革命4 封印した過去

第10話 辛い記憶


―――


『涼……』

「父さん……?」

『母さんを頼むぞ。お前は良い子だ。ずっと母さんを守り続けろ。父さんの代わりに……』

「俺……出来ないよ。父さんがいてくれなきゃ何も……」

『お前なら出来る。父さんと母さんの子だ。大丈夫。』

「でも……」

『強くなるんだ、涼。そして弱い人達や母さんを守るんだ。』

「強く……?」

『そうだ。強くなってそして……そして……』

「…父さん……?おい!父さん!しっかりしろよ!父さーん!!」




―――


 俺は誰かに呼ばれて目を開けた。すると目の前に数学の鬼藤が立っていた。

「…あ……」

「授業中に堂々と寝るとは。しかも寝言まで……廊下に立っとれぃ!」

「は、はい!」

 鼓膜を震わせる程の大声に思わず背筋が伸びる。俺は勢いよく席を立つと廊下に出た。


 廊下に出ると壁に背を預け、ため息を一つ吐く。さっきの夢が頭を掠めた。久しぶりに見た、あの悪夢を……


「ごめん、父さん……俺…俺は約束を…ごめん……」

 俺はまるで何かに取り憑かれたかのように、何度も何度も父さんに向かって謝り続けた。




 俺の父さんは昔暴走族に入っていて、かの伝説とまで言われた男だった。

 関東だけではなく関西の一部まで統括した『安西組』の総長。その人こそが俺が生涯尊敬する人だった。


 母さんと知り合ったのは、『安西組』が出来て五年程経った頃。

 誤ってバイクで轢きそうになって、怪我をした母さんを父さんが病院まで連れて行ってやった事がきっかけだったそうだ。


 二人は順調に交際を続け、母さんの両親の反対を押し切り、結婚した。


 しかし俺が産まれてすぐ母さんは病気を患い、父さんは惜しまれながらも引退して看病に徹する事となった。


 だから俺の知ってる父さんはバイクを乗り回す暴走族の総長ではなく、いつもエプロン姿で料理、掃除、洗濯……と、何でもこなすスーパーマンだった。


 だけど時々母さんに内緒で昔の写真を俺に見せてきては、『安西組』の話を聞かせてくれた。

 その時の父さんの瞳は写真に映っている総長のギラギラして刺すような眼差しと同じで、恐いと思う反面、とても格好良いなと子ども心に思ったものだ。


 ある日俺はずっと疑問に思ってた事を聞いてみた。

『もしかして父さんは戻りたいんじゃないの?』


 この問いに父さんはこう言った。

『もういい年なんだから、いつまでもこんなガキみたいな事してられないよ。この時の仲間だって今じゃもう足洗って真面目にやってる。』


 そう言って見せた笑顔は明らかに無理していた。


 俺が聞きたかったのはそんな答えじゃない。

 父さんにとって『安西組』は、かけがえのない居場所だったはずだ。

 大事な仲間に囲まれ、自分らしくいられたとっておきの宝物。


 それを投げうってでも選んだこの生活。それだけのものを母さんは持っていた。


 難しい事は良くわからないけれど、何かを得るには何かを捨てなきゃいけない時もあるという事をこの時学んだ気がした。


 そして人の心は理屈じゃないんだ、という事も……


 父さんの心の奥深くに閉まった葛藤を想像しては、自分の事のように胸を痛めた。


 でも今の生活を後悔している訳じゃない事は、父さんを近くで見ていた俺が一番良くわかっている。


 だっていつも笑顔で明るく、生き生きとしていたから。


 入退院を繰り返していた母さんの看病を苦もなくこなしている姿が誇らしく思えたから。


 そして何より俺達三人で暮らす毎日がとっても幸せそうだったし、俺も幸せだった。


 だけどそんなある日――



「…ただいま……」

 父さんが血だらけで家に帰ってきたのは、夜中の三時だった。

「父さん!」

 当時十歳だった俺はただ叫ぶ事しかできなかった。

