第8話 『特別』の意味


―――


「涼。手、大丈夫?」

 奈緒が俺の手を取ってそう言う。俺はそっと手を引っ込めた。

「はは、大丈夫だって。こんなの舐めときゃ治る。」

「ダメ!」

「え?」

「何であたしなんかの為に……もとはと言えばあたしが絡まれたのが悪いのに…」

「そんなの大事な友達だからに決まってんじゃん。」

 俺は泣きそうになっている奈緒を真っ直ぐ見て言った。


「……ごめんね。痛い?」

「ちょっと……それより奈緒が無事で良かった。」

「……バカ。人の心配より自分の心配しなよ、もう……」

「はは……」

 後ろ頭をかきながら笑っている俺を、奈緒は今までにない真剣な顔で見つめる。

 そして不意に優に視線を移した。

「奈緒?」

 優が問いかけると奈緒は優を見つめたまま答えた。

「あたし、実は何とも思ってないんだよね。」

「え?」

「優君の事、本当は何とも思ってないの。好きだとか言ったのも嘘なの。」

「は?どういう事だよ、それ。」

 俺が詰め寄ると奈緒が悲しい瞳でこちらを見た。


「本当に二人の関係が『特別』なのかどうか、知りたかったから。」

「え……?」

「でもやっぱり本当だった。二人の間にはあたしでも入れない深い絆がある。今日実感した。」

「奈緒……もしかしてさっきの、見た?」

『さっきの』っていうのは、俺と優が路地裏で抱き……ってた事だ。全部言わなくても幼馴染だ。通じたようで奈緒は無言で頷いた。


「違う!あれは……」

「恐かったのよ!」

「奈緒……」

「あたしも優君と涼の幼馴染なのに、全然『特別』じゃないから……私は二人共大切なのに何でって思って。ごめんね、変な事して……」

 泣きながら地面に崩れ落ちる。そんな奈緒の姿を見て俺も泣けてきた。


「奈緒、立って?」

「うん……」

 そっと奈緒の体を支えて立たせる。そしてその細い背中を引き寄せた。

「俺たちの方こそごめんな?お前がそんな事考えてるなんて全然気づかなくて。けどさ、俺も優もちゃんと思ってるよ。お前の事『特別』だって。当たり前だろ?」

「本当?」

「あぁ。な?優。」

「もちろん。」

 優が大きく頷く。そして三人顔を見合わせて笑った。


「なぁ、奈緒。お前優の事本当にいいのか?」

「うん。嘘ついてただけだから。ごめんね、優君。」

「あ…うん……」

「あ、用事思い出しちゃった!あたし帰るね。」

「おい!奈緒!」

 慌てて呼ぶが、奈緒は既に表通りに出ていた。


「……奈緒?」

 俺は奈緒の背中を茫然と見つめながら呟いた。




(何とも思ってないなんて、嘘に決まってるじゃん…バカ……)



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