も見ているが、全て断っているはずだ。
「行けば分かりますので」
「ま、待て。そんな金は用意してないぞ」
「これは経費です。費用は後でこちらで出します。今日の所はご自分のスマホで決済してください」
佐助は必要な現金以外は持たないが、スマートフォン経由で買い物くらいはできるようにしている。
これも任務で必要になることを想定してのことだ。
まさかこんな用途で使うとは思いもよらなかったが。
「し、しかしだな」
「その恰好でうろつかれても迷惑だと言っているんです。男が四の五の言うのはみっともないですよ」
「うっ……」
あくまでも抵抗しようとする佐助に、由宇の言葉が突き刺さる。
こう言われてはもはや反論する術がない。
「では参りましょう」
「……了解した」
結局、佐助に残された回答は肯定以外に存在しないのであった。
そして由宇に連れられ、遥香の待つ女性向けのアパレル店に向かう。
店に近づくと嗅ぎ慣れない甘い香りが鼻腔をくすぐり、佐助は自分が場違いな人間であると改めて実感する。
華々しい場所に自ら足を運ぶのは中々気恥しいものがある。
やがて店内で服を見ている遥香の近くまで来ると、由宇が声をかけた。
「遥香、お待たせしました」
「あ、由宇ちゃんおかえ……おおおおお朧くん!?」
「…………」
遥香は佐助の顔を見るやいなや、顔を真っ赤にして驚いている。
由宇は何食わぬ顔で戻ったが、異物を連れているのだから遥香の反応は順当だろう。
自分が異物だという自覚は佐助にもあるものの、ここまでの反応をされると中々にいたたまれない気持ちになる。
「……やはり俺は帰った方がいいのでは」
「ふぇっ!? ごめんそういう意味じゃないの! ただこんな所で会うと思ってなかったというか。む、むしろ会えて嬉しいというか……」
佐助の言葉を聞いて遥香は両手を振って慌てて否定したと思えば、今度は頬を赤くして恥じらうように俯いてしまう。
遥香が自分と会えて喜ぶ動機に心当たりがなく、ただただ困惑する佐助だが、その沈黙に由宇が割って入った。
「朧さんも買い物に来ていたようなのでご一緒できないかとお誘いしました。服を買うのに遥香の意見も聞きたいようですよ」
「そうなの?」
「そういうわけ――」
「そうですよね?」
佐助の「そういうわけではない」という言葉は由宇に遮られてしまう。
由宇にしては珍しく笑顔であったが、氷のような冷たさを帯びており有無を言わさぬ圧力がある。
そうとなれば、佐助ができる返事はひとつしかない。
「……そういうわけなんだ」
「そうなんだ。私でよければ付き合うよ!」
もはや退路は絶たれてしまった。
「遥香も後で朧さんのご意見を聞いてみては? 今日は朧さんの服を見ながら、遥香の服にもご意見を頂きましょう」
「……なるほど! さすが由宇ちゃん!」
「今のどこに納得する要素があったんだ」
遥香は由宇の提案を聞いて、目から鱗が落ちたような様子だ。
ただ、佐助が心配していた遥香に同行を断られるようなことはなさそうなことだけは分かる。
「早速ですが行きましょう。この階の下にメンズのお店がありましたよ」
「……まぁ、よろしく頼む」
「うんっ。任せて!」
淡々と話を進める由宇に、両の拳を握りしめてやる気満々の遥香。
こうして、佐助は女子二人に連れられてショッピングモールを歩くことになるのだった。
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