 やっとの事で靴を脱いだ父さんはそのまま廊下に倒れ込んだ。


「どうしたんだよ!と、とにかく母さんを……」

「まて……」

 走り出しそうな俺の腕を掴んで父さんは言った。


「母さんには知らせるな。心配……かけちまうから……」

「父さん……」

「涼、お前は母さんを連れて立石さんの家に行きなさい……今日中に……」

「優の家に?どうして……?」

「いいから……早く。俺はもう、ダメだ……」

「しっかりしろよ、父さん!父さんはいつだってスーパーマンだった!俺のヒーローだった!!だからそんな……ダメだなんて言わないで……」

「俺だって人間だよ。スーパーマンじゃない……」

「そんな事言わずに……って、父さん……?おい!父さん!」

 俺の腕を掴む父さんの指の力が徐々に抜けていく。俺は慌てて父さんの肩に手をかけた。


「母さんを頼むぞ。お前は良い子だ。ずっと母さんを守り続けろ。父さんの代わりに……」




―――


「……涼?」

「父さん……」

「涼!」

「……あ?」

 誰かの煩い声に眉間に皺を寄せたまま目を覚ますと、優の顔が目の前にあった。


「わっ!?」

「やっと起きた……お前何回呼んでも起きねぇから心配したぞ。うなされてたし……」

「あ…わりぃ……」

「しかしお前も器用だよなぁ。立ったまま寝るなんてさ。」

「う、うるせぇ!……それよりさ、ちょっと聞いて欲しい事あんだけど、時間、いいか?」

「あ、あぁ……」


 優が戸惑いながらも頷く。それを確認した俺は優を引っ張って屋上に上がった。




 屋上に着いた俺は、優に夢の事を話した。

「そうか…あの時の……」

「あぁ。あの時は優の母ちゃんや父ちゃんにも迷惑かけちまったな……」

「んな事ねぇよ。大事なお隣さんだろ?困った時に手を貸すのが当たり前ってもんよ。それより最近お袋さんの具合どうだ?」

 優の言葉に俺は微笑んで首を横に振った。


「そう……」

「病気の方は良くなってんだ。手術もしたし。けど精神病って言ってたかな。何かおかしくなっちまって……」

「精神……病?うつって事か?」

「あぁ。死んだ父さんの事、待ってるつもりなんだ。母さんは今でも信じてる。父さんは必ず生きてるって……何処かで元気に生きてるってさ……」

「涼……」

「母さん、もう俺の事わからなくなってきてんだ。わかってるのは父さんの事だけ。ここ一ヶ月程、あまりメシ食ってないんだ。前は毎日行ってた散歩も行かなくなったらしいし……病院行く度にやつれていく母さんの事、もう見たくねぇんだ。早く……早く昔の自分思い出して、父さんの事もちゃんと受け止めて、俺の事も思い出して……俺…俺を……」

「落ち着け、涼!」

「あ……」

 優に肩を揺さぶられ、俺は目に涙を浮かべたまま顔を上げた。


「親父さんに託されたんだろ?お袋さんの事。だったらお前がそんな弱気でどうすんだよ。お袋さんはどうなったって、いつまで経っても涼の母さんだろ?たった一人の母さんなんだろ?」

「…あ……」

「俺には両親ちゃんといるから、お前の気持ち全部理解してやる事できねぇけど、これだけは言えるぜ。親子の絆はそんな簡単に壊れやしない。絶対に。だから……お袋さんの事、助けられるのはお前しかいない。」

「優……そう…そうだよな。俺は父さんに言われたんだ。母さんを守れって。」

「だろ?……親父さんの最後の言葉、ちゃんと守んないと。」

「俺が一番母さんの事信じなきゃいけなかったのに、恐くて現実から目を逸らしていた……」

「涼……」

「俺、これから病院に行くよ。母さんに会いに。」

「よし、俺も行く。」

「優、ありがとな!」

 目尻に残った滴を拭いながら言うと、優はにっこり微笑んだ。



